弓矢の貫通力

12〜16世紀くらいのヨーロッパでは、プレートアーマーが流行って、騎士たちは、全身金属板の鎧を付けて戦ったと言われる。プレートアーマーの重量は、表面積と厚みと鉄の密度の積となる。人間の表面積は、2(m^2)前後で、鉄の密度が7800(kg/m^3)くらいだから、厚さ2mmとしても、重量は31.2kgという計算。実際のプレートアーマーも、これくらいの重さはあったようで、また、これ以上厚くするのは困難だったようである(Wikipediaによれば「鎧は種類にも拠るが、重量は数十キログラムにも及び、鎧だけでも20~30kg、兜や武器を含めると35kgを超えた」らしい)

一方、武器は色々あるけど、クロスボウやロングボウは、プレートアーマーを貫通することもできたらしい。百年戦争(1337〜1453)では、ロングボウを主体とするイングランドと、クロスボウを主体とするフランスの戦いで、連射性能に劣るクロスボウが負けたみたいな話があって、当時のヨーロッパではポピュラーな飛び道具だったらしい(特定の兵器の性能が勝敗を分けたみたいな逸話は、あまり信用できないとは思うけど、ロングボウは、一分間に12発撃てないと、一人前とは見なされなかったらしい。一方のクロスボウは、一分間に2〜3発しか撃てなかったと言われる)。携帯可能な火薬兵器であるマスケット銃が登場したのは、フス戦争(1419~1439)あたりからのよう。

ロングボウの射手は、180m先の標的に当てることが出来、90mなら、鋼鉄を貫いたとも言われる。現代の日本でも、堅物射貫という鉄板を射貫く競技があるそう(距離は、2〜30mで、厚さは1〜2mmとかっぽい?)だから、そういうこともあったのだろう。とはいえ、マスケット銃の銃弾と弓矢の矢弾では、弾丸速度や運動エネルギーに、かなりの差があるのも事実なので、矢弾の貫通力について、もう少し調べてみる



とりあえず、飛び道具は、飛んでいる間に、空気抵抗で減速するので、どれくらい減速するか知らないといけない。抗力は、空気密度と速度の二乗と断面積に比例するとしていい。銃弾の場合は、音速を超えるので、造波抵抗が効いてきて面倒くさいから、音速よりは、大分遅い矢が主な対象。で、時刻tにおける速度v=v(t)は、
 m v'(t) = -\dfrac{C_{D} \cdot \rho S}{2} v^2
の形の微分方程式を満たす。C_Dは抵抗係数で、ρは空気の密度、Sは投射物の断面積。抵抗係数は、Reynolds数に依存するけど、今は定数としておく。抵抗係数の計算は、流体力学が必要だけど、多分、簡単な形状でも手計算は難しい。

この微分方程式の厳密解は簡単にわかる。古典力学の演習問題とかでありそうなのに見たことないから、お前積分できたのかという感じだ。右辺のv^2にかかっている定数係数を、符号を除いて、k>0とすると
 v(t) = \dfrac{1}{kt/m + 1/v_0}
となる。もう一回積分すると、時刻tに於ける位置座標もわかる。一応、単位を確認しておくと、kについては[kg/m]となっているので、問題ない

断面積を見積もるために、矢の半径を知りたい。

Medieval Arrowheads from Oxfordshire
http://oxoniensia.org/volumes/2008/wadge.pdf

を見ると、シャフト部分(矢の胴体部分)の直径1cmくらいは、ありそうに見える

Applications of Physics to Archery
https://arxiv.org/abs/1511.02250
のTABLE1に、以下のショップで購入したらしい矢のデータが載っている。

Easton
https://eastonarchery.com/targets/

シャフト半径3.63mmで重量20.62gとある。現代の軽い素材っぽいので、重量は、さほど参考にならない。シャフト半径は、5mmくらいのものもあるっぽいので、直径1cmは、特に異常な数値というわけではなさそう。また、論文には、抵抗係数1.94±0.14とある。球の抵抗係数は、Reynolds数が大きい時、0.44くらいなのを考えると、かなり、大きいけど、他の論文を見ても、矢の抵抗係数は、2.0前後が多いので、2.0とする。

