コヒーレント状態の有限群での類似物

1970年頃、PerelomovやGilmoreたちが、一般のLie群に対する、generalized coherent stateという概念を考えたのだけど、有限群の場合にも、コヒーレント状態の類似物を考えられるっぽい

参考)coherent state物語
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20130303#p2


v_1 = (1,0), v_2 = (-1/2 , √3/2) , v_3 = (-1/2 , -√3/2)と、w=(x,y)に対して
w= c_1 v_1 + c_2 v_2 + c_3 v_3
の解(c_1,c_2,c_3)を考える。この解は無数にあるけど、擬似逆行列によって、"自然な"解
(c_1 , c_2 , c_3) = (\frac{2x}{3} ,-\frac{1}{3}x + \frac{1}{\sqrt{3}}y , -\frac{1}{3}x - \frac{1}{\sqrt{3}}y)
がある。この解は
w = \frac{2}{3} \langle w,v_1 \rangle v_1 + \frac{2}{3} \langle w , v_2 \rangle v_2 + \frac{2}{3} \langle w , v_3 \rangle v_3
とも書ける。こっちの方が、計算量的にも計算精度的にも優れてるけど、普通は、こういう関係は成立しなくて、こういう風に書ける理由は
 v_1^T v_1 + v_2^T v_2 + v_3^T v_3 = \frac{3}{2} I
という式にある(擬似逆行列の言葉でみれば、転置行列が定数倍を除いて、擬似逆行列に一致するという条件と同じ)。これが、調和振動子のコヒーレント状態とかで、よくみかける式
 \frac{1}{\pi} \int | \alpha \rangle \langle \alpha| d\alpha = I
の類似物(resolution of the identityとか呼ばれる式)


Lie群のコヒーレント状態では、Lie群が、コヒーレント状態の集合に推移的に作用していて、過剰完全基底をなしていた。今の場合、v_1,v_2,v_3は、平面上の120度回転で互いに移りあう。Lie群の場合は、既約ユニタリ表現の最高ウェイトベクトルに群を作用させて、過剰完全基底を得ていたけども、有限群の表現では、最高ウェイトベクトルに相当するものがなく、特に、どのベクトルを選んでもいいらしい(連続ウェーブレット変換のマザーウェーブレットと似たような状況)


有限群の表現は、何でもいいというわけではなくて、既約表現である必要がある。上の3次巡回群の表現は、複素数体上では既約でないけども、実数体上では既約になっている。有限群Gの(適当な体上の)既約表現(ρ,V)で、表現空間には内積(複素表現の場合にはユニタリ内積)が入ってるとして、規格化されたベクトルvを取って、軌道G(v)={ρ(g)v | g ∈ G}を考える。この時、G(v)は、Vの生成系となっている。何故なら、G(v)が生成するベクトル空間Wは、Vの不変部分空間であるけども、(ρ,V)の既約性より、Wは{0}かV自身で、vは0でないので、W=Vとなる。既約でないためにダメな例として、2次巡回群が、xy平面上に鏡映(x,y)->(x,-y)によって作用しているとすると、vの選び方によっては、G(v)が生成する不変部分空間は、一次元になってしまう


G(v)自体は、複数回同じ点を通る場合もあるけど、少し試すと、有限群Gと有限次元既約表現(ρ,V)について、vを長さ1のベクトルとすると、任意のベクトルwに対して
 w = \frac{dim(V)}{|G|} \sum_{g \in G} \langle w , \rho(g)v \rangle \rho(g)v
が成り立つという予想が立つ。これは、"有限ウェーブレット変換"とか呼んでもいいような代物だと思う


もう一つ、殆ど同じことではあるけど、wに対して、係数\langle w , \rho(g)v \rangleを対応させる上の計算が、一般に擬似逆行列による計算と一致することを言いたい。これは
 \frac{dim(V)}{|G|}\sum_{g \in G} \langle e_i , \rho(g)v \rangle \langle \rho(g)v , e_j \rangle = \delta_{ij}
を示せば、両方一気に言える(e_iは正規直交基底)


証明のアウトラインは以下の通り
\sum_{g \in G} |\rho(g)v \rangle \langle \rho(g)v|
が、VからVへの恒等写像の定数倍であるということは、intertwinerであるということなので、逆にこいつがintertwinerであることを言えば、(ρ,V)の既約性とSchurの補題から定数倍の因子を除いて、恒等写像に一致することは分かる。けど、これだと定数倍の因子が出ない。今、vを正規直交基底の一つとすると、この作用素は、vを別の基底ベクトルに取り換えても同じになるので、
\sum_{g \in G} |\rho(g)v \rangle \langle \rho(g)v| = \sum_{g \in G} \frac{1}{dim(V)} \sum_{k} |\rho(g)e_k \rangle \langle \rho(g)e_k| = \frac{|G|}{dim(V)}I
となって、 定数倍の因子まで決定できる



Gabor変換や連続Wavelet変換は、最小2-normを与えるという性質で特徴づけられ、擬似逆行列は(解が無数にある不定系に対して)最小ノルム解を与えるという特徴づけがあって、両者は、次元が無限か有限かということを除けば、本質的に同じものであるように見えた。のだけど、両者は、そこらに落ちてる説明を読んでも、見掛け上同じ計算をしているようには見えないので、ちゃんと同じに見えるようにしようと思ったのが、こういうことを考えた動機。なので、別に何か応用があるというわけではない。


まぁ、分かってみると当たり前のことのようではあるけど、要するに対称性がある特殊な"基底"(通常一次独立でないので、生成系とか呼ぶ方が正しい気がするけど)を使う場合には、擬似逆行列(最小ノルム解)を求める時に計算量が大きく減らせる(上に、多分計算精度も高い)というのがGabor変換etc.の大きな意義だということが分かる。一方で、工学的な問題で、そんな対称性の高い生成系を用いるのは、本当に正しいことだろうかという気もする