最近、少しトーリック多様体についてかじってみた。


symplectic toric多様体(単にsymplectic toric多様体というとコンパクト性は仮定されているのが普通っぽい)には、自然に運動量写像が付随して、その像はDelzant多面体という凸多面体になっていて、この多面体から、元のトーリック多様体を再構成できる。再構成の仕方は、複素アフィン空間へのトーラス作用によるsymplectic簡約として作るか、アフィン空間の代数的トーラス作用によるGIT商として作るか(symplectic簡約とGIT商が一致するというのは、もっと一般的な状況で、Kempf-Nessの定理として知られているものの帰結ともいえる。正確なstatementは例えばarXiv:0912.1132など)。


こうして作ったトーラス作用は、アフィン空間のケーラー構造を保つので、symplectic toric多様体は、実際にはケーラーであることが分かるけども、GIT商による構成からは、より強く射影代数多様体であることが分かる。また、偏極トーリック多様体から、射影空間への埋め込みが定まって、射影空間上の標準的な運動量写像("Fubini-Study moment map")を介して、トーリック多様体上の運動量写像を定めることもできる。普通は、symplectic⊃ケーラー⊃射影代数多様体であるけど、toricという枠組みの中では、全部同じことになり、特に代数幾何学的な取り扱いが可能になる。また、偏極トーリック多様体のトーリック扇はDelzant多面体のnormal fanと同じもので、これは偏極の取り方には依存しない。あとは例えば、幾何学量子化もDelzant多面体から簡単に分かる。という感じで、代数的にも組み合わせ論的にも具体的な計算がやりやすい


それはいいんだけど、symplectic toric多様体は、そこそこ多くの完全可積分系のクラスを含んでいる(Delzant多面体を一個与えると、相空間とPoisson可換な保存量が最大個数得られる)のに、これが可積分系としては単純すぎて全然面白い感じがしない。面白いかどうかは主観によるけど、偏極トーリック多様体での運動量写像の作り方を見れば分かる通り、それはFubini-Study moment mapと本質的に大差ない(勿論、射影空間に埋め込むところで、複雑さは現れうるのだけど)。とはいえ、簡単になるのは悪いことではなくて、トーリック退化とかいう技を使うと、偏極ケーラー多様体上の可積分系について調べたりできるらしい(一般論として、どういう情報が変形で生き残るのかよく分からないし、そもそも出てくるトーリック多様体特異点を持つことが多いようだけど)ので、面白くないと思ってるのは理解が浅いだけで、ちゃんと理解すれば面白くなる日がくるのかもしれない


一方、面白い(量子)可積分系を見ると、Hamiltonianと保存量は、何らかの代数構造の"Casimir作用素"(or 状況によっては"Bethe subalgebra"の生成元だったりetc.)になっていることが多く、同じ"Liovilleの意味で可積分な系"といっても、そういうのとは違うタイプのもののようにも見える


#個人的に面白いと思う量子可積分系の例としては、Calogero-Moser型模型がある。ポテンシャル関数がhyperbloic/trigonometric case(この時を特にCalogero-Sutherland模型と呼ぶのが"正しい"っぽい)とelliptic caseについて、higher Casimir operator/higher Sugawara operatorが保存量となることは
Quantum integrable systems and representations of Lie algebras
http://arxiv.org/abs/hep-th/9311132
に書いてある(これは$A_N$型の場合であるけど、$BC_N$型の場合に同様の結果があるのか不明)


#Calogero-Sutherland模型のHamiltonianは、"粒子数"N=∞の極限に於いても、よい表示を持つ
Calogero-Moser operators in infinite dimension
http://arxiv.org/abs/0910.1984
特に、結合定数β=1かつ粒子数N=∞の時、Calogero-Sutherland模型のHamiltonianは、cut-and-join operatorと呼ばれている、全然別の文脈から発見された作用素とほぼ一致し、gl(∞)(あるいはW_{1+∞})代数のCasimir作用素と思うことができる(もともと、cut-and-join operatorは、Schur多項式を固有関数に持ち、一方、Calogero-Sutherland HamiltonianはJack多項式を固有関数に持つことが知られている)。
cut-and-join operator
http://formalgroup.tumblr.com/post/60292102506/cut-and-join-operator
arXiv:1209.0429arXiv:1202.2756arXiv:1306.1523ではW_{1+∞}代数の変形によって、一般のβの場合を捉えようとしているようであるけど、よく分からない


#ちなみに、β=2,1,1/2かつ有限のNの場合は、Calogero-Sutherland Hamiltonianは適当な対称空間上の不変微分作用素とも見なせる
Random matrix theory and symmetric spaces
http://arxiv.org/abs/cond-mat/0304363
可解格子模型の手法による楕円的可換差分作用素系の構成
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/63032