矢の重量や初速は、検索して見る限り、50~100gで、50m/s程度という数値が多いようなので、このあたりを採用する

空気の密度は、1.2(kg/m^3)を使うと、k=1.885e-5(kg/m)となる。矢の質量m=50(g)とすれば、k/m=0.000377(/m)。矢は落下するので、水平方向と鉛直方向は分けるべきだが、とりあえず水平に打ち出し、初速は、50m/sとした場合を考える。重力は無視すると、一秒後の速度は、49m/sくらいで、2秒後でも48m/sくらい。殆ど減速してない。大体、一秒後に50m飛び、二秒後に100m飛ぶ。m=20(g)とすると、2秒後の速度は、45.7m/sまで減る。ある程度の重量があれば、抵抗による減速は、あまり問題にならないっぽい。



次に、貫通する深さを単純に見積もる。基本的には、貫通する深さは、運動エネルギーによって決まる。微視的には、貫通する時、貫通される物質の分子結合を切断していってるので、運動エネルギーが、結合を切断するエネルギーに変換される。そういうミクロな詳細を考えなくても、ニュートン力学に基づく単純化したモデルで、貫通する深さが、運動エネルギーに比例することを示せる。

具体的には、「質量Mの物体に、質量mの物体を速度vで水平に打ち込んで、一定の抗力Fを受けながら、深さxまで侵入して停止した時の深さxを計算する(侵入される物体は十分厚いとして、反対側に貫通する可能性は考慮しない)」という問題を考えればいい。これは、単純化したモデルなので、現実の現象では、適切でない可能性があるけど、それほど悪い問題設定にも思えない。これを解くのは、高校物理の演習問題でしかない。

質量mの物体を、弾丸と呼称することにすると、弾丸が内部で停止した後、質量(M+m)の物体が、一定速度Vで動くことになる(侵入された方の物体が、床などから受ける摩擦などは考慮しない)。すると、単に、運動量保存則から
m v = (M + m)V
が成立する。弾丸が行う仕事は、侵入直前の弾丸の運動エネルギーと停止後の全体の運動エネルギーの差に等しい。つまり
 F x = \dfrac{1}{2} m v^2 - \dfrac{1}{2}(M+m) V^2
となる。結局
 x = \dfrac{M}{(M+m)F} \cdot \dfrac{1}{2} m v^2
を得る。Mが、mよりも十分大きいならば、実質的に
 F x \approx  \dfrac{1}{2} m v^2
として差し支えない。どちらにせよ、貫通する深さは、弾丸の運動エネルギーに比例する。

実際には、弾頭の変形や、熱などで散逸する分もあるし、抗力一定の仮定が成立しているかも全く明らかではないけど、矢と銃の(着弾時の)運動エネルギーを見ておくと、矢の場合は、重量100g、着弾速度50m/sとした場合、125(J)となる。銃は、ピンキリだけど、以下の拳銃を対象にすると、初速は345m/sで、9mm弾は直径9mm、重さが7.5〜9gの物があるようで、発射直後の運動エネルギーは、8gと350m/sを採用して、490(J)となる。
9mm拳銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/9mm%E6%8B%B3%E9%8A%83

運動エネルギーのみの比較では、矢弾は、9mm拳銃弾の1/4以下しかない。直径も、矢のシャフト断面積と9mm弾断面積で大きな差はなさそう。

銃弾に使用される火薬の種類や量の記載は、見当たらなかったけど、現在、使用されてる火薬や爆薬の爆発エネルギーは、概ね、TNTの半分〜2倍程度の範囲に収まっており、拳銃の火薬重量は1g前後が多いようである。1TNT換算グラムは、4184(J)と定義されているので、ざっくり、10%程度のエネルギーが銃弾の運動エネルギーに変換されているということだろうか



少し、実測データを確認してみる。

[1] Material Culture and Military History: Test-Firing Early Modern Small Arms
https://journals.lib.unb.ca/index.php/MCR/article/view/17669/22312

