雑survey: 可積分性の必要条件と十分条件

Lax方程式は、可積分系で頻出する道具の一つで、現在知られている多くの(古典)可積分系で、等価なLax方程式が得られている。
Lax equation
https://ncatlab.org/nlab/show/Lax+equation
には"Lax equation is used in integrable systems; namely some systems are equivalent to the Lax equation."などと書いてある。

#非線形可積分系の差分化とその現状
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0889-07.pdf
は、1994年のものではあるけど、可積分性の性質として、Lax pairがあげられている(著者に、広田良吾が入っているので、"権威付け"として)。


原理的には、(有限自由度の古典可積分系では)作用・角変数から、Lax pairを作ることができる
L = \left( \begin{matrix} I & 2I \theta \omega \\ 0 & -I \end{matrix} \right)
M = \begin{pmatrix} 0 & \omega \\ 0 & 0 \end{pmatrix}
に対して(Iとθが時間依存する変数で、ωは定数)
\dot{L} = [L,M]

\dot{I} = 0 , \dot{\theta} = \omega
は同値。一般には、作用・角変数に対して、上のLとMを対角的に並べたものを、Lax pairとすればいい。勿論、作用・角変数が具体的に分かっているなら、もう系は解けているといってよく、Lax方程式は必要ないので、こんな話は、実用上は何の意味もない(つまり、このLax方程式は役に立たないものである)けど、大雑把には「Liouville可積分系はLax方程式で書ける」と言ってもよさそうである。

この議論は
Hamiltonian structures and Lax equations
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/037026939091198K
にあるものと同じ("any hamiltonian system, which is integrable in the sense of Liouville, admits a Lax representation, at least locally at generic points in phase space")。


積分でなくても、Lax方程式で書ける系は、無数に存在する。というのも、非退化な不変内積を持つLie環\mathfrak{g}の双対空間(標準的なPoisson構造がある)上で定義されるハミルトン力学系は、常にLax形式で書くことができるけど、当然、その殆どは、可積分でないだろうと思われる。Lax方程式の偉いところは、機械的に、沢山の第一積分が得られる点にあるけど、この場合、得られる保存量は、Casimir関数であり、例えば、Lie環がgl(n)であれば、次元は$n^2$に対して、独立なCasimir関数はn個しかないので、一般に全く足りない。というわけで、これも役に立たないLax方程式である(※)

※)しかし、この見方は、役に立つLax方程式への第一歩でもある。例えば、非周期有限戸田格子を"標準的な"Lax形式で書いた時、Liouville可積分であるための第一積分は、Casimir関数で与えられる(実際、tr(L^n/n)の形で書け、n=2の時が通常のHamiltonian)。Casimir関数は、classical r-matrixを通じて定義されるPoisson括弧に関しても包合的であるが、他の関数とPoisson可換とは限らなくなる。そして、Casimir関数を行列Mにmapする関数も、classical r-matrixで書ける。このような構成は、AKS(Adler-Kostant-Symes)の定理という名前で知られる。非周期有限戸田格子の場合は、これで可積分になるために十分な数の第一積分を得られる。classical r-matrixとLax方程式の一般論について、以下に書いた

classical r-matrixとLax方程式
https://vertexoperator.github.io/2017/11/04/rmatrix.html



物理的に意味のある例として、2D/3D Euler(流体)方程式はLax方程式で書け、かつ非可積分である。

Lax pair formulation for the Euler equation
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0375960190908093

A Lax pair for the 2D Euler equation,
https://arxiv.org/abs/math/0101214

Lax Pairs and Darboux Transformations for Euler Equations
https://arxiv.org/abs/math/0101214


Euler方程式は無限自由度であるけど、Zeitlinによって、2D Euler方程式を有限自由度に"truncate"した系が知られていて(よく使われる"正式名称"みたいなのはないようなので検索しづらい)、これは、やはりLax方程式で書けるが、十分な数の第一積分が出てこない例となっている(多分、非可積分だと思うけど、証明があるかは知らない)
Finite-mode analogs of 2D ideal hydrodynamics: Coadjoint orbits and local canonical structure
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/016727899190152Y