#また別の面白いと評判の可積分系として戸田格子がある。戸田格子は古典可積分系で、Lax形式で書きなおすことによって、保存量が得られ、Liouvilleの意味で可積分になるというのは、一旦見つかってしまえば誰でも分かる。この時素朴に考えると、相空間は$\mathbf{R}^{2N}$で、戸田格子の保存量が何らかのCasimir関数になってるのか、よく分からない。Lax形式は、背景にある代数構造を、あんまり明らかにしてはくれない。戸田格子は、普通に量子化でき、一般論として、古典可積分系量子化で得られる系は、"量子可積分"だろうと信じられていると思うけども、戸田格子については、これは正しいらしい。1970年代後半にKazhdanとKostantが気付いたらしいことによれば(unpublishedらしい)、quantum open Toda chainのHamiltonianは、Whitakker関数に作用する二次のCasimir作用素で、higher Casimirを保存量として、Liouvilleの意味で"量子可積分な"系となる。量子系では、十分な数の保存量があっても、本当に解けるかどうかは別問題である(elliptic Calogero-Moser模型は現在でも解けてない気がする)けども、1990年代~2000年代くらいに、open case/periodic caseの両方とも、一応解けてるっぽい(要出典)?このへんの話は最近勉強し始めたので色々怪しいが、とりあえず、戸田格子も、Casimir作用素を包合的な保存量とする可積分系と思うことができそう
Whittaker functions on quantum groups and q-deformed Toda operators
http://arxiv.org/abs/math/9901053
Quantum deformation of Whittaker modules and Toda lattice
http://arxiv.org/abs/math/9905128
あたりの前半を見ると、KazhdanとKostantの観察については、大体理解できる


#第3の例としては、可積分系の親玉であるところの各種可積分階層がある。KdV階層やBoussinesq階層を含む、ある種の可積分階層は、Drinfeld-Sokolov reductionというHamiltonian reductionの一種によって得られるのであった。Drinfeld-Sokolov reductionが作るのは、本来的には相空間(無限次元である)の構造だけであるが、相空間の関数環のCasimir関数を取ってくると、自動的に可積分系が出てくるという仕組み(これは可積分階層のisospectral symmetryを生成する)。Drinfeld-Sokolov reductionについては量子化版を考えることができ(Hamiltonian reductionは一般のPoisson代数に対して定義されているものの、quantum Hamiltonian reductionがどれくらい一般的な状況で厳密に定義されているのか知らないが)、アフィンsl(n)代数から、DS reductionによってVirasoro代数(n=2)/W_n代数が得られる。再び、Casimir operatorsを考えれば、可積分階層の量子化が得られる、と思うのは自然で、量子KdV階層はBazhanov-Lukyanov-Zamolodchikovによって導入された。その後、Bazhanovらは、量子Boussinesq階層についても調べている。原理的には、任意の量子n-KdV階層は得ることができるのだろうけど、W代数は複雑なので、意味のある結果を出すのはなかなか難易度は高いというか、一般に無限個のCasimir operatorがあることの証明もないかもしれない。arXiv:0705.2486を読むと、概要だけはつかめる。

#ちなみに、変形Virasoro代数/変形W代数というのも90年代に定義されていて、これも"Drinfeld-Sokolov reduction"で得られるっぽい(?)(cf. Drinfeld-Sokolov reduction for quantum groups and deformations of W-algebras)。

#ここに挙げたようなのは、要するに半単純Lie代数とその仲間たち(アフィン化したりq変形したりetc.を含めて)だから、物凄く綺麗に出来るのだという感じでもあって、こういうものを離れて、例えばEuclid運動群とか見たら、Casimir operatorだけでは保存量が足りないのが普通になる(ついでに、こういうのは表現論も難しい)。将来的には、そういう系を考えるのも重要なのかもしれない


Toric degenerations of Gelfand-Cetlin systems and potential functions
http://arxiv.org/abs/0810.3470
を読むと、旗多様体上の完全可積分系であるGelfand-Cetlin系(これはトーリック退化が構成された最初の事例じゃないかと思うけど)と戸田格子には"striking relation"があると書いてあるのだけど、ここの論文の主題である"potential function"がよく分からないので、まぁよく分からない。この分からなさの起源と言うのは、技術的なdetailというよりは(それも分からないが)、そもそも一般のpotential functionが可積分系そのものに対してでなく、Lagrangian torus fibrerという幾何学的情報に対して定まっていて、Lagrangian torus fibrationがどういう可積分系から来ているかが陽に見えないので、可積分系にとってpotential functionが何者なのかさっぱり分からんとか、量子コホモロジーと戸田格子の関係性(これは1990年代のGiventalの仕事)も、全く謎にしか見えないとか、そういうあたり(to be continued)