Chapman-Jouguet理論

物理で定義とか真面目に考え出すと、辛いことになるけど、"法線方向の速度が不連続に変化する波面の伝播"を衝撃波と総称する立場からすると、発熱反応を伴う圧縮衝撃波がデトネーション波ということになる。発熱反応を伴う衝撃波では、膨張波も存在することができ、こっちは、デフラグレーション波と呼ぶ。日本語では、デトネーションは爆轟と訳され、デフラグレーションは爆燃と訳されている。

※)接線方向の速度が不連続に変化する不連続面は、渦層と呼ばれ、衝撃波面とは異なる。同じ不連続面とはいえ、使われる手法とかも全然別のよう。

普通の衝撃波は、化学反応とかは伴わないので、そのへんがデトネーション/デフラグレーションとの違い。デフラグレーションは、不連続波面を持つけど、伝播速度は音速より遅いので、衝撃波のイメージに、そぐわない。まぁ、あまり深く考えず、気相爆轟=超音速で伝わるガス爆発くらいの認識でいいっぽい。

気相爆轟は、19世紀の終わり頃から研究されるようになり、理論的な研究は、Mikelson(1890),Chapman(1899),Jouguet(1905)などが独立に行ったらしい。これらは、同じ結果を与えるらしく、現在では、Chapman-Jouguet理論(以下、CJ理論)として知られる。現在、CJ理論は、衝撃波のRankine-Hugoniot理論を拡張した形で展開される。

どうでもいいけど、CJ理論のChapmanとChapman-Enskog展開のChapmanは別人。Chapman-Enskog展開の人は、Sydney Chapman(1888-1970)という名前で、CJ理論の人は、David Chapman(1869-1958)らしいけど、David Chapmanには、Sydney John Chapman(1871-1951)という弟がいて経済学者だったらしい。ややこしいわ

CJ理論では、波面の前後が、それぞれ未燃ガス、既燃ガスになっていて、反応は一瞬で終了するものとされている。未燃ガス、既燃ガスは共に、理想気体として記述するのが一般的。基本的に、代数的な計算しか出てこないので、難しいわけでないけど、既燃ガスの比熱比は常温のものと違うことに気付かず、計算してみると、値が合わないという罠にはまった

後になって気付いたけど、デトネーションのことは、ランダウ・リフシッツの流体力学の教科書に載っていて、CJ理論が説明されてる。この本も、測定値と理論値の比較とかはないので、助けにはならなかったろうけど。

Fluid Mechanics §121
https://archive.org/details/FluidMechanics/page/n491



罠にはまった時に、Chapmanの原論文を読んだ。

On the rate of explosion in gases
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/14786449908621243

Chapmanの議論は、現在の定式化とは違っていて分かりにくいけど、TABLE IIIに、"Velocity of Explosion"の式として

V^2 = \dfrac{2RJ}{\mu C_{v}^2} \left( {(m-n)C_p + m C_{v} }C_{p} t_0 + (C_p+C_v)\mathrm{h} \right)

が書かれていて、様々な混合気体の燃焼反応に対して、Vを計算し、測定値と比較している。単位とかが書かれてないけど、私が解読した限りでは、多分、以下のようになっている。

Chapmanの論文には、多くの混合気体に対する測定値と計算値が載ってるけど、全部やるのは大変なので、水素と酸素がモル比で1:1に混合した気体の燃焼反応(2モルの水素と2モルの酸素を燃焼させて、1モルの水蒸気が発生し、1モルの酸素が反応せず残るという状況)
2\mathrm{H}_2 + 2\mathrm{O}_2 = 2 \mathrm{H}_{2}\mathrm{O} + \mathrm{O}_2
を例に取ると、

RJ = 8.314462618(J/mol/K) : 気体定数
μ = 68(g) : 単位量あたりの気体の質量(反応前後で保存されるはずなので、水素2モル+酸素2モルの質量であり、また、水2モルと酸素1モルの質量でもある)
m = 3(mol) : 反応前のモル量(水2モルと酸素1モル)
n = 4(mol) : 反応後のモル量(水素2モルと酸素2モル)
h = 117000(cal) : 反応熱=1molのH2O(g)につき、245kJ弱の計算
t0 = 273.15(K) : 基準温度
Cv = 11.63(cal/mol/K) : 生成ガスの定積モル比熱(表に記載されてる値)
Cp = 13.62(cal/mol/K) : 生成ガスの定圧モル比熱(Cvから、マイヤーの関係式を使って計算)
V = 2341.8(m/s) : Chapman-Jouguet速度(論文では2340と計算されている)

だと思う。


生成ガスの比熱について、論文には、以下のようなexcuseが長々と書いてあって、時代を感じる

A few words are necessary regarding explosions in which water is formed. If the specific heat of steam is taken as 3/2 × specific heat of the diatomic gases, the found rates of explosion fall below the calculated rates when the dilution with inert gas is great, and vice versd when the dilution is small.

