球面上の測地流は、古典力学系として見ると、球面の余接空間を相空間としている。その関数環はPoisson代数であり、Poisson括弧の具体的な計算も、Diracの方法によってDirac括弧として計算できる。このPoisson代数を眺めると、Euclidean Lie algebraの対称代数からの全射準同型があることに気づく。というわけで、量子化した代数は、Euclidean Lie algebraの普遍展開環の何らかの商であると考えるのが自然。このことに最初に気付いた人が誰なのかは知らないけど、

Fundamental algebra for quantum mechanics on S^D and gauge potentials
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.530099

には、そういう風に書いてある。


Euclidean Lie algebra $e(N+1)$の既約ユニタリ表現は、Wignerの方法で群の表現から作ることができて、\mathbf{R}^{N+1}への$Spin(N+1)$作用への軌道は、一般に球面で、little groupは$Spin(N)$となる(原点の軌道は一点からなりlittele groupはSpin(N+1)となるので、この場合は誘導表現はSpin(N+1)の既約表現である)。なので、$e(N+1)$の無限次元既約ユニタリ表現は、球面の半径$r$と$Spin(N)$の既約ユニタリ表現(WeylのユニタリトリックによってLie環$so(N,C)$の有限次元既約表現と言っても同じ)でラベルされる。Spin(N)の自明表現に対応するのは、標準的なL^2(S^N)への作用である。


$e(3)$の場合は、自明でないcoadjoint orbitは全てT^{*}S^2微分同相になる(O(a,b)=\{(x,p)\in \mathbf{R}^3 \times \mathbf{R}^3 | x^2=a , x\cdot p=b\}とすると、pをp-(b/a)xに移すことで、O(a,0)とO(a,b)の微分同相写像が得られる)。$e(3)^{*}$やT^{*}S^2上で定義される力学系は色々あると思うけど、(Liouvilleの意味での)可積分系としては、球面上の測地流、spherical pendulum、Lagrange top、Kowalesvki topなどがある。後者2つのintegrable topは$e(3)^{*}$上で定義されているが、coadjoint orbitに制限することで、T^{*}S^2上で定義されていると思うこともできる($e(3)^{*}$上のHamilton力学系は非正準ハミルトン力学系であり、coadjoint orbitはいわゆるCasimir不変量で特徴付けられるsymplectic leavesとなっている)。


参考)3次元Euclid代数の無限次元既約ユニタリ表現については、以下に要点をまとめた
http://formalgroup.tumblr.com/post/160390024555/3%E6%AC%A1%E5%85%83euclid%E4%BB%A3%E6%95%B0%E3%81%AE%E6%97%A2%E7%B4%84%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%BF%E3%83%AA%E8%A1%A8%E7%8F%BE


$e(3)^{*}$上で定義されたHamilton力学系量子化することを考えると、自然な波動関数の空間/状態空間は、$e(3)$の既約ユニタリー表現である。これは、上にも書いた通り、一つではなく、無数にある。物理の実際の問題では、波動関数の空間はどれか一つに決める必要があるが、今の場合、$e(3)$のユニタリ表現であり、それを既約分解すると(※)、既約ユニタリ表現を得る。どのような既約ユニタリ表現が出るかは実際の物理の問題設定に依存する。

(※)I型の局所コンパクト群の場合、任意のユニタリ表現は、直積分の形に一意に分解できることが知られている(らしい)

#Casimir作用素は、U(e(3))の中心の元を指す。一方、$e(3)^{*}$上の関数環は対称代数S(e(3))=gr(U(e(3)))であり、grによって、Casimir作用素をS(e(3))に持って行った像がCasimir不変量となる。一般には、Poisson代数の元の内、任意の要素とPoisson可換なものをCasimir不変量と呼ぶのだけども、Poisson代数がLie環の対称代数の場合は、Casimir不変量は、このようにして得られる。