Euler-Arnold方程式(有限次元or無限次元"Lie群"上の左不変or右不変計量に関する測地流)でLax形式で書けるものは沢山あるはず(Lie群の余接空間のsymplectic reductionは余随伴軌道なので)で、Euler流体の方程式は、その例となっている。



[補足1]『非線形可積分系の差分化とその現状』には、他に可積分性の条件として"N-ソリトン解を持つこと"が挙げられている。これについては、(そもそも、ソリトン解の数学的な定義は何かということを脇に置いても)微妙なとこではある。少なくとも、1−ソリトン解を持つ非可積分系は存在する(e.g. double sine-Gordon方程式)。「任意のNについて、N-ソリトン解が存在するなら、可積分か」という問いについては、私は答えを知らない

Exact, multiple soliton solutions of the double sine Gordon equation
http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/359/1699/479
では、高次元double sine-Gordon方程式を考えて、時空の次元qに対して、(2q-1)-ソリトン解まで存在すると書いてある


まぁ、"少なくとも1−ソリトン解を持つ"という意味では、"non-integrable soliton equations"という言葉を使えるので、「ソリトン方程式は可積分である」という言明は、慎重に使う必要があると思う。以下のようなレビューもあるし

Dynamics of classical solitons (in non-integrable systems)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0370157378900741



[補足2]『非線形可積分系の差分化とその現状』に挙げられていないが、多くの古典可積分系はbiHamilton系であることが知られている("2つ"あるのは、HamiltonianではなくPoisson括弧なので、biPoissonと呼ぶほうが適切な気がするけど、biHamiltonianという名前が広く使われている)。biHamilton系に於いても、Lax方程式と同様、十分多くの第一積分を得るための処方箋がある(recursion operatorによって、"低次"のHamiltonianから高次のHamiltonianを作れる。hamiltonianとして、recursion operatorのべき乗のトレースがしばしば選ばれる)。けど、biHamilton系は、いつでも完全可積分かという問いは、結論としては、正しくない

MathOverflowの以下の質問に対する回答が参考になる
Connection between bi-Hamiltonian systems and complete integrability
https://mathoverflow.net/questions/14740/connection-between-bi-hamiltonian-systems-and-complete-integrability


リンクが切れている論文があり、タイトルも不明だったので、探したものを貼っておく。

Lax方程式とbihamiltonian系の関係に関する、F. MagriとY. Kosmann-Schwarzbachの論文というのは、多分これ(Journal of Mathematical Physics 37, 6173 (1996))
Lax–Nijenhuis operators for integrable systems
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.531771

Magri, Morosi, Gelfand and Dorfmanをsummarizeしている、R.G.Smirnovの論文というのはこれ
Magri–Morosi–Gelfand–Dorfman's bi-Hamiltonian constructions in the action-angle variables
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.532221


あと、回答にあげられていないけど、以下の論文も参考になると思う
Canonical Forms for BiHamiltonian Systems
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4612-0315-5_12


また、全ての完全可積分系がbiHamiltonianではないという話も、以下にある
Completely integrable bi-Hamiltonian systems
https://link.springer.com/article/10.1007/BF02219188
論文で挙げられている"可積分だけどbiHamiltonian構造を持たない"例は、MIC-Kepler問題として知られる系(普通のKepler系はbiHamiltonianだけど、摂動を入れると、biHamiltonianでなくなる)。


[補足3]上記のMathOverflowの記事を見ると、完全可積分性に必要な運動の積分を構成する3つのアプローチとして、Lax形式、biHamiltonian構造、そして、変数分離(separation of variables/SoV)が挙げられている。変数分離は、解析力学の教科書に書いてある古い方法で、19世紀に知られていた多くの可積分系は、この方法で解かれている(と思う)けど、職人芸的なものである。最近(20世紀後半)になって、変数分離の理解にも進展があった(私は、あまり理解してないけど)。