に、16〜19世紀のマスケット銃(及び、比較として、20世紀の銃器)の性能が掲載されている。この中のGlock 80 pistolは、弾丸直径9.3mm、弾丸重量8.0g、初速360m/sで、30m地点に於ける速度は342m/sとなっている(運動エネルギーにして、468J)。この性能で、30m地点においたsteelを2mm貫通するらしい(Table2)。このsteelは、"2.8-3.0-mm thick cold-worked mild steel (hardness 290 HB)"と書かれている。

硬さ換算表(SAE J 417) 1983年改訂
https://www.nbk1560.com/~/media/PDF/ja-JP/products/pdf/30_Conversion_Table_of_Hardness.ashx?la=ja-JP
によると、ブリネル硬さ290は、引張強度(近似値)にすると、965(MPa)とされている

中世ヨーロッパの鎧は、この実験で使用したsteelほどは硬くなかったかもしれない。鎧の硬さは、上論文[1]で引用されていた以下の論文などで確認することができる。

The metallography and relative effectiveness of arrowheads and armor during the middle ages
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/104458039290109U

この論文のTable2のThe Hardness of armorでは、1500年前後のBreast plateのビッカース硬度が、120〜220と書いてある。上の硬さ換算表の下限を超えているけど、ビッカース硬度120は、引張強度400MPa程度に相当すると思われる。ビッカース硬度220は、730MPa程度になっている。Table1には、鎧の厚さのデータもあるが、2〜3mmというのは、概ね正しいらしい。

一応、中世鎧の材質は、論文[1]で使われた鋼鉄プレートの50〜75%くらいの強度しかなかったと言って良さそう(?)。既に見たように、矢弾の運動エネルギーは、Glock 80 pistolの銃弾の1/4程度以下なので、例え、鎧の強度が半分だったとしても、矢弾と銃弾で抗力に差がなければ、矢は、厚さ1mmの鎧を貫通するのが、精々だっただろう。実際には、矢弾と銃弾は形状が違うので抗力が同じではないだろう(直感的に、矢の方が尖ってるので刺さりやすい)し、抗力が速度に依存する場合は、矢弾は銃弾より随分遅いので、抗力も小さいだろう。


矢弾のことは少し置いておいて、多くの試験データがある銃弾について、抗力一定の仮定の妥当性を検討する。論文[1]には、他にも多くの試験データがあり、このデータから、プレート着弾時の運動エネルギー/破断した体積を、算出した結果、以下のようになった。

"破断エネルギー"は、体積当たりの破断に要したエネルギーで、平均的な抗力を表していると考えられる(単位面積当たりの力と、単位体積あたりのエネルギーは、同じ次元を持つことに注意。3000MJ/m^3は、3000N/mm^2に相当する。また、破断エネルギーは、勝手に作った造語で、一般に通用している名称ではない)。マスケット銃の弾丸は、総じて、重く、でかい傾向にあるので、破断エネルギーを見たほうがいい

銃器 試験 運動エネルギー "破断エネルギー" 着弾速度(m/s)
"Doppelhaken" G 284 PS100 1779.6J 3138(MJ/m^3) 305
"Doppelhaken" G 358 PS100 2992.7J 2335(MJ/m^3) 349
Matchlock LG 1514 PS30 1241.7J 3467(MJ/m^3) 378
Matchlock LG 1514 PS100 605.7J 3382(MJ/m^3) 264
Wheellock RG 33 PS30 2333.2J 3347(MJ/m^3) 394
Wheellock RG 33 PS100 1238.0J 2664(MJ/m^3) 287
Wheellock RG 117 PS30 660.2J 2779(MJ/m^3) 349
Wheellock RG 117 PS100 307.0J 2539(MJ/m^3) 238
Wheellock RG 272 PS30 1874.9J 3898(MJ/m^3) 342
Wheellock pistol RP 2895 PS30 602.4J 2754(MJ/m^3) 355
Flintlock STG 1287 PS30 2269.8J 2560(MJ/m^3) 406
Flintlock STG 1287 PS100 1166.1J 2630(MJ/m^3) 291
Flintlock STG 1288 PS30 2032.8J 3131(MJ/m^3) 390
Flintlock STG 1288 PS100 1055.3J 2438(MJ/m^3) 281
Flintlock STG 1316 PS30 2458.3J 3368(MJ/m^3) 391
Flintlock STG 1316 PS100 1324.5J 2722(MJ/m^3) 287
Flintlock STG 1318 PS30 2806.5J 2917(MJ/m^3) 426
Flintlock STG 1318 PS100 1438.6J 2991(MJ/m^3) 305
Flintlock pistol STP 1128 PS30 753.8J 2633(MJ/m^3) 323
アサルト・ライフル58 PS100 2801.5J 4824(MJ/m^3) 770
アサルト・ライフル77 PS100 1375.0J 5987(MJ/m^3) 874
Glock80ピストル PS30 467.9J 3444(MJ/m^3) 342