It is possible to account for this by two theories. The first theory is that at high temperatures the water is dissociated, whereas at low temperatures the combination of hydrogen and oxygen is complete. The second theory is that the specific heat of steam rises more rapidly with the temperature than the specific heat of the diatomic gas.
(中略)
We are therefore encouraged to test the first theory, i.e. that the specific heat of steam rises more rapidly with the temperature than that of the diatomic gases.

水蒸気の比熱を、2原子分子の1.5倍とすると、うまくいかないので、高温では、水蒸気の比熱は、2原子分子より急速に上昇するのだろうとか。Chapmanが書いている1.5倍というのは、多分、エネルギー等分配則の誤った適用による(比熱が一分子あたり原子数に比例すると考えたんだろう)ものだろう。Chapmanは、もう一つの可能性として、現在でいうところの弱電離プラズマのようなものを考えて却下している。



反応直後のガスは、高圧で、温度は数千度に達するらしいので、常温の場合と違って、水や酸素でも、分子振動の比熱への寄与が無視できなくなる。分子内振動を調和振動子で近似して、独立なモードに分離すると基準振動が得られる。基準振動波数は、赤外分光やラマン分光で測定でき、水素分子の基準振動波数は、ν=4160(/cm)程度。分光業界(?)では、波数の記号は、νの上にチルダを付けたものを使うことが多い気がするけど、以下では、普通のνを使う。回転スペクトルを測るマイクロ波分光はGHzを使ってるっぽいので、赤外/ラマンも、THz単位に揃えろやと思うけど。水の場合、適当に検索した数値によると、1595(/cm),3756(/cm),3657(/cm)。

世の中には合成法が確立してなかったり合成難度が高い化合物もあるけど、その場合でも(低分子なら)割と高速かつ、それなりの精度で、基準振動波数を数値計算することもできる。例えば、現時点で、合成法が確立してない低分子の一つに、テトラヘドランC4H4があり、分子量などからすると、常温常圧で気体の可能性がある(構造異性体の1,2−シクロブタジエンや、1,3-シクロブタジエンの沸点が40度前後という情報がある)

cf)Tetrahedrane
https://en.wikipedia.org/wiki/Tetrahedrane

振動モードが一個の場合、分子振動の分配関数は
q_{\mathit{vib}} = \left( \dfrac{e^{-\beta c \mathit{h} \nu/2}}{1 - e^{-\beta c \mathit{h} \nu}} \right)^N
なので、一個の振動自由度による定積比熱への寄与は
C_{v,\mathit{vib}} = N k_{B} \dfrac{x^2 e^{x}}{(e^{x}-1)^2}
と計算できる。但し、x = \dfrac{c h \nu}{k_{B}T}

ν=4160(/cm)、T=300(K)だと、x=19.95で、y=\dfrac{ C_{v,\mathit{vib}} }{N k_{B}}は、8.62e-7とほぼ無視できる。T=3000(K)だと、x=1.995で、y=0.725になって、無視できない寄与があることが分かる。

十分高い温度では、振動の自由度1つにつき、モル比熱は気体定数Rだけ増加する。振動自由度を高温近似で扱うと、高温の二原子分子理想気体では、定積比熱が3.5R,定圧比熱が4.5Rになり、高温の非直線型三原子分子理想気体では、定積比熱は6R,定圧比熱は7Rになる(はず)。

6R=50(J/mol/K)=12(cal/mol/K)程度で、上のChapmanの計算に出ている11.63(cal/mol/K)に近い値になっている。実際に上の計算で扱ってるのは、水蒸気2モルと酸素1モルの混合気体の定積比熱なので、それぞれ理想気体として、高温近似が成立するならば、定積比熱は、10.27(cal/mol/K)程度という計算。完全に一致とは言えないけど、それなりに合ってそうではある


100年以上前の論文の数値と理論値だけを頼りにするのもどうかと思うので、もうちょっと新しいデータを見ておく(数千度とかで比熱を測定できるのか知らないけど、以下のデータは、測定値というわけではない)