Hamilton力学系が、スペクトルパラメータ付きのLax方程式と等価な場合、Lax行列の固有ベクトルである"properly normalized" Baker-Akhiezer関数の極と対応する固有値が、分離座標を与えるというのが、Sklyaninのmagic recipe(とSklyanin自身が書いている)というもの。Sklyanin自身は、むしろ量子可積分系への応用を念頭に置いていたらしい
Separation of Variables. New Trends.
https://arxiv.org/abs/solv-int/9504001

Sklyaninは以下のように書いているので、"recipe"として完成していると言えるのかは不明;
Amazingly, it turns out to be true for a fairly large class of integrable models, though the fundamental reasons responsible for such effectiveness of the magic recipe:“Take the poles of the properly normalized Baker-Akhiezer function and the corresponding eigenvalues of the Lax operator and you obtain a SoV”, are still unclear. The key words in the above recipe are “the properly normalized”. The choice of the proper normalization ~α(u) of Ω(u) can be quite nontrivial (see below the discussion of the XYZ magnet) and for some integrable models the problem remains unsolved

この場合、スペクトル曲線は代数曲線なので、系を調べるのに代数幾何が役に立つことになる。古典可積分系の解が、しばしば楕円関数や超楕円関数で書ける理由の説明にもなる



変数分離にはbiHamilton系からのアプローチもある(bihamiltonian theory of SoV)。鍵になるのは、よいbiHamilton系では、Nijenhuisテンソル(※)が存在して、その固有値が、Darboux–Nijenhuis座標というものの半分を与えるという感じらしい。こっちの方は、微分幾何学的で、理論的な理解はより進んでいる模様。一方で、量子可積分系への"移植"は不明

※)recursion operatorと呼ばれることもある。このようなoperatorの存在は、KdV階層に於いて、Lenardという人によって認識されたのが最初らしい

Separation of variables for bi-Hamiltonian systems
https://arxiv.org/abs/nlin/0204029

About the separability of completely integrable quasi-bi-Hamiltonian systems with compact levels
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0926224508000296

Generalized Lenard chains and Separation of Variables
https://arxiv.org/abs/1205.6937


現状、与えられたHamilton力学系を"解く"のに役立つLax形式やbiHamiltonian構造を見つけるのは、今の所、職人芸に頼るしかないと思う(し、存在するかどうかも明らかではない)けど、Lax形式やbiHamiltonian構造が分かれば、Liouville可積分性が要求する第一積分を全て発見することは、しばしば可能となる。けど、十分な数の独立な第一積分があれば、Liouville-Arnoldの定理によって求積可能であると言っても、これは原理的なものでしかなくて、実際に解く上では役に立たない(例えば、第一積分の等位集合の位相構造を調べるのは、一般には相当難しい)。変数分離は、実際に系を解くという目的に、より近く、実際的な方法であると言える(解を既知の関数で具体的に書けることと、物理的に意味のある情報を得ることは、あまり関係ないことが多いけど)

結局、Lax方程式やbihamiltonian構造を見つけるところが職人芸なので、可積分系の求積は職人芸のままだと思うけど、Lax方程式で書ける可積分系とか、biHamiltonian構造を持った可積分系を、ある程度系統的に作る方法が発見されており(AKSの定理だとか、Frobenius多様体からbi-Hamiltonian hierarchyを作れるとか。そうして作られる系には面白い例がある)、そのへんが重要な進展と言えるのでないかと思う


[補足4]
Canonicity of Baecklund transformation: r-matrix approach. I
https://arxiv.org/abs/solv-int/9903016

Canonicity of Baecklund transformation: r-matrix approach. II
https://arxiv.org/abs/solv-int/9903017