Maxwell方程式の表現論(0)

Maxwell方程式のLorentz不変性は有名で、特に真空中のMaxwell方程式の共形不変性も、1909年、CunninghamとBatemanという人々によって認識された。その後、相対論的量子論に於いても、質量が0の粒子に於いては、Lorentz不変であるだけでなく、共形不変であることは確認されたのだろうと思う。


同時期に、Poincare代数の既約ユニタリ表現の分類が得られ、特にmassless既約ユニタリ表現は、そのヘリシティによって分類されることが明らかになり、一方で量子電磁力学では、光子はヘリシティ+1/-1を持つことが分かっていたから、光子の一粒子状態空間はPoincare代数のヘリシティ+1/-1のmassless既約ユニタリ表現空間の直和であると考えるのが自然となった(従って、光子全体の状態空間は、これの対称テンソル積を取って得られる)。そして、Poincare代数の離散ヘリシティを持つmassless既約ユニタリ表現は、共形代数so(4,2)の既約ユニタリ表現に一意に拡張される(Ladder representation)ことも証明され、これらは整合的で満足のいく結果であった(完)


#というのは"嘘"で、標準的な場の量子論の教科書を見ると、光子の状態空間は、helicityと運動量をindexに持つ生成・消滅演算子が作用する"Fock空間のようなもの"ということになっている(そもそも、そんな空間を、どうやって定義すればいいかすら定かではないが)。運動量は連続量であるから、Poincare代数のmassless既約ユニタリ表現の対称テンソル積空間に、こんなものが作用しているとは思えないので、ダブル・スタンダードであるのだけど、どう考えるべきか...


#Poincare群の普遍被覆ISL(2,C)の離散ヘリシティを持つmassless既約ユニタリ表現は、2次元ユークリッド群の二重被覆群の一次元既約ユニタリ表現を"介して"、ISL(2,C)の部分群から誘導表現として得られる。これが、共形群の被覆群$SU(2,2)$の既約ユニタリ表現に拡張できることは、以下を参考
Irreducibility of the Ladder Representations of U(2, 2) when Restricted to the Poincare Subgroup
http://scitation.aip.org/content/aip/journal/jmp/13/1/10.1063/1.1665843

On Representations of the Conformal Group Which When Restricted to Its Poincare or Weyl Subgroups Remain Irreducible
http://scitation.aip.org/content/aip/journal/jmp/13/1/10.1063/1.1665843

Conformal covariance of massless free nets
http://arxiv.org/abs/math-ph/0006018


#Poincare代数の離散ヘリシティを持つmassless既約ユニタリ表現の別の実現は、以下を参照
su(2,2)のladder representationとPoincare代数のmassless表現
http://formalgroup.tumblr.com/post/109061835435/su-2-2-ladder


#ヘリシティは、スピンの運動方向への射影というのが定義。スピン1の正質量粒子は、ヘリシティとして、+1か0か-1の値を取りうる。Poincare代数のmassiveな既約ユニタリ表現は、質量とスピンで分類され、ヘリシティ+1の成分だけを表現空間として取り出すことはできない。一方、masslessな既約ユニタリ表現は、ヘリシティによって分類され、ヘリシティが異なる粒子は、それぞれ異なる既約成分になる。表現論側から見ると、光子がスピン1の粒子であるというのは、ヘリシティの最大値が1であるという意味と思った方が自然な気がする。異なる既約表現に属する粒子を"同じ種類"の粒子と見なしたりする理由は、重ね合わせ状態が実現できるかできないかが重要?