数学としては、各既約ユニタリ表現ごとにHamiltonianのスペクトルを計算できれば、問題は解けたことになる。Kepler系や球面上の測地流の時は分岐則から答えがわかるのでほぼ自明な感じだったが、Kowalevski topやLagrange topはそこまで簡単ではない。こうした量子可積分系の解法が理解されてきたのは1980年代以降のことだと思う。例えば、Kowalevski topのLax行列は1980年代後半に複数の人によって発見されている。

Lax representation with a spectral parameter for the Kowalewski top and its generalizations
http://link.springer.com/article/10.1007/BF00403470

The Kowalewski Top 99 Years Later: A Lax Pair, Generalizations and Explicit Solutions
https://projecteuclid.org/euclid.cmp/1104178400

不思議なことに、Kowalevski topのLax行列は、so(3,2)(のループ代数)に値を取る(Lagrange topの場合は、so(3,1)で、一般化して、so(p,q)-topというものが得られる)。この2つのintegrable topはGASDYM(generalized anti self-dual Yang-Mills)方程式の次元簡約によっても得られるが、その時ゲージ群は、Kowalevski topの場合はSO(3,2)、Lagrange topの場合はSO(3,1)とする。このへんの理由は、私にはよく分からない。



やや風変わりなintegrable topとして、Goryachev-Chaplygin(GC) topがある。これは、$e(3)^{*}$全体では可積分系ではないが、これが可積分になるようなcoadjoint orbitが存在する(大体文献見ると、$r=1$に固定しているのだけど、$r$の値は0でなければ何でもよくて"スピン"が0になることのみが可積分性の条件の気がする。半径の値はスケーリングで規格化してしまえば、何でも同じということかもしれないけど、一応同値でない既約表現が出るので、気にはなる)。e(3)のスピン0の表現空間(完備化すると、L^2(S^2)になる)には、so(3,2)の極小表現あるいは、同じことであるがsp(4,R)の振動子表現(の片割れ)が実現できる。この事実は、quantum GC topを"解く"のに利用された(最終的に、2つの無限次三重対角行列の固有値を計算する問題に帰着する)

Exact solution of the Goryachev-Chaplygin problem in quantum mechanics
http://iopscience.iop.org/article/10.1088/0305-4470/15/6/015/meta

など。ただ、この論文の計算は、Lie環の元の平方根を取るなど、やや危うい操作がある

Goryachev-Chaplygin top and the inverse scattering method
http://link.springer.com/article/10.1007/BF02107243

では、この問題は回避されていて、ついでにL-operatorを与えるなど、系統的な感じにもなっているが、最終的に出る式は同じ。ところで、後者の論文のR-matrixの形とRLL関係式を見ると、Yangian Y(sl(2))との関係を想像させる(当時はまだYangianは知られてなかったはず)。detailをcheckしてないので正しいのかどうか保証できないけど、以下の論文は、まさにその問題を考えているように思う

Transfer Matrix and Yangian Related to Chaplygin-Goryachev Top
http://iopscience.iop.org/article/10.1088/0256-307X/13/9/001

Yangian, Truncated Yangian and Quantum Integrable Systems
https://arxiv.org/abs/cond-mat/9509081

上の論文では引用されてないけど、truncated Yangianは、1988年にCherednikが考えたものらしい(当時は"truncated"という言い方はされなかった模様)。T(u)を有限次の展開で打ち切るので"truncated"と言われているが、打ち切る次数の大きさをレベルと呼ぶ。その言い方に従えば、上で考えているのは、レベル3のtruncated Yangianということになると思う


また、2000年頃になって、ある種の有限W代数が、truncated Yangianと同型になるということが発見された(数学的な有限W代数の定義では、gl(Np)のサイズpのJordan blockがN個並んでるような冪零元eを取ってきて、W(gl(Np),e)を考えると、これがY(gl(N))のレベルpのtruncated Yangianと同型になる、ということらしい(多分...))
Yangian realisations from finite W algebras
https://arxiv.org/abs/hep-th/9803243