Water@NIST Chemistry Webbook
https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C7732185&Units=SI&Mask=1&Type=JANAFG&Table=on#JANAFG

を見ると、水の6000(K)に於けるCpの値は、60.59(J/mol/K)となっていて、これは、7R=58.20(J/mol/K)と近い。4100(K)では、丁度、58.20(J/mol/K)となっている。二原子分子気体の例として、H2(g)を見ると

Hydrogen@NIST Chemistry Webbook
https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C1333740&Units=SI&Mask=1&Type=JANAFG&Table=on#JANAFG

に、3200(K)で、Cp=37.53(J/mol/K)とある。これは、4.5R=37.415(J/mol/K)と、ほぼ一致している。上の基準振動の数値に基づく計算を考慮すると、3200(K)で、この数値に達するのちょっと早くね?という気もするけど。6000(K)に於けるCpの値は、41.97(J/mol/K)となっている。

この手の小さな多原子分子では、3000〜4000(K)で、比熱への振動自由度の寄与を高温近似で扱うことが許されそうにも思える。幸い、デトネーションに於ける生成ガスの温度は、この水準にある

これらのデータが、どれくらい信用できるものなのか分からないけど、並進、回転、分子内振動を単純に考慮しただけのモデルとは少しズレがあるけど、実験値と比較しないことには、何も言えそうにない。


【おまけ】大学一年の時、エネルギー等分配則による気体の比熱の説明を習った際、結構ずれてる気体もあって胡散臭いと思った記憶がある(条件とか分子は忘れた)。ファインマンの教科書の

The Feynmann Lectures on Physics Vol.I 40-6 The failure of classical physics
http://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_40.html#Ch40-S5

を見ると、古典統計力学で気体の比熱を説明できないことは、丁度Chapmanの論文が書かれた時代の物理学者も不可解に思ってたと書いてある。そんな説明を21世紀にもなって教えないで欲しかった。ファインマンは、分子振動を調和近似して量子統計力学で扱えばいいと言ってるけど、計算例は一つもないし、他で見たこともないので、やってみたのが、以下の表。

分子 Cp(J/mol/K) Fr Cp/R-2.5-Fr/2 基準振動(/cm) X R*(2.5+Fr/2+X)
N2(g) 29.124 2 0.0028 2358.57 0.001477 29.113
O2(g) 29.376 2 0.0331 1580.19 0.028395 29.337
HCl(g) 29.136 2 0.0043 2990.95 0.000112 29.102
HI(g) 29.156 2 0.0067 2309.01 0.001798 29.116
Br2(g) 36.048 2 0.8356 325.32 0.8177 35.899
CO2(g) 37.129 2 0.9656 [667,667,1388,2349] 0.9565 37.053
N2O(g) 38.617 2 1.1446 [589,589,1285,2224] 1.1428 38.603
NO2(g) 36.974 3 0.4470 [750,1320,1617] 0.4653 37.127
O3(g) 39.238 3 0.7192 [719.6 ,1062.1 ,1157.8] 0.6745 38.866
H2S(g) 34.192 3 0.1124 [1183,2615,2626] 0.1098 34.171
NH3(g) 35.652 3 0.2880 [950,1627,1627,3337,3444,3444] 0.2671 35.479
ND3(g) 38.225 3 0.5974 [793,1225,1225,2495,2652,2652] 0.5254 37.626
PH3(g) 37.102 3 0.4623 [992.1,1118.3,1118.3,2322.9,2327.7,2327.7] 0.4656 37.130
BF3(g) 50.446 3 2.0673 [480.7,480.7,696.7,888,1463.3,1463.3] 2.0673 50.446
C2H2(g) 44.095 3 1.3034 [612,729,729,1974,3289,3374] 1.2929 44.077
CH4(g) 35.639 3 0.2864 [1306,1306,1306,1534,1534,2917,3019,3019] 0.2864 35.639
CH3Cl(g) 40.731 3 0.8988 [732,1017,1017,1355,1452,1452,2937,3039,3039] 0.8998 40.739
SF6(g) 96.960 3 7.6616 [346,346,346,524,524,524,...](略) 7.6648 96.987
C3H8(g) 73.60 3 4.8520 [216, 268, 369, 748,...](略) 4.524 70.874

定圧モル比熱Cpの出典は、JANAF熱化学データ表かNIST Chemistry WebBookで、298.15(K) , 0.1(MPa)の値。Frは回転の自由度で、Rは気体定数。ND3は、アンモニアの水素を全部重水素に置換したもの。

