全くの偶然で発見したのだけど、最近読んで、地味に面白かった論文
Lefschetz elements of Artinian Gorenstein algebras and Hessians of homogeneous polynomials
http://arxiv.org/abs/0903.3581
コンパクトケーラー多様体コホモロジーに対して成り立つHard Lefschetz Theoremを環論的に抽象化して、次数付可換Artin代数に対して、強Lefschetz性という性質が定義できる(初耳だけど、Stanleyが1980年頃考えたらしい)。以下、この論文に興味を持った理由


ユニタリなN=2超対称共形場理論に対して、chiral primary fieldsというもののOPEを考えると、自然に(有限次元で次数付の)可換代数の構造が入って、Lerche-Vafa-Warnerは、これをchiral ringと呼んだ(Nucl. Phys. B324 (1989), 427-474)。これは、今ではB模型のchiral ringとか呼ばれて、anti-chiral primary fieldsに対して同様のことを考えて、A模型のchiral ring(anti-chiral ringと呼ばれることもある)が得られる。で、それは、N=2超共形場理論のtopological twistという操作によって得られる位相的場の理論/TQFTのBRSTコホモロジーと同型になる(Mod.Phys.Lett. A5 (1990), 1693-1701)。N=2超共形場理論のtopological twistには、A-twistとB-twistの2種類があって、それぞれの場合のBRSTコホモロジーが、anti-chiral ringとchiral ringになる。Lerche-Vafa-Warnerの論文では、chiral ringの意味は必ずしも明確ではないと思うけど、これで物理的な意味が多少分かったのだと思う。以下では、単にchiral ringと言えば、B模型のchiral ringとanti-chiral ringの総称として使う("chiral"という名前には大した意味はないと思う)


[参考]上の議論を、頂点作用素代数の言葉ではあるけど、数学として書いてあるもの(2節だけ見ればいいと思う)
Superconformal vertex algebras in differential geometry. I
http://arxiv.org/abs/math/0006201
ここに出てくるtopological vertex algebraは、topological N=2 (superconformal) algebraなどと呼ばれる代数構造と同じもの。この関係式を最初に、ちゃんと書いたのは、Dijkgraaf-Verlinde-Verlindeの"Topological strings in d < 1"という論文らしい(Nucl. Phys. B352 (1991), 59-86)。定義は、式(2.5)と(2.6)の間に出てくる。この式に出てくるdは"空間の(複素)次元"に相当するもので、中心電荷cとは、d=c/3の関係にある(d=c/3の理由は、Lerche-Vafa-Warnerの論文)。非線形シグマ模型(の量子化)で実現されるN=2超共形場理論の場合には、dとtarget spaceの次元が等しくなる(と信じられている)けど、一般には(論文のタイトルが示すように)dは別に整数ではない


#chiral ringは、TQFTと関係なく定義されたので必要ないけど、TQFT関連の物理用語
(1)topological qunatum field theory/TQFT: 分配関数や相関関数が計量に依存しない理論らしい。と言われても、何のイメージも沸かないけど、現在素粒子系の人の興味の中心は、(2)のcohomological field theoryのよう。Chern-Simons理論=Jones-Witten理論やDijkgraaf-Witten理論などは、cohomological field theoryではない(この2つは、数学では、Reshetikhin-Turaev TQFTとして扱える。但し、物理とやり方が全然違って、経路積分とかは出てこないので、両者の等価性は全然自明でない)
(2)cohomological field theory/CohFT: ストレステンソルT(z)が、何かべき零作用素(BRST作用素と呼ぶ)Qによって、T(z)={Q,G(z)}という形で書けるタイプの理論で、TQFTを与える(はず)。BRST作用素Qのべき零性から、BRSTコホロモジーが定義できることが名前の由来。CohFTの例は、以下の(3)(4)(5)を参照。Kontsevich?Maninによるcohomological field theoryというのもあるけど、一般には物理で出てくるCohFTとの等価性は不明
(3)topological twist: 超対称な場の理論からCohFTを作る処方箋。単純ではあるけど、意味はよく分からない
(4)topological Yang-Mills理論: N=2超対称Yang-Mills理論のtopological twistで得られるCohFT。相関関数はDonaldson多項式らしい
(5)topological conformal field theory/TCFT: N=2超共形場理論からtopological twistで作ったCohFT(共形場理論では、ストレステンソルT(z)の展開係数は、Virasoro代数の生成元を与えることに注意)


