三角形の合同条件と不変式論

[あらすじ]
中学生の頃、三角形の合同条件は3つの量で指定され、相似条件は2つの量で指定されることを不思議に思った。例えば、三辺相等なら3つの長さ、二辺夾角相等なら2つの長さ&1つの角度という具合。で、相似条件で、一つ減るのは、大きさの分だろうというようなことは思ったのだけど、そもそも何故合同条件は3つの量で指定されるのかというのは、説明が思いつかなかった。どーでもいいけど、二辺夾角相等とかいう名前を未だに覚えてるもんだ


それから何年かして、三角形の合同類の空間あるいは、"三角形の形/相似類の空間"というのは、モジュライ空間のプロトタイプだというような話を、どっかで読んだ。平面上の適切な3点を指定すれば、三角形が一つ決まる。この中には、合同なものも沢山含まれる。そこで、合同なものの中から標準的な配置を一つ選ぶ。具体的に、三角形の一点を原点に固定し、もう一点は、x>0のy軸上にあるとする。すると、最後の一点は、y>0の平面上の任意の点に置く事で、三角形を一意に指定できる(鏡映によって、y<0に置いたものは、y>0に置いたものと合同になる)。自由度/次元を数えると、2点目のy座標の分と、3点目の座標を指定するのに2次元分で、合計3次元になる。


標準配置の決め方は恣意的であるので、別の見方をすると、平面上の3点を指定するには、2*3=6次元分の自由度がある。この中には、一点に潰れているような退化した配置も含まれているので、それは除去しておく必要があるけど、それは十分少なく、非退化な配置の次元は6のままで、合同変換群は、並進2つと回転1つで3次元なので、結局、合同変換による商空間の次元は、6-3=3次元になる。


上の説明は、合同条件が3つの量で指定されるカラクリを明らかにしていて、概ね満足いくものだったけど、合同類の空間の構造はさほど自然でなく、不満があった。しかしまぁ、そもそも、三角形の合同類/相似類などというのは、数学的に"よい対象"でないのだから、仕方ないのだと、その時は思った。そして、また長い年月が経って、今にして思うと、やはり上の説明は不十分だという気がした



[本題]
上で書いた平面上の3点の配置の空間を合同変換群の作用で割った商空間を計算するという問題を不変式論的に定式化すると、以下のようになる


問:以下の条件を満たすf \in \mathbf{R}[x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3]を全部決定すること(但し、a,b,tは任意の実数)
f(x_1+a,y_1,x_2+a,y_2,x_3+a,y_3)=f(x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3)
f(x_1,y_1+b,x_2,y_2+b,x_3,y_3+b)=f(x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3)
f(cos(t)x_1+sin(t)y_1 , -sin(t)x_1+cos(t)y_1 , cos(t)x_2+sin(t)y_2 , -sin(t)x_2+cos(t)y_2 ,cos(t)x_3+sin(t)y_3 , -sin(t)x_3+cos(t)y_3)=
f(x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3)


x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3は、平面上の3点のx座標、y座標で、これら3点の座標の多項式で書けて、合同変換群の作用で不変なものを決定するという問題。上の2つの条件が並進不変性、最後のが回転不変性。この条件を満たす多項式全体は環になる
・退化している配置は除かない。退化している配置を合同変換で移しても、退化したままなので、それについては必要なら後から除去すればいい。今回の場合、退化していることと、三角形の面積が0であることは同値で、そして三角形の面積は、合同変換による不変量の一つとなる
・上には、鏡映変換による不変性条件が含まれていない。これについては、必要なら、上の不変式環を更に鏡映変換で割ればよいだけなので、本質的でない。鏡映変換は連続的でないので、扱いを別にしたほうがやりやすい
・原理的には、多項式不変量ではなく、連続な不変量とかを考えてもよいけど、最初から有限生成でない環を取るのは、計算上特に有益でないし、有限生成な環の中では多項式環を取るのが単純。一般には、多項式不変量が全ての軌道を区別するのに十分でないということは起こりうるけど、今回は計算して確認すると問題ないことが分かる