表の値Xは、全基準振動波数について、以下の和を計算したもの(温度Tは、298.15K)
X = \displaystyle \sum_{i} f(\dfrac{c h \nu_i}{k_{B}T})
f(x) = \dfrac{x^2 e^{x}}{(e^{x}-1)^2}
並進と回転運動からのみ比熱への寄与がある理想気体を高温近似で考えると、Cp=(5+Fr)R/2になる。分子内振動からの比熱への寄与を量子統計力学に基づいて計算し、加えると、Cp=(2.5+Fr/2+X)*Rになる。これを測定値と比較すればいい

基準振動の出典は、以下のどれか
(1)JANAF熱化学データ表
(2)Vibrational Modes in HITRAN2012 Database
https://www.cfa.harvard.edu/hitran/vibrational.html
(3)Tables of molecular vibrational frequencies, consolidated volume I (Takehiko Shimanouchi)
https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/Legacy/NSRDS/nbsnsrds39.pdf
https://archive.org/details/tablesofmolecula39shim

(2)のアセチレンのデータは、縮退度にミスがあるので修正してある。また、六フッ化硫黄の基準振動は(2)から、
[346,346,346,524,524,524,615,615,615,643,643,775,948,948,948]
を使い、27個あるプロパンの基準振動は、(3)に従って、以下の数値を使った
[216,268,369,748,869,922,940,1054,1158,1192,1278,1338,1378,1392,1451,1462,1464,1472,1476,2887,2887,2962,2967,2968,2968,2973,2977]

計算値は、これなら、過去の自分も納得しただろうと思う程度には合ってる。どっちみち、調和近似が完全に正確な結果を与えるはずはないので、多少のずれは、あって然るべきもの



Chapmanの論文にあるCJ速度の式は、実際の数値を見ると、大抵の場合、第二項が卓越しており、更にマイヤーの関係式を使うと
V^2 \approx \dfrac{2(C_p - C_v)}{\mu C_v^2} (C_p + C_v) h = \dfrac{2(C_p^2-C_v^2)}{C_v^2} \dfrac{h}{\mu}
と書ける。この近似式は、現代の標準的なCJ理論でも導くことができる。冒頭のランダウ・リフシッツの教科書だと式(121.9)

水素2モルと酸素1モルの爆発の場合、生成ガスは、水蒸気2モルのみで、
h = 242(kJ/mol)
μ = 18(g/mol)
を使うことにする。更に、高温の非直線型三原子分子理想気体に対するCp=7R,Cv=6Rを使うと、CJ速度は
V = 3116(m/s)
となる。

デトネーション伝播の基礎
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcombsj/55/174/55_317/_pdf/-char/ja

の表1を見ると、CJ速度は2841(m/s)で、"既燃ガスの実効的な比熱比"は、1.129となっている。観測されるデトネーション速度も、こんなものらしい


上で使用した反応熱は298K,1atmのもので、0K換算の値を使うべきと思う。0Kに於ける生成エンタルピーは、定圧比熱を、0(K)から298(K)まで積分した値を引けば得られる。面倒なので、(振動の影響を無視した常温での)定圧比熱と基準温度の積で見積もることにすると、H2(g)の場合、定圧比熱が3.5Rとすれば、8.672(kJ/mol)くらい引けばいい。O2(g)とH2O(g)に対して、同様に熱補正を考慮すると、0(K)に於ける反応エンタルピーは、上の値から3.1(kJ/mol)ほど引いたものになる。まぁ影響は小さい


もうひとつ、上の近似式は、反応ガス、生成ガスが共に理想気体と仮定されていて、定圧比熱が温度に依らず一定であることは重要。もうちょっとよく考えると、CJ理論のRankine-Hugoniotの式を使う定式化では、波面前後でのエネルギー保存則が、
h_1(T_1) + \dfrac{u_1^2}{2} = h_2(T_2) + \dfrac{u_2^2}{2}
と書かれる。添字の1と2は、反応ガスと生成ガスの物理量を表し、h_i,u_i,T_iは、比エンタルピーと流速、温度。q = h_1(0)-h_2(0)が、0Kに於ける(単位質量当たりの)反応熱(Chapmanの論文の記号に従うと、h/μに相当する量)。で、生成ガスが理想気体と仮定すれば
h_2(T_2) = h_2(0) + \dfrac{\gamma_2}{\gamma_2-1} \dfrac{N k_B T}{\mu}
となる。\gamma_2は生成ガスの比熱比。\mu,Nは、反応前後の質量と、反応後の分子数。