Lerche-Vafa-Warnerの論文では、ケーラー多様体をtarget spaceとする非線形シグマ模型(の量子化として実現できるN=2超共形場理論)では、chiral ringと、そのケーラー多様体コホモロジー環は同型になるんじゃね?という議論をしている。非線形シグマ模型として実現される超共形場理論は一部だろうけど、Lerche-Vafa-Warnerは、任意のユニタリなN=2超共形場理論のchiral ringの"Hodge分解(の類似物と思われるもの)"を示していて([参考]の文献のLemma2.3参照)、推測の根拠としている。そうすると、非線形シグマ模型として実現されない場合も、chiral ringがコンパクトケーラー多様体コホモロジーの他の性質を持つ可能性を考えたくなる。コンパクトケーラー多様体コホモロジーの特徴づけなんてものはないだろうけど、コンパクトケーラー多様体の性質を元にして作られたWeilコホモロジー理論を参考にすると、Poincare双対性やLefschetz性が含まれている


#共形場理論は具体的に分からないけれど、chiral ringになると信じられている環は、沢山ある。非線形シグマ模型として実現されるN=2超共形場理論のA型chiral ring(と同型だと思われるコホモロジー)の摂動変形を、現在は、特に量子コホモロジー環と呼ぶこともある。物理的(?)には、実6次元/複素3次元が重要らしいけど、Weyl群の余不変式環=旗多様体上のコホモロジー環(次数付環としての同型で、Borelによる結果)みたいな例もある。Weyl群の余不変式環は多項式環の剰余環として具体的な実現が容易だけど、コホモロジーの持つPoincare双対性などの性質は、定義からは自明でなく、コホモロジーとの対応を具体的に記述する問題は、Schubert多項式の理論として知られる


Poincare双対性に対応する環論的抽象化として、Poincare duality algebraというのがある。冒頭の論文には、体k上の次数付可換Artin k-代数について、Poincare duality algebraであることとGorensteinであることは同値という定理が書いてある。また、可換Artin環について、Gorensteinであること、quasi-Frobeniusであること、Frobeniusであることは互いに同値という事実が知られている。最近は、可換Frobenius代数は、2次元TQFTと対応するという事実から有名になって、これがPoincare双対性の抽象化と見なされることもある。


chiral ringが、一般にFrobenius代数かどうか、はっきり書かれてるのを見たことがないけど、これは正しい(多分)。証明には、Gorenstein性を示せばよく、次数付可換Artin代数に於いては、Hilbert級数の"自己双対性"とGorenstein性は同値。Hilbert級数の自己双対性は、Lerche-Vafa-Warnerの論文の式(2.22)から言える(で、合ってる?)。まあ、具体的には、次数sと次数tの元の積は次数s+tで、最高次数部分は、1次元なので、これを利用してperfect pairingが作れる。これで、chiral ringは、Poincare双対性とHodge分解を持つことが分かる。こうして、chiral ringのLefschetz性が疑問として残り、冒頭の論文のテーマ(次数付可換Artinian Gorenstein代数が強Lefschetz性を持つか)に辿り着く。


有限次元の可換代数なんて簡単な対象であるけど、見掛けよりもrichな構造があるんだなぁと思う今日この頃


#fusion ring/Verlinde代数はFrobenius代数になることが(直接的に双線形形式を定義することによって)知られている。Lerche-Vafa-Warnerの論文431ページの注釈には、chiral ringとfusion ringを混同しないようにと書いてあって、実際、chiral ringは、ユニタリなN=2超共形場理論で定義されるのに対して、fusion ringは有理共形場理論で定義されるので、2つの環が定義される共形場理論は各々異なる。けど、実は、N=2超共形場理論では、ユニタリ性と有理性が同値という議論がある(arXiv:hep-th/9601163とarXiv:math/9909055を参照)。そうすると、ユニタリなN=2超共形場理論では、chiral ringとfusion ringが定義できることになる。この2つの環の関係性は不明だけど、N=2極小模型ではB型chiral ringとfusion ringは一致する(chiral ringの生成元は、chiral/anti-chiral primary fieldsで、fusion ringの生成元はprimary fieldsに対応するので、大抵は同型にはならないだろうけど)