最後の3つの銃器は、20世紀のもので、他とは、銃弾形状が異なっている。他のマスケット銃は、当時に合わせて、球状の弾丸を使用したらしい。PS30とPS100は、距離30mから撃ったか、距離100mから撃ったかの差で、衝突時の速度も論文に記載されている。破断した体積は、弾丸の半径の2乗×円周率×貫通した長さで計算した

貫通した厚さは、mm以下の単位がなく、1〜4mmのものが殆どで、破断体積あたりのエネルギー(=単位面積あたりの抗力)は、若干ばらついてはいる。元々、マスケット銃は、弾丸がまっすぐ飛ばないらしいので、正面から当たっているものも少ない可能性が高い。現代でも、プレート厚さなどの条件を揃えて、50%の確率で貫通できる速度V50という指標を、よく使うようで、古い銃だと、なおさら、ばらつきが大きくても仕方ないのかもしれない。それでも、アサルト・ライフルを除けば、2000〜4000(MJ/m^3)に集中している。マスケット銃や拳銃のような低速弾に於いては、抗力一定の仮定に基づく貫通深度計算は、そこそこ妥当らしいことが、窺える(抗力の大きさそのものは、弾丸形状に依存するだろうけど)

ちなみに、参考までに、鉄を溶かすのに、必要なエネルギー量を計算すると、融点が1538度、25度に於ける熱容量が25.10J/mol/Kなので、融点まで熱するのに、ざっくりと、37.7kJ/mol程度だろうと推測し、それ以外に、融解熱は13.81kJ/molらしいので、合計では、51.51kJ/molとなる。上の破断エネルギーと単位を合わせると、原子量は、55.85なので、モル質量を55.85g/molとして、密度は、7874kg/m^3だから、7874*51.51e-3/55.85e-3=7262(MJ/m^3)となる。



抗力について、もう少し定量的な議論が存在する

[2] Analysis on the resistive force in penetration of a rigid projectile
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214914714000658

の式(1)に、

 F = \dfrac{\pi d^2}{4}(A \sigma_y N_1 + B \rho V^2 N_2)

という式が書いてある。S=\dfrac{\pi d^2}{4}は、断面積なので、特に問題はない。

Vは着弾速度で、A,Bは、材質に依存する無次元定数。

\sigma_y,\rhoは、降伏応力(yield stress)、密度で、やはり材質に依存する。

N_1,N_2は、弾丸形状及び摩擦係数から決まる無次元定数としている。

第一項をquasi-static resistive forceで、第二項をdynamic resistive forceと呼んでいる。第二項が0であれば、抗力一定で計算するのと、同じことになる。


この式の導出は、以下の論文で行われたようである。空洞膨張理論(cavity exansion theory)という、土木系の業界で使われてるらしい解析法に基づいているっぽいけど、そんなものは知らないので、理論的観点から見た、この式の妥当性については、私には判断できない
Penetration into soil targets
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0734743X9290167R