で、上の問題を、どう解くか。この程度の問題なら、何かよいアルゴリズムを誰かが考えてそうだけど、知らないので、多少ad hocにやる。色々やり方はあると思うけど、群作用は扱いづらいので、微分して無限小変換を見ると、連立偏微分方程式系の多項式解を計算する問題になる。この多項式解空間は、環になるので、生成元が決まれば、それらが群作用で不変かチェックすればいい。具体的に
\frac{d}{da}f(x_1+a,y_1,x_2+a,y_2,x_3+a,y_3) |_{a=0}=(\frac{\partial}{\partial x_1}+\frac{\partial}{\partial x_2}+\frac{\partial}{\partial x_3})f=0
などより、以下の3本の連立偏微分方程式系が出る
(\frac{\partial}{\partial x_1}+\frac{\partial}{\partial x_2}+\frac{\partial}{\partial x_3})f=0
(\frac{\partial}{\partial y_1}+\frac{\partial}{\partial y_2}+\frac{\partial}{\partial y_3})f=0
(\sum_{i=1}^{3} {y_i \frac{\partial}{\partial x_i} - x_i \frac{\partial}{\partial y_i})f=0


これを直接解いてもよいけど、もう少し楽をする。まず、並進不変性から、fが以下の形で書けることはすぐ分かる
f(x_1,y_1,x_2,y_2,x_3,y_3)=g(x_1-x_2,y_1-y_2,x_1-x_3,y_1-y_3)
これは単に、一点を平行移動で原点に持ってきたのと同じで、平行移動の自由度を、こうして消去できることは直感的にも明らか。そして、fの回転不変性は、gの回転不変性に引き継がれる。無限小変換の形で書けば、gは以下の一本の偏微分方程式を満たす
(Y_1 \frac{\partial}{\partial X_1} - X_1 \frac{\partial}{\partial Y_1} + Y_2 \frac{\partial}{\partial X_2} - X_2 \frac{\partial}{\partial Y_2})g(X_1,Y_1,X_2,Y_2)=0


ここまで来ると、微分方程式を解くより、回転群SO(2)の表現論を使ったほうが楽かもしれない。が、説明は書くのが面倒なので略(SO(2)の多項式gへの作用は、標準的な2次元表現の2つの直和の対称テンソル積表現と同値で、各次数に於ける自明表現を取ってくれば不変式環。あとSO(2)は可換群なので既約表現は全部一次元etc..)。結論として、不変式環は、以下の4つの生成元と1つの関係式で定義される
A=X_1Y_2-X_2Y_1
B=X_1X_2+Y_1Y_2
C=X_1^2+Y_1^2
D=X_2^2+Y_2^2
A^2+B^2-CD=0
これを、元の6次元空間に戻すには、
X_1=x_1-x_2 , Y_1=y_1-y_2 , X_2=x_1-x_3 , Y_2=y_1-y_3
を代入すればいい。個々の不変量の幾何学的意味は、高校数学の知識で分かる。全ての不変量が等しい時、特にB,C,Dが等しく、これは二辺夾角相等条件を意味するので、三角形は合同。


逆に、二辺夾角相等なら、B,C,Dが等しく、Aは符号の任意性を除いて定まる。Aの符号の任意性は鏡映変換を考慮しなかったことに由来する。また同様に三辺相等であれば、
(x_2-x_3)^2+(y_2-y_3)^2=C+D-2B
より、B,C,Dが一意に決まり、Aは符号の任意性のみが残る。鏡映変換によって、(A,B,C,D)は(-A,B,C,D)に変換されるので、S=A^2は鏡映変換の不変量となる。S=CD-B^2なので、更に鏡映変換で割った場合は、B,C,Dを生成元としていいけど、実数体上で考えているので、S,C,Dは非負という不等式条件がついて、これ以上議論を進めようとすると、環論だけでは、話は済まない。何にせよ、冒頭の直感的な議論よりは、幾分か、三角形の合同類の空間を精密に記述しているとはいえると思う。