RTT presentation of finite W-algebras
https://arxiv.org/abs/math/0005111

Yangians and W-algebras
https://arxiv.org/abs/1305.4100


#Higgs algebraは、(gl(N)ではなく)sl(N)の場合であるが、上のタイプの有限W代数であり、Y(sl(2))の(レベル2の)truncated Yangianとして実現されるのだと思う(要確認)

#現在、様々なタイプの"量子群"が知られており、それらの関係を理解するのに、RLL/RTT関係式を使うのは見やすいように思う。"sl(2)シリーズ"の場合のみではあるけど、以下の論文は各種"量子群"の関係が書いてあるので、沢山あるなぁと思って、ゲンナリするのに丁度いい
Cladistics of Double Yangians and Elliptic Algebras
https://arxiv.org/abs/math/9906189

#上の論文に出てくるR-matrixは、全て差法性R(u,v)=R(u-v)を持つが、応用上は、そうでないR-matrixが出てくることもある(ShastryのR-matrixなど)。こうしたR-matrixでも、RLL関係式を通して、何らかの代数構造が得られるらしいけど、謎が多い


その後、一般化として、gl(N)の場合、一般の有限W代数がtruncted shifted Yangianというもので実現されるという話があり、
Shifted Yangians and finite W-algebras
https://arxiv.org/abs/math/0407012

Representations of shifted Yangians and finite W-algebras
https://arxiv.org/abs/math/0508003

有限W代数やtruncated Yangianの表現論は、まだわからないことも多い(私が理解してないことが多いというわけだけでもなく)ので、現状、GC topを解くのに直接役立つわけではないし、今後も役立つのかどうかわからない。まぁでも、動機として、可積分系のLaxペアは、ヒマな人が試行錯誤して勘で見つけてるようにしか私には見えないものがあるので理解できる形にしたいというのもあるし、これらの代数から新しい可積分系を得ることもあるかもしれないし


Kowalevski topやLagrange topの場合は、classical r-matrixの形は分かっている
Classical R-matrices for generalized so(p,q) tops
https://arxiv.org/abs/nlin/0401025

これらの系に於いて、古典論のレベルでは、通常のループ代数ではなく、twisted loop algebraが出てくるので、量子化すると、多分twsited Yangian(のquantum double?)になるのでないかと思っているけど、定かではない(つまり、今までの話を素朴に総合するならtruncated twisted Yangianのようなものを考えるべきなのでないかと思うけど....)。この手の対称対から得られる力学系としては、他にEuler-Manakov topなどがある


#Yangianは、(1)XXX模型や(一次元)Hubbard模型のような格子模型、(2)(massiveな)integrable field theoryなどの対称性として出てきて、色んな定義があるけど、有限自由度の古典可積分系との関係では、half-loop algebraの量子化として導入される(Lie bialgebraの量子化に関する一般論から出るらしい)。古典可積分系で、ループ代数が出るというのは、多分1970年代から知られていた(ループ変数は、Laxペアのスペクトルパラメータ)。有限自由度の可積分系でYangianのような巨大な代数がそのまま対称性として働くわけではなく、truncationが効いてくるのだろうと私は理解している
・half-loop algebra <-> Yangian
・loop-algebra <-> quantum double of Yangian
・twisted half-loop algebra <-> twisted Yangian
・twisted loop algebra <-> ???


#twisted YangianはOlshanskiiが考えたのが始まりで、その後、Mackayらによって一般のsymmetric pairに対するtwisted Yangianが定義された模様
Twisted Yangians and symmetric pairs
https://arxiv.org/abs/math/0305285

Twisted Yangians for symmetric pairs of types B, C, D
https://arxiv.org/abs/1407.5247

Representations of twisted Yangians of types B, C, D: I
https://arxiv.org/abs/1605.06733