非可換Groebner基底と表現論(1)概要メモ

Groebner基底は、多項式環イデアルの"よい"生成元のことで、Groebner基底を計算するBuchbergerアルゴリズムなどの存在によって、計算機代数で広く使われている。Groebner基底を非可換多項式環に拡張しようというのは、誰でも考えるようなことではあると思うけど、1986年に、Moraという人が、非可換多項式環の両側イデアルに対する非可換Groebner基底を計算するように、Buchbergerアルゴリズムを拡張したらしい(これは、停止するとは限らない半アルゴリズム)。


ところで、非可換代数では、両側イデアルと左イデアル/右イデアルの区別が生じる。Lie環の表現論の文脈では、普遍展開環の定義関係式は、非可換多項式環の両側イデアルを与え、普遍展開環の左イデアルによる商加群を考えると、Lie環の表現が得られる(抽象論としては、unitalな非可換結合代数$R$の単純加群は、ある極大左イデアル$I$によって、$R/I$の形で書ける)。そういうわけで、表現論の主役は、むしろ左イデアルであるから、両側イデアルの非可換Groebner基底が分かっても、特別嬉しいことはない。


などと思っていたところ

GROEBNER-SHIRSHOV BASES FOR REPRESENTATION THEORY
http://www.math.uconn.edu/~khlee/Papers/GS-pair.pdf

という論文を読んだ。もしかしたら、これ以前に同じことを考えた人はいるかもしれないけど、確認はしてない(求情報)。タイトルにあるGroebner-Shirshov basisというのは、非可換Groebner基底と同じものだ(と思う)けど、上記論文では、Groebner-Shirshov pairという両側イデアルの"よい"生成元と左イデアルの"よい"生成元の組を定義している。論文では、Lie環sl(3)の有限次元既約表現について、Groebner-Shirshov pairを与えている(全ての有限次元既約表現に対する一般形を知るため、証明を行っているけど、Buchbergerのアルゴリズムの拡張として、Groebner-Shirshov pairを計算する半アルゴリズムも与えている)


#その後の論文で、Lie環sl(n)の有限次元既約表現についても具体形を与えている
Grobner-Shirshov Bases for Irreducible sl_{n + 1}-Modules
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021869300983819

http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/summary?doi=10.1.1.514.1152



Groebner-Shirshov pairが分かると、何ができるのかというと、イデアルメンバーシップ問題を解いたり、イデアルが等しいかどうかの判定を行ったりできるはずだけど、それは表現論的には嬉しい場面がなさそうな気がする。応用の一つとして、標準単項式の計算がある。これは、Groebner基底の時にもあったものであるけど、標準単項式は表現の基底を与える(Groebner"基底"とかGroebner-Shirshov"基底"は、生成元であるけど、こっちは表現空間の基底を指す)。ある代数の表現論で、具体的な計算を実行しようと思うと、表現の"よい"基底を取るということは、重要な問題となる。この種の問題に対する答えとして、Gelfand-Tsetlin基底や結晶基底があるけども、その存在や構成は、代数や表現の性質に強く依存している。標準単項式は、より一般的な代数に対して定義可能なものとなる


#Groebner-Shirshov pairの前に、左イデアルの生成元が分かっている必要はあるわけだけど、例えば、複素半単純Lie環の有限次元既約表現の場合、これは既約最高ウェイト表現であり、特異ベクトルがどこに出るかも全部分かるので、左イデアルの生成元は分かる。既約表現の構成の仕方によっては、左イデアルの生成元を調べること自体が難しい場合もあるとは思うし、最高ウェイト表現でない場合、一般にどれくらいのことが知られているのかよく分からない(Casimir作用素=普遍展開環の中心の元は、既約表現に定数倍で作用するので、それによって、左イデアルの生成元がいくつか得られる場合もある。それ以外に、どれくらいの付加的な条件があるのかは、分からない)



とりあえず、証明とかは抜きで、ざっと流れを把握する。可換Groebner基底の時と殆ど同じではあるけど、detailは、非可換性のために多少複雑になっている


まず単項式順序。非可換の時は、length-lexicographic order(長いのでdeglex順序と呼ぶことにする)というもの以外使われてるのを見ない(これしか適切な単項式順序がないのかどうかは知らない。要検討)。ちゃんとした定義は上論文参照。2変数x,yでx