元々、土壌の破壊を想定して作られた理論らしいので、金属の破壊に適用するのは、正しくないようにも思える(ベースになっているMohr-Coulombの破壊基準というのは、脆性破壊を起こすような物質に適用されるものらしいから、コンクリートに銃弾を打ち込むとかなら、正しい扱いかもしれない)けど、この式は妥当だと仮定する。プレート内部に侵入した弾丸は急激に減速していくので、上式のパラメータをまとめて
F = \alpha + \beta V^2
と書いた時、貫通する深さxは
x = \dfrac{m}{2 \beta} \log \left(1+\dfrac{\beta V^2}{\alpha} \right)
と計算できる。βー>0の時は、\log \left(1+\dfrac{\beta V^2}{\alpha} \right) \approx \dfrac{\beta V^2}{\alpha}となり、
x = \dfrac{1}{\alpha}\frac{m V^2}{2}
という既に計算したのと同じ結果を得る。


論文[2]の式(1)のパラメータを第一原理的に決めるのは、しんどいけど、論文[2]のTABLE2のデータを利用して、概算値を得ることができる。TABLE2の値以外に、論文[2]の式(2a)(2b)(2c)に従って、nose shape factorを計算することが必要になる。なお、式(2c)に何故か負符号がついてるけど、これは間違い

これらの値は、弾丸形状に依存するので、簡単のため、球状弾を仮定すると、前方半分で(2a)の積分を計算して
N_1 = 1 + \dfrac{8 \mu}{d^2} \displaystyle \int_{0}^{d/2} \sqrt{\dfrac{d^2}{4} - x^2} dx = 1 + \dfrac{\pi \mu}{2}
となる。鉄と鉄の摩擦係数は、0.5くらいらしいので、大体、このnose shape factor N1は、鉄の球状弾では、約1.8くらいになるだろうと見積もれる。

この値と、TABLE2の値から、降伏応力400MPaの鋼鉄に於いて、断面積をSとすると、α/S=3130(MPa)=3130(MJ/m^3)という値を得る。これは、論文[1]の試験結果で見た、マスケット銃や拳銃の破断エネルギーと近い値である(材質が同一というわけではないのだけれど)。同様に計算して、球状弾では
N_2 = \dfrac{1}{2} + \dfrac{\pi \mu}{8}
を得る。TABLE2の値と合わせて、降伏応力400MPaの鋼鉄に於いて、β/S=6200(kg/m^3)程度と分かる。

従って、特に、β/αは、大体、2.0e-6程度である(単位は、s^2/m^2で、速度の-2乗の次元を持つ)。この比を採用すれば、アサルト・ライフルと同程度の着弾速度V=800m/sに於いて、\beta V^2/\alphaは、1.28となり、これは、dynamic resistive forceとquasi-static resistive forceの比を表している。弾丸の速度は減速していくので、dynamic resistive forceは、どんどん小さくなるが、ある程度、減速するまでは、dynamic resistive forceが無視できない寄与をすることが分かる。

一方、矢弾の速度V=50m/sの場合は、\beta V^2/\alphaは0.005であり、着弾速度が50m/sであれば、dynamic resistive forceは、最大でもquasi-static resistive forceの0.5%くらいしか寄与せず、抗力一定の仮定は十分妥当だと結論付けられる。これは、球状弾の場合の試算であるけど、矢弾でも、それほど大きく事情は変らないだろう。


論文[1]の試験で用いたプレートの降伏応力は、400MPaではないので、念の為、論文[1]の試験結果からも、β/αを見積もってみる。この試験に於いては、着弾速度が、マスケット銃や拳銃と、アサルト・ライフルで大きく違い、それに応じて、破断エネルギーも異なっているように見える。マスケット銃や現代の拳銃は、着弾速度が300m/sであり、破断エネルギーは3000MJ/m^3前後であるのに対して、アサルト・ライフルでは、着弾速度は800m/sであり、破断エネルギーは5〜6000MJ/m^3程度である。仮に、着弾速度が300m/sと800m/sで、他の条件が同一なら、(破断エネルギーの計算は、着弾時運動エネルギーを、貫通深さと弾丸断面積の積で割ったものだったので)貫通深度が3.5倍になるとした場合、β/αは、6.88e-6程度であることが計算できる。オーダーは、さっきの計算と合っている。本当は、ライフル弾は、球状ではないので、α、βの比だけでなく、個別の大きさの違いも、考慮しなければならない。