実際に計算してみると、出てくる不変量は、完全に高校数学の知識の範疇なのだけど、不変量が、それで"本質的に尽きている"という話は、わたしは教わらなかった。あと、当時はベクトルとかで習ったけど、全くどーでもよかったなぁという


[余談]
歴史的なことには詳しくないのだけど、こーいう話は、19世紀には広く知られていたのじゃないかと思う。当時は不変式論は主要な分野の一つで盛んに研究された(そして、Hilbertの基底定理が出て以後、下火になり、20世紀には、不変式論は解体されて、線形代数や環論や代数幾何や表現論に吸収されていった)らしいので、こういうことが常識だったとしても不思議でない。けど、わたしが今まで読んだ範囲では見たことがない。不変式論というと、二次形式の不変式論や、Kleinの正多面体群による不変式論が典型的な例として挙げられている気がする。


同じ発想で、平面代数曲線の合同類の分類もできる(今度は、代数曲線の係数の空間に合同変換群が作用する)。二次平面曲線の分類は、高校生の頃、場合分けによる見通しの悪い証明によって、楕円・双曲線・放物線の標準形に帰着させたような気がするけど、合同類の標準形を決めるという戦略は筋がいいと言えず、合同変換の不変量を求める方が見通しよくいける。楕円・双曲線・放物線の3種類というのは、二次平面曲線の合同類の空間から退化した曲線に相当する部分を除いておくと、連結成分の個数が3つになるという事実に対応している。三角形の場合と同様、退化した曲線は合同変換による変換で退化したままなので、退化条件は、合同変換の不変量で書ける。


更に同様のシナリオは、3次以上の代数曲線にも適用できるはず(だけど、試みたことはない)。3次代数曲線の分類は、ニュートンがやって微妙に間違ってたとかいう問題。3次曲線の合同類全体(退化した場合も含む)の空間から退化した曲線の合同類の集合を除いた空間の連結成分を数えたくなるかもしれないけど、これは結構大変な問題だと思うので、有効なアルゴリズムがあるかどうかは知らない。Cylindrical Algebraic Decomposition/CADとかで出来るかもしれないけど


不変式論の応用としては(数学方面では、Mumfordが幾何学的不変式論とか言い出して、モジュライ空間を構成する常套手段となっているらしい)、以下の論文にあるようなエンタングルメントのタイプの分類とかに、有効であるはず。論文自体は、なんかad hocに解いてるようだけども、4粒子以上の場合をやった人がいるのかどうかは知らない。まぁ、これで多項式不変量を計算しても、それが本当に実用的かどうかは微妙かもしれないけど、不変式の計算に帰着させるという発想があると、役に立つ場面は結構あるのではないかと思う
On multi-particle entanglement
http://arxiv.org/abs/quant-ph/9711016

Local symmetry properties of pure 3-qubit states
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0001091


(追記)少し調べてみると、2000年以降、エンタングルメントの不変量を計算するという話題について、大量の論文が出ている。不変式の計算をやるというのは、常套手段となっている模様。考える群も、単純に、ユニタリー群の直積だけでなく、特殊線形群の直積を考えたりしている。前者は、LUT-群、後者は、SLOCC-群などと呼ぶらしい。LUTは、Local Unitary Transformationの略で、まあ普通の量子力学的な状況。SLOCCは、Stochastic Local Operation and Classical Communicationの略らしけど、何で、Stochastic+Classical Communicationが、SL(n)になるのかは知らない

A complete set of covariants of the four qubit system
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0304026

Algebraic invariants of five qubits
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0506058

Unitary invariants of qubit systems
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0604202