有理共形場理論の圏論的定式化に関する覚書

[前置き]
素粒子論や弦理論では、ラグランジアンを書いて経路積分量子化するという手続きを取ることは多い。経路積分を数学的に厳密に定義しようという試みもあると思うのだけど、本来量子論の近似として古典論があるべきで、量子化というのは方便に過ぎないはず。


最近、特別なクラスの"量子論"を圏の言葉で記述する試みが出てきた。それらは、大体何らかの意味で厳密に解ける(と信じられている)タイプの理論を記述しようとしている。物理にとって、解ける模型は大抵toy modelという側面が強いと思うけど、数学では、解けない模型よりも、解ける模型の方が面白いことが多く、一般的な場の量子論の構築は重要な課題でないかもしれない。ともあれ、そういう試みで主なのは、多分以下の3つ
・topological quantum field theory(TQFT):Atiyah
・(rational) conformal field theory(RCFT/CFT):Moore-Seiberg
・topological conformal field theory(TCFT):Moore-Segal,Lazariou,Costello


以上の3つは、普通の量子論のformulationと大分違う。RCFTの場合、圏の直感的意味は、単に「共形ブロックの空間の集まり」であるけども、それが、どういう性質を持つべきかという考察から生まれたわけでなく、OPE係数などの数値データに対する条件(モノによっては非整数であるという条件もあったりする)の解が、ある種の圏の"構造定数"になっているという観察が起源となっている。逆にTQFT/TCFTは、賢い人が直感を元に最初に一般論を作ろうとして始まっていて、事情は異なる



[概要]
・RCFTの大部分の情報は、modular tensor category(MTC)にエンコードされているけど、今のところ、MTCから"共形対称性"を復元することはできない

#"有理共形場理論"からMTCを得る、最も汎用性の高い方法は、有理頂点作用素代数の表現の圏として実現するものだと思う(MTCをなすことは、arXiv:math/0502533等)。これは、少なくとも、Wess-Zumino-Witten模型と極小模型を含む。


・RCFTの主要な情報とMTCからの入手法:
(1)CFTのquantum symmetry:MTCの"淡中双対"
(2)(Riemann球面上の)共形ブロックと共形指標:不明
(3)boundary CFTとfull CFT:FRS formalism
(4)写像類群の射影表現:Reshetikhin-Turaev TQFTを介して得る


・既知のRCFT/MTCから、新しいRCFT/MTCを作る構成の圏論的記述:
(5)coset構成:hep-th/0309269
(6)orbifold構成:math/0401119
(7)"直積":Deligne product?Gepnerは、c=9 N=2超対称CFTを、いくつかのN=2極小模型の直積で実現した(Gepner模型)


[文献]
(0)modular tensor categoryの基本
・標準的な文献としては、以下が、よくあげられている
Lectures on tensor categories and modular functor
http://www.math.sunysb.edu/~kirillov/tensor/tensor.html


・(modular tensor categoryを最初に提案した)Moore-Seibergの論文は
Classical and quantum conformal field theory
http://projecteuclid.org/DPubS?service=UI&version=1.0&verb=Display&handle=euclid.cmp/1104178762



(1)CFTのquantum symmetry
・ここでの"quantum"という名前は、量子群に由来する標語で、物理的意味はない。Kazhdan-Lustzig dualという呼び方をされることもあるけど、彼らの定式化はよいものでない(Kazhdan-Lustzigの定式化は(0)の文献でも採用されていて広く使われている)

・Kazhdan-Lustzigは、量子普遍展開環のroots of unityに於ける"ウェイト分解可能な"表現の圏として、MTCを実現した(全ての有限次元表現の圏を考えると半単純でなくなる)。これは、Wess-Zumino-Witten模型のMTCと対応するけど、一般のRCFTに拡張できない。多くのMTC(全ての極小模型を含む)は、quasi-Hopf代数の有限次元表現の圏として実現しようとしても、次元が非整数になってしまい、不可能で、weak quasi-Hopf代数を使う必要がある

・weak quasi-Hopf代数:
quasi-Hopf quantum symmetry in quantum theory
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/055032139290350K


・MTCからのweak quasi-Hopf代数の再構成:
Quantum Symmetry
http://arxiv.org/abs/hep-th/9307164

