解析力学から見た古典/量子Kepler系の解法

古典Kepler系の解析解
https://vertexoperator.github.io/2016/12/01/kepler2d_classical.html

2次元量子Kepler系の束縛状態
https://vertexoperator.github.io/2016/12/01/kepler2d_quantum.html

で、2次元のKepler系を、古典力学量子力学で解いている。多少見かけは違ってるけど、同じ方法で空間変数の取り直しを行って、調和振動子に帰着(全く同じなので、書いてないけど、正エネルギー/散乱状態の場合は、inverted harmonic oscillatorというものに帰着する)、周波数の形も古典/量子で同じ形になる

ところで、古典Kepler系の方は、時間変数も取り直しているのに対して、量子Kepler系では、時間変数の変換は出てきてない。量子系の方は、時間非依存のシュレディンガー方程式を考えているのだから当然だけど、量子Kepler系のHamiltonianに対して、時間依存シュレディンガー方程式を考えて、時間変数の取り換えを行ってから、(新しい時間変数に対する)定常シュレディンガー方程式を考えると、結局、Hamiltonianは、左からrを掛けるという変換を受けることになる。

"量子Kepler系の束縛状態"の解法2の方で、「量子Kepler系のシュレディンガー方程式
r(\hat{H} - E)\Psi = 0
と置くと・・・」と書いてあるのは、自明な式変形を書いてるのではなく、シュレディンガー方程式をこのように見ることが、古典系に於ける時間変数の取り換えと同等の操作を行うことに相当している。また、spectrum generating algebraに含まれるのは、Hamiltonianそのものではなく、r(\hat{H} - E)であることからも、この変換の必要性が理解できる。

ただ、これだけだと、ややad hocな印象もある



Duru-Kleinertによる、量子Kepler系の経路積分に関する以下の論文には、"pseudo Hamiltonian"というものが書いてある(論文中の式(10))。彼らは、これ以前にも同じような論文を書いてるけど、そっちには、このような説明はないので全然参考にならない

Quantum Mechanics of H-Atom from Path Integrals
https://doi.org/10.1002/prop.19820300802
[PDF]http://users.physik.fu-berlin.de/~kleinert/83/83.pdf

r(\hat{H} -E)は、Duru-Kleinertが"pseudo Hamiltonian"と呼んでいるものに相当する。


で、Duru-Kleinertの論文の式(15)を見ると、このpseudo Hamiltonianが住んでるのは、拡大相空間であることが読み取れ、pseudo Hamiltonianに対して正準方程式を考えると、普通の運動方程式+時間変数の取り換えの式が出ている。Duru-Kleinertは、拡大相空間とは言ってないけど、昔の私が調べた所によると、1949年にLanczosが導入した比較的新しい概念らしい。昔の私が書いてることを信じるなら、H-Eはextended Hamiltonianと呼ばれることもあるそう

cf)extended phase space
https://formalgroup.tumblr.com/post/105356647155/extended-phase-space

古典力学では、H-E=0は定義みたいなものであり、量子力学では、H-Eを波動関数に作用させると0になるというのは、シュレディンガー方程式そのもの。


拡大相空間を考えるなら、(明らかに、拡大相空間も、自然なsymplectic構造を持ってるので)正準変換も"拡大"されるべきと思うのだけど、

Stackel系の全ての保存量を保つ離散化
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/42747

とかいう関係なさそうな文献を見ると、そのような変換を考えた人はいるらしい。Duru-Kleinertのpseudo Hamiltonianは、extended Hamiltonianに、一般化した正準変換を施したものであると理解できる。

DuruとKleinertは、経路積分のために、pseudo Hamiltonianを考えたけど、経路積分自体は、どうでもよく、背景に、こういう構造があることが重要なのだと思う



古典力学では、ハミルトニアンは関数なので、右から関数を掛けるか左から関数を掛けるか気にする必要はないけど、量子力学では、事情が違う。Kepler系では、r(\hat{H}-E)としたのだけど、(\hat{H}-E)rでない理由があるだろうかという疑問が残っている。一般には
f_{l}(\hat{H}-E)f_{r}
という形の変換が考えられる。この形の変換を取り扱った文献で、一番古いのは、調べた限り

On the generalization of the Duru-Kleinert-propagator transformations
https://link.springer.com/article/10.1007/BF01318171

じゃないかと思う。

Kleinertの本が、Kleinert自身によって公開されているけど、

New Path Integral Formula forSingular Potentials
http://users.physik.fu-berlin.de/~kleinert/b5/psfiles/pthic12.pdf

この形の変換が扱われている。式(12.26)とか。本を読めばわかるけど、新しい時間変数と、時間変数の関係は、f_lf_rの積のみで決まる。式(12.37)など。


この形の変換で一番良く見るのは、相似変換で、その場合は、時間変数を変える必要はない。相似変換については、当たり前すぎて、注意を払われることもないけど、それより、ずっと一般的な変換を行っても、ツケを時間変数に押し付けてしまえるというのは、言われれば当たり前だけど、何かに使えることもあるかもしれない。Kepler系の場合は、rを掛けることによって、Coulombポテンシャルの特異性が見かけ上消えるという見方もできる


【おまけ】Kleinertは、1967年に、A.O. Barutと共に
Transition Probabilities of the Hydrogen Atom from Noncompact Dynamical Groups
https://doi.org/10.1103/PhysRev.156.1541

という論文を書いていて、3次元量子Kepler系の束縛状態の空間が、so(4,2)の既約表現空間になってることを、(私が知る限り)初めて明確に書いた人でもある。この論文には、まだ"pseudo Hamiltonian"は書かれていない。もう少し後のBarutの論文では、Hamiltonianそのものより、"pseudo Hamiltonian"(とは呼んでないけど)を重視する書き方をしているものがあったと記憶している

Group Theory and Orbital Fluctuations of the Hydrogen Atom
http://users.physik.fu-berlin.de/~kleinert/kleiner_re222/barut92.html

のAbstractで、Kleinertは、以下のように書いている。

The group theoretic development was triggered by A.O. Barut who suggested to me the search for a dynamical group larger than SO(4). In this way he became partly responsible also for the later and most recent path integral development.