ところで、古典的なMaxwell方程式は線形なので、その解空間は、Poincare代数の表現空間になっているはずである。この表現空間と、光子の一粒子状態空間の関係が、どうなっているか知りたいというのは自然な疑問。光子の状態空間は複素ベクトル空間なのに対して、普通の電場や磁場は実数値の場である。単純に複素化しても、数学的には問題ないわけだけど、物理的には安直過ぎる気もする。Riemann-Silberstein vectorというものを使うと、Maxwell方程式を複素数値の場の方程式として書くことができて、Dirac方程式/Weyl方程式と類似した式が出る。Riemann-Silberstein vectorは1907年に提案されたけど、1994年になって、Iwo Bialynicki-Birulaという人は、これを光子の波動方程式と見なそうという提案をしている(RS vectorそのものは、規格化される理由がないので、波動関数とはみなせないと思うけど)


twistor理論では、電磁場の自己双対成分と反自己双対成分に分解して、それぞれは複素数値の場となり、独立な方程式を満たす。自己双対成分と反自己双対成分は、それぞれ2行2列の複素対称行列値の場(symmetric spinorとかいう。対称なので、3成分の複素数値の場。結局、6成分の実数値の場を安直に複素化したのと同じようなことになる)にマップされる。方程式を成分で書くと
(\partial_0 - \partial_3) \phi_{00} + (-\partial_1 + i \partial_2) \phi_{10} = 0
(\partial_0 - \partial_3) \phi_{01} + (-\partial_1 + i \partial_2) \phi_{11} = 0
(-\partial_1 - i \partial_2) \phi_{00} + (\partial_0 + \partial_3) \phi_{10} = 0
(-\partial_1 - i \partial_2) \phi_{01} + (\partial_0 + \partial_3) \phi_{11} = 0
とかいう形。それで、twistor理論では、(コンパクト化した複素)Minkowski時空(の、あるU(2,2)-orbit)$M^{+}$上の自己双対Maxwell方程式の正則解の空間、反自己双対Maxwell方程式の正則解の空間上には、SU(2,2)のLadder representationが実現でき、Poincare代数の表現空間としてみると、helicity +1/-1のmassless既約ユニタリ表現が得られるらしい


#実Minkowski時空は、どこに行ってしまったんやという気がするが、hyperfunctin solutionが作れるぜとか書いてる人がいる($M^{+}$が上半平面のような役割を果たすのだと思うのだけど、表現論と関係ないので、まぁいいかという気持ち)
Hyperfunction solutions of the zero-rest-mass field equations
http://projecteuclid.org/euclid.cmp/1103908791


というわけで、ある意味で、真空中のMaxwell方程式の解空間=光子の一粒子状態空間という事実が証明できる。Maxwell方程式は、多数の光子の集団を記述するマクロな方程式であって、その解空間が、光子一個の状態空間と一致するというのは、物理的には奇妙な気もするけど、古典場の方程式と一粒子の波動方程式が"偶然"数学的に同じ形で記述されたとしても、それ自体は問題とはいえない


電場と磁場だけで話が完結してしまうけど、ゲージポテンシャルは、どこに行ってしまったのか。元々、電磁場と物質場の相互作用は、ゲージポテンシャルを介して起こるのに対して、物質場がない場合は、電磁場だけでLagrangianが書けるので、別にいい気がする。Weinbergの場の量子論の教科書とかを読むと、little groupにおける"並進"自由度(並進といっても、元のPoincare群の並進とは関係ない)が、ゲージ自由度と関連している(つまり、普通の教科書には、ゲージ対称性を破らないためには質量0であることが必要だということが書いてあるけど、逆に"spin1で質量0の粒子"は必然的にゲージ粒子でなければならないという主張になる)、ということが書いてあるのだけど、わたしには、どういうことなのか、理解できない


Massless relativistic wave equations and quantum field theory
http://arxiv.org/abs/math-ph/0303031
によれば、ゲージポテンシャルの方で見ると、解空間には既約ではない直既約表現の構造が入って、これはユニタリ表現でないので、Gupta-Bleuer量子化の場合と同様、ゼロノルム空間を除いてユニタリー表現を作るために、その商表現を考えると、光子の一粒子状態空間が得られるっぽい(2.9節)