Reconstruction of Weak Quasi Hopf Algebras
http://arxiv.org/abs/q-alg/9504001


・自由場表示を持つ場合、quantum symmetryは、演算子としては、screened vertex operatorで実現される(要出典)



(2)共形ブロックと共形指標
・共形ブロックは、極小模型ならBPZ方程式、Wess-Zumino-Witten模型ならKZ方程式から決まり、多くの解説がある。KZ方程式の場合、モノドロミーはquantum symmetryから来る(純)組みひも群の表現によって記述される。一般のRCFTでも、共形ブロックの多価性は、quantum symmetryのR行列で記述できると思うけど、知る限り確かめた人はいない


・共形指標は、MTCのobjectをアフィンLie環やVirasoro代数の表現として実現したときの指標。共形指標の満たす微分方程式は、共形ブロックの時と同様、(トーラス上の)共形Ward恒等式と特異ベクトルの表示を組み合わせて得られる。現時点で、導出過程を数学的に正当化できるか知らないけど、得られた方程式の正しさはチェックできる


・トーラス及び一般のRiemann面上の共形Ward恒等式(経路積分による):
Conformal and currentalgebras on ageneralRiemann surface
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0550321387906869


・共形指標の満たす微分方程式に関する初期の仕事:
Differential equations for characters of Virasoro and affine lie algebras
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0550321389903301

Fuchsian Differential Equations for Characters on the Torus:A Classification
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0550321389904756

modular geometry and the classification of the rational conformal field theories
http://repository.ias.ac.in/75038/


・Bantayは
Vector-valued modular forms and generalized Moonshine
http://elmfiz.elte.hu/~bantay/dubrovnik2009.pdf
等で、本質的に指標のモジュラー変換のみから、指標の満たす微分方程式が決定できると述べているけど、わたしには一般に上手くいきそうに見えない。



(3)boundary CFTとfull CFT
・最初、CFTはRiemann球面上でのみ考えられていたのだと思う。で、その後(多分弦理論を動機として)CFTが全ての曲面上に整合的かつ一意に拡張できるかという問題が考えられた。一般に、共形ブロックは反正則部分と組み合わせて一価の相関関数にしないと、物理的な量にはならない。Riemann球面上では、モノドロミー不変性から相関関数を一意に決定できるらしい
Intersection numbers of loaded (twisted) cycles and the correlation functions of the conformal field theory
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/41694


・トーラス上でも、共形指標と反正則部分を組み合わせて分配関数を作る必要があるけど、一般に、トーラス上の分配関数はモジュラー不変性から一意に決定することは出来ない。Moore-Seibergの仕事に始まって、FRS formalismと呼ばれる一連の論文の結論は、modular tensor categoryと、そのsemisimple indecomposable module categoryを指定すれば、Riemann球面上のCFT(=閉曲面上のchiral CFT)は、任意の(向き付け可能な)曲面上のCFTへ拡張できる。Cardy state/D-braneは、module categoryのsimple objectと対応する。modular tensor categoryは、必ず自明なmodule categoryを持つので、このような拡張は、必ず存在する


・FRS formalism:
Category theory for conformal boundary conditions
http://arxiv.org/abs/math/0106050


Conformal Correlation Functions, Frobenius Algebras and Triangulations
http://arxiv.org/abs/hep-th/0110133


TFT construction of RCFT correlators I〜V
http://arxiv.org/abs/hep-th/0204148
http://arxiv.org/abs/hep-th/0306164
http://arxiv.org/abs/hep-th/0403157
http://arxiv.org/abs/hep-th/0412290
http://arxiv.org/abs/hep-th/0503194


Picard groups in rational conformal field theory
http://arxiv.org/abs/math/0411507


・module categoryの分類
On q-analog of McKay correspondence and ADE classification of sl^(2) conformal field theories
http://arxiv.org/abs/math/0101219

Module categories over the Drinfeld double of a finite group
http://arxiv.org/abs/math/0202130



(4)写像類群の射影表現
・(0)の文献"Lectures on tensor categories and modular functor"のChapter5.5と、その周辺を参照

・この話題については、散発的に多くの論文がある。e.g.
Invariants of 3-manifolds and projective representations of mapping class groups via quantum groups at roots of unity
http://arxiv.org/abs/hep-th/9405167