T_2は高温であるが、単原子分子気体の場合を除けば、分子内振動の影響で、比熱は全温度領域で一定でありえない。単原子分子気体は反応性が低く、デトネーションの文脈では多原子分気体が、いつでも重要だろう。多原子分気体では、上のエンタルピーの式を、そのままで使うのは、どう考えても良くない

考えられる処方として
C = \lim_{T_2 \to \infty} \left( h_2(T_2) - h_2(0) - \dfrac{\gamma_2}{\gamma_2-1} \dfrac{N k_B T}{\mu} \right)
を定義して、高温領域で
h_2(T_2) \approx (h_2(0) + C) + \dfrac{\gamma_2}{\gamma_2-1} \dfrac{N k_B T}{\mu}
と近似すれば、q = h_1(0)-h_2(0)-Cと取りなおすだけで、Chapman-Jouguet速度に関する解析的な式を使うことも許されるはず

少し手を抜いて、並進と回転成分については、全領域で高温近似が妥当だとみなし、振動成分からくる比熱のみ、量子統計力学と古典統計力学で、差があると近似する。基準振動モードが一つで、波数νの場合は
C = \dfrac{N k_B T}{\mu} \displaystyle \int_{0}^{\infty}(f(\dfrac{c h \nu}{k_B T}) - 1)dT
f(x)=\dfrac{x^2 e^{x}}{(e^{x}-1)^2}
で、積分を実行すると
 C = -\dfrac{N}{\mu} \dfrac{c h \nu}{2}
となる。基準振動モードが複数ある場合は足すだけ。H2O(g)の場合、1595(/cm),3756(/cm),3657(/cm)を使うと

Cμ = -6.02214076e23 * 2.99792458e8 * 6.62607015e-34 *(1595e2+3756e2+3657e2)*0.5 / 1000.0 = -53.88(kJ/mol)

となる。符号が負なので、CJ速度は、より大きく評価されるようになり、ますます測定値と合わなくなる(ダメ)けど、少なくとも、Chapmanの原論文の意図からすると、このような数値を使うのが正しい気がする。Cの値は熱力学データから決まらない(比熱の温度依存性からフィッティングを行えば、基準振動を知ることができるかもしれないけど、普通、そんなことはしない)せいか、普通、教科書を読んでも、こうは書いてない

まだ、生成ガスの比熱比の値が、考慮に入れてない効果によって、7/6より小さいかもしれないという希望は残ってるけれど


Lasing action and the relative populations of vibrationally excited carbon monoxide produced in pulse-discharged carbon disulfide-oxygen-helium mixtures
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/j100639a019
では、CS2-O2-He混合ガス火炎中に生成するCOの振動準位の分布が、点火後の経過時間で、どう変化するか計測している。論文Figure9によると、点火後、数十μsまでは、ボルツマン分布と異なり、特定の振動準位にピークがあり、200μs以上かけて、ボルツマン分布に近付くらしい。デトネーションでも、平衡に達するのに、同じような時間スケールが必要だとすると、例えば、速度3000(m/s)で、200μsの間に、60cm進む。これは、平均自由行程より遥かに長いから、化学反応が一瞬で終わって、短時間で平衡に達するという近似の方が問題かもしれない。


【補足】Chapman-Jouguet理論で必要な熱力学パラメータは、未知化合物でも、量子化学の力によって原理的には計算できる。0(K)に於ける生成エンタルピーは、電子エネルギー+分子内振動の零点エネルギーで計算すればいい。電子エネルギーは、量子化学計算で、ほぼ必ず計算する量で、電子系のハミルトニアンの最低固有値に相当する。分子内振動の零点エネルギーは、分子内振動を調和振動子で近似して最低エネルギーを見る。例えば、H2(g)の場合、基準振動波数ν=4160(/cm)とすれば、
0.5*6.02214086e23*2.99792458e8*6.62607004e-34*4160e2/1000 = 24.88(kJ/mol)
くらいの影響がある。実際上の問題としては、反応熱には、複数の分子の電子エネルギーの差が寄与することになるけど、通常、その大きさは電子エネルギーと比較すると非常に小さい。従って、電子エネルギー自体が1%程度の誤差で計算できても、反応熱の誤差は、割と大きくなり得る