物理に於ける不変性と対称性

ガンマ線バースト天体の観測によりアインシュタイン相対性理論の適用限界に挑戦
http://www-heaf.hepl.hiroshima-u.ac.jp/glast/091028press/Hirodai_press.pdf
というプレスリリースの「よくある質問と解答」という項目に

5)「ローレンツ不変」と「ローレンツ対称性」は同じ意味ですか?
解答:同じです

という一文がある


対称性の一つの定義として、時間発展と可換な変換=Hamiltonianを不変にする変換というのがある。この定義からすると、対称性は、古典力学なら、HamiltonianとPoisson可換な関数、量子力学なら、Hamiltonianと可換な演算子によって生成される。通常、古典力学量子力学ではHamiltonianは(ある意味で)任意に与えられるけど、一方、いわゆる相対論的場の量子論では、Hamiltonianというのは、Poincare代数の生成子の一つに過ぎない。例えば、構成的場の量子論の公理とかを見ると、Hilbert空間にPoincare群が作用していることみたいな条件が付いている。Stoneの定理によれば、強連続1パラメータユニタリ群を生成する自己共役作用素がただ一つ存在するので、自動的に、Poincare代数の表現を得る(上の言葉でいえば、大域的な対称性に対して、無限小対称性が一意に存在するということで、表現論的には、単に、群の表現を微分しただけ)。そして、Poincare代数の時間並進の無限小生成子がHamiltonianになるので、構成的場の量子論の公理には、明示的にHamiltonianの存在が要求されてない(本当は、Poincare群の表現としてしまうと、半整数スピン表現が出ないという問題があるので、常にPoincare代数の表現を扱うべきと思う)


#参考)場の量子論の数学的解析
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/110507


それで、対称性というのは、Hamiltonianと交換する演算子のことだったのだけど、Poincare代数の時間並進演算子=Hamiltonianは、Poincare代数の中心元ではない。具体的には、Lorentz boostと可換でない(要するに、エネルギーはLorentz不変でない)
Poincare group
http://en.wikipedia.org/wiki/Poincar%C3%A9_group#Technical_explanation
などを参照。そういうわけで、ここで出てくるPoincare代数は、上に書いたような意味での対称性ではないという問題が起きる


物理の教科書的な一般論としては、上のようなPoincare代数の作用は、Noetherの定理によって作られる(とされる)。Lagrangianが、Lorentz不変であるとすると、保存カレントとして、エネルギー・運動量テンソル角運動量密度テンソルが得られ、これを積分して得られるNoether電荷は、\phi(x)を何か、スカラー場としたとき
[P_{\mu} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i} \partial_{\mu} \phi(x)
[J_{i} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i} \epsilon_{ijk}(x_{j} \partial_{k} - x_{k} \partial_{j})\phi(x)
[K_{i} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i}(x_{0}\partial_{i} + x_{i} \partial_{0})\phi(x)
を満たす。この関係式は
Wightman Axioms
http://ncatlab.org/nlab/show/Wightman+axioms#wightman_axioms
のaxiom5の無限小バージョン。Poincare群でなく、Poincare代数を使う方が、物理の教科書の記述とも対応関係が明確になる。


まぁ、これは本来古典場に対する表式を与えるだけなので、量子場に対する証明と言っていいのか微妙なところはある。場の量子論のHilbert空間は、(形式的には)真空状態に生成・消滅演算子を、どんどん作用させて得られ(ゲージ対称性があると、BRST簡約などの操作が入るが)、このHilbert空間に作用する(物理的に意味のある)演算子は、粒子の生成・消滅演算子を使って書けるべきで、そういうものを得ようと思ったら、古典場に対する式を眺めながら、多少勘を働かせて生成・消滅演算子で書く必要があると思う。場の量子論の教科書で、自由場の第二量子化などの項を見ると、Hamiltonianや運動量演算子を、生成・消滅演算子を使って明示的に書いてあるのを見かけるけど、あれが、Poincare代数の生成子の一部となっている(はず)。ともあれ、Lagrangian formalismから見ると、Lorentz不変性とLorentz対称性は同じだといえる


#Wightmanの公理の場合、Stoneの定理から、Poincare代数の生成元が得られるけども、それが、生成・消滅演算子を使って書けるようなことは保証されない。これは以下の話と同じ
Noetherの定理の成立条件
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20120606#p2