[番外:TCFT(topological conformal field theory)]
TCFTとtopological string theoryは同じ理論と思ってよいらしい。


(2012/10/25追記)TCFTと重力場をcouplingした理論が、topological string theoryらしい(重力場と結合するのはTCFT以外のtopologicalな理論でもよいらしいけど、実際上は、TCFT以外の例はないと思う)。topological sigma modelの場合は、作用にRiemann面の計量が入っていて、TCFTでは計量を固定している(そうしても、相関関数は計量に依存しないというのが、topologicalの意味)のを、topological stringでは計量についても経路積分を行うというのが、重力場と結合させるということの意味らしいので、TCFTから対応するtopological string theoryは自動的に決まるっぽい。物理の標準的な処方箋によって、この経路積分は、Riemann面のモジュライ空間上の(有限次元)積分に落ちるらしい。こうして作ったtopological string theoryは、多くの場合、厳密に"解けて"、数学的にも、面白いらしい


(追記)TCFTは、N=2超共形場理論のtopological twistとして現れて、topological gravityと結合した系に於いては、BRSTコホモロジー=twistする前の超共形場理論のchiral ringの"可積分"な変形を引き起こす。この変形の可積分条件を、WDVV方程式と呼ぶ


#全てのTCFTは、N=2超対称CFTのtopological twistから得られるという議論も存在する
Are all TCFTs obtained by twisting N=2 SCFTs?
http://arxiv.org/abs/hep-th/9507024

Untwisting Topological Field Theories
http://arxiv.org/abs/hep-th/9611018


TCFTの数学的定式化の試みとしては、Calabi-Yau圏によるものがある(single objectのCalabi-Yau圏は、Frobenius代数)。Calabi-Yau圏は、D-braneのなす圏(射は、端点が始点/終点に固定されたopen string)と思えるらしい。TCFTのD-braneを、CFTの場合と区別するため、topological D-braneと呼ぶ人もいる。原理的には、任意種数のRiemann面上のTCFTが扱えるらしいけども、prepotentialの決め方さえよく分からない


TCFTの例:
(1)topological minimal model
・初期Frobenius代数:特異点のJacobi環(Milnor環)
・Calabi-Yau category:Matrix Factorization category。色々な実現があり、Orlovは"triangulated category of singularities"というものを考えている(arXiv:math/0302304, math.ag/0503632など)
・初期CFT:N=2極小模型
・prepotential:特異点の普遍開折

(2)topological sigma model/量子コホモロジー
・初期Frobenius代数:偶数次のコホモロジー全体(可換Frobenius代数構造が入る)?
・Calabi-Yau category:多様体の(準)連接層の圏(?)(一点のGromov-Witten理論はWitten-Kontsevich理論らしいけど..)
・初期CFT:ほぼ不明。例えば、ミラー対称性のケースでは、古典的には、Calabi-Yau多様体をtarget spaceとする非線形シグマ模型ということになっているが、数学的な記述はない。一般には、RCFTでないかもしれない
・prepotential:Gromov-Witten不変量の母関数/genus 0 Gromov-Witten potential


FRS vs TCFT:それぞれの"D-brane"の違い
・boundary CFT(BCFT)の一般論によって、境界状態$a,b$に対して、状態空間$H_{ab}$が定まり(これはMTC内のobjectになっている)、OPE係数から$H_{ab} \otimes H_{bc} \to H_{ac}$のような写像が作れて、結合則の一種を満たす

・FRS formalismでは、このことから、$A=H_{aa}$(境界状態$a$の取り方は任意)に積構造が入り(MTC内部の代数であることに注意)、$H_{ab}$は、$A$-加群になると考える(他の条件から$A$には、もう少し色々な構造が入る)。更に$H_{ab}$は単純$A$加群で、境界状態$b$と単純$A$加群$H_{ab}$が1:1に対応する。$a$の取り方を変えても、得られる代数は森田同値なので、$A$加群の圏を考えれば、同じ情報が得られるというのが、基本的なアイデア。BCFTを知っていて、言われてみれば自然ではあるけど、それほど直感的ではない

・TCFTでは、状態空間$H_{ab}$を、そのまま$Hom(a,b)$と見なせるような圏を考えている(と思う)