で、この微妙な食い違いの原因は何で、operator formalismに於いて、正しい対称性を、どうやって得ればいいのか。Lorentz boostがHamiltonianと交換しないので、相対論化が原因のようにも見えるけど、同じ問題は、古典力学でも起きる。非相対論的な場合、ガリレイ群・ガリレイ代数を考えることになるけども、この場合でも、Galilean boostが存在し、時間並進演算子=Hamiltonianと可換でない。Galilean boostは、x->x-vtという変換に相当する。残りの生成子は、運動量と角運動量であり、基本的な保存量と認識されている。そういうわけで、見方によっては、古典力学の段階ですら、Hamiltonianを基本に据えることは若干の問題がある
Galilean transformation
http://en.wikipedia.org/wiki/Galilean_transformation#Central_extension_of_the_Galilean_group


ところで、E-p^2/2mは、ガリレイ代数のCasimir演算子で、これはSchrodinger方程式を与える演算子である(質量mは中心拡大として与えられる)。Casimir演算子は、ガリレイ代数の全ての演算子と可換なので、時間項も含めた自由Schrodinger方程式の対称性は、ガリレイ代数で記述されると言える(シュレディンガー方程式は、これが0として作用することを要求するが、それは対称性とは独立した条件)。相対論的な場合、対応するCasimir演算子はKlein-Gordon operatorである(ちなみに、ガリレイ代数でも、Poincare代数でも、独立なCasimir演算子が、もう一つ存在する)。次元を見ると、Schrodinger operatorもKlein-Gordon operatorも本質的にはエネルギーの(べき乗の)次元を持ち、これらの演算子をHamiltonianと呼んでいることもある。Hamiltonianをそのように定義すると、Hamiltonianと可換な変換として対称性を得られる。場の量子論でも、Klein-Gordon operatorはHilbert空間に作用するが、これをHamiltonianと呼ぶのは混乱の元という気がする。


それに、ガリレイ代数/Poincare代数のCasimir演算子の対称性は、ガリレイ代数/Poincare代数ですっていうのは、数学的にはトートロジーで、インチキだし、特定のCasimir演算子を選ぶ根拠もない。結局、対称性は導出されるものでなく、基本的な法則の一つであって、Hamiltonianは、その生成子の一つに過ぎないという展開にする方が、数学的な理解としてはスムーズだと思うし、Wightmanの公理は、そうなってるわけである(Lagrangianを不変にするという定義は、量子論では不十分であり得る)


#冒頭のプレスリリースの「よくある質問と解答」1)には、Lorentz不変性というのは、光速度不変の原理のことだと書いてある

#普通Lorentz群というのは、SO(3,1)ないしO(3,1)を指して、Poincare群は、それに並進を付けくわえたものであるので、Poincare群やPoincare代数が作用する場合は、Poincare invariance/Poincare symmetryとか呼んだ方がよさそうなもんであるけど、Lorentz対称性とかLorentz不変性の方が、通りが良い


具体的に、古典力学で、ガリレイ不変性からHamiltonianを得る、最も簡単な例は以下のように得られる
(x,y,z,p_x,p_y,p_z,t,E,m)の9つの生成元からなる可換環
\{p_x,x\}=\{p_y,y\}=\{p_z,z\}=\{t,E\}=1
otherwise=0
という関係式でPoisson括弧を定め(時間・エネルギーの関係式だけ順序が逆なのはミスではない)
J_x=yp_z - zp_y , J_y = zp_x - xp_z , J_z = xp_y - yp_x
C_x=p_xt - mx , C_y=p_yt - my , C_z=p_zt - mz
という量を定義すると(E,p_x,p_y,p_z,J_x,J_y,J_z,C_x,C_y,C_z,m)は、閉じたPoisson代数をなし、(中心拡大された)ガリレイ代数と同じ関係を満たす。数学的には、ガリレイ代数の対称代数からのPoisson準同型が作れるということで、これはPoisson代数にガリレイ群が作用していることから作られる"運動量写像"(今考えている相空間はsymplecticではないが)のことと解釈できる。今の場合、ハミルトニアンは、Eそのものであるけど、これは、単に最も簡単な例に過ぎないので、一般には、座標としてのエネルギーとHamiltonianは一致してる必要はない(場の量子論でも似たようなことはあって、生成消滅演算子は、エネルギー・運動量でindexされてるけど、自由場でない時、これらは、ただのラベルである)。


実際のニュートン力学は、上の相空間全体で定義されるわけではなく、2mE-p^2=0という部分空間上で定義される。この左辺は、上のガリレイ代数のCasimir関数で、ガリレイ不変な拘束条件なので、対称性を壊さない(ガリレイ不変な拘束条件は、他にもありうるので、Casimir関数に取ったのは"偶然")。まぁ、非相対論的な質量殻条件とも思える。普通、古典力学で相空間を考える時、時間やエネルギーは座標ではないのだけど、時間やエネルギーも座標に入れると、ガリレイ代数が自然に得られる


量子力学では、Hamiltonianと共役な時間演算子が存在しないので、時間・エネルギー不確定性関係を、厳密に示すことができないという有名な話がある。時間演算子がないと、自由粒子のGalilean boost演算子が作れなくなって困るけど、古典力学の話とパラレルに考えるなら、最初から、エネルギーと時間の正準交換関係を持ったCCR代数(量子論では、Poisson代数は、ある種の非可換環に置き換わる)を導入することになる(位置と運動量については、通常通り)。そして、ハミルトニアンの自然な表現として
H = i \hbar \frac{\partial}{\partial t}
を取ることができる。今考えているCCR代数は、通常のように、R^3上の関数に作用するでなく、R^4上の関数に作用する。更に、ニュートン力学と同様、ガリレイ不変な拘束条件
2mH -(p_x^2+p_y^2+p_z^2) = 0
を、後から入れることになる(これはCCR代数の中での関係式であって、当然、CCR代数の表現として与えられた微分作用素としては、一般に0でない。これが0として作用する表現のみが、物理的に意味があるということ)。この拘束条件は、自由粒子シュレディンガー方程式を与える。確率解釈という点から見ると、自然さがなくなるが、Klein-Gordon方程式も確率解釈に支障が出たので、まあいいんでないか(適当。特殊相対論や相対論的量子力学でも、ガリレイ不変性がLorentz不変性に置き換わるだけで、形式的には同じ。こうして見ると、古典力学から場の量子論まで、物理のやってることは、割とワンパターンである


疑問1:流体力学は、ガリレイ不変な古典場の理論であるが、上のような運動量写像を作れるのか
疑問2:一般相対論は、Lorentz不変な古典場の理論として、定式化できるのか



#冒頭に"通常、古典力学量子力学ではHamiltonianは(ある意味で)任意に与えられる"と書いたのだけど、ウソで、物理としては、古典力学量子力学でも、場の量子論と同様、何らかの代数の生成子になっていなければいけない

#数学や数理物理では、Hamiltonianは、別にガリレイ不変性やLorentz不変性からやってくるという保証は、特にない(個別の例をチェックしてみたわけではないが、bihamiltonian structureみたいな用語があるし)。物理的な設定は数学にとっては狭すぎるので、違う用語を使えばいい気もするけど、慣習的に、物理の用語を流用している



(追記)相互作用のある古典力学系の例:
相互作用が距離のみに依存する2体問題を考える。


相空間の座標を(q_1,q_2,q_3,q_4,q_5,q_6,p_1,p_2,p_3,p_4,p_5,p_6,t,E)として
\{p_i , q_j\}=\delta_{ij}
\{t,E\}=1
otherwise=0
でPoisson括弧を入れる(質量は座標でなく、定数として扱う方がよい気がしてきたので、そうする)


1つ目の質点の座標が(q_1,q_2,q_3,p_1,p_2,p_3)で、残りは2つ目の質点の座標。質量は、$m_1$,$m_2$とし、系の全エネルギーは
H = \frac{1}{2m_1}(p_1^2+p_2^2+p_3^2) + \frac{1}{2m_2}(p_{4}^2+p_{5}^{2}+p_6^{2}) +V(r)
r=\sqrt{(q_1-q_4)^2+(q_2-q_5)^2+(q_3-q_6)^2}
で書けるとする(Vは適当な関数)


ガリレイ代数の生成子は、運動量とGalilean boost演算子
P_x = p_1+p_4 , P_y = p_2+p_5 , P_z=p_3+p_6
C_x = (p_1+p_4)t-(m_1q_1+m_2q_4) , C_y=(p_2+p_5)t-(m_1q_2+m_2q_5) , C_z=(p_3+p_6)t-(m_1q_3+m_2q_6)
etc.で(角運動量は、普通の角運動量)
\{C_x ,P_x\}=\{C_y , P_y \}=\{C_z , P_z\}=m_1+m_2
が、ガリレイ代数のcentral chargeを与える


それで、EもHも単体では、ガリレイ代数と交換しないが、E-Hはガリレイ代数と交換する(ガリレイ不変であるだけなら、これは、0である必要はない)。これが、相互作用のある2体問題のガリレイ対称性の意味。当然、普通の古典力学では、E-H=0として、相空間を制限する。0なんだから、ガリレイ代数と交換して当然と思うのは間違いで、適当な拘束条件を入れても、対称性と両立しない。相互作用のある場合は、E-Hは、ガリレイ代数の外にあって、Casimir演算子とかではない。まぁ、これで別に何か新しいことが分かるというわけでないけど、tとEを座標に入れておかないと、Hamiltonian形式では、ガリレイ対称性を適切に捉えられないだろうという話