マスケット銃や矢弾程度の速度では、抗力一定の仮定は妥当そうであるけど、cavity expansion modelでは、先端形状の違いが、抗力に与える影響を見積もることが出来る。具体的には、論文[2]の式(2.a)によって、先端形状の違いによるquasi-static resistive forceの大きさの比を見積もる。矢の先端は、尖っており、円錐形状であるとして計算すればいい。積分区間を、弾丸の場合と揃えないとアンフェアな結果になってしまう(長い領域で積分するほど、抗力は大きくなる)ので、シャフト根本から、矢の先端の長さをsとして、sがd/2以下の時と、d/2以上の時に分けて計算する(dはシャフトの直径で、シャフト部分は、単なる円柱なので、y=y(x)は定数関数)
N_1 = \begin{cases} 1+ 2\mu(1- \frac{s}{d}) & (s < d/2) \\ 1+\mu\dfrac{d}{2s} & (s \geq d/2) \end{cases}

全く尖っていない状況(s=0の時)では、N_1 = 1 + 2\muとなって、球状弾丸より大きな値を取る。境界部分にあたるs=d/2の時は、N_1=1+\muくらいで、更にsが大きくなるにつれて、1に近付いていく。ざっくりと、球状弾丸と比較すると、75〜50%くらいの範囲になると推定される。何にせよ、quasi-static resistive forceについて、矢弾は銃弾より小さい(定性的には意外でも何でもないけど)。

上の方で、「鎧の強度が半分だったとしても、矢弾と銃弾で抗力に差がなければ、矢は、厚さ1mmの鎧を貫通するのが、精々だっただろう」というように書いたけど、実際には、矢弾の方が、抗力が小さくなり、運動エネルギーの小ささを補ってくれる。暫定的な結論として、矢弾の貫通力は、その先端形状による抗力の減少に起因する部分が大きいのだろうとなる。

あと、そもそも厚さ2〜3mmだと、穴はあくけど、矢が通り抜けられないという状況も発生するはずで、これも「貫通した」と言えなくもないけど、人体へのダメージという観点からすれば、矢を防いだと言えなくもない。穴があくだけというのと、矢が完全に通り抜けるのとでは、穴の断面積が異なるので、抗力の大きさも異なってくる。「貫く」というのが、どちらの意味で使われてるのか、はっきりしないけど、プレートアーマーが流行ってたということは、穴が開くだけで済むという事態は、結構あったのでないかと思われる。銃弾でも同じ問題はあるけど、こちらは、貫通する=通り抜けてしまうというイメージがある

もっとデータが欲しいとこだけど、下手に実験すると、銃刀法違反になってしまいそうで、うざい



近代戦では、徹甲弾で、戦艦や戦車の装甲を貫くということが行われるらしい。Wikipediaに、一部の徹甲弾のデータが載っていた
APFSDS#貫徹力
https://ja.wikipedia.org/wiki/APFSDS#%E8%B2%AB%E5%BE%B9%E5%8A%9B

実戦で使われる装甲は、様々なものがあり、簡単に評価はできないけど、「装甲を貫く力は、均質圧延鋼装甲(RHA:Rolled Homogeneous Armor)を貫ける厚さで表現される」とある。RHAは"全体が均質な圧延鋼板で作られた装甲"らしいので、鋼鉄性のプレートみたいなもんと思っていいのだろう。引張強度は、1GPaとか書いてあったりする(何種類かあるっぽい?)ので、論文[1]で使われたプレートと、ほぼ同程度の強度だろう

1961年、ソ連が開発したBM-3は、飛翔体重量4kg、口径115mm、初速1615m/secで、距離2000mに於いて、RHAを236mmを貫通する、とある。着弾速度は不明だけど、1500m/secとして、論文[1]のデータに対して、やったのと同じ要領で、(弾丸直径は口径に等しいとして)、破断エネルギーを計算すると、1835.8(MJ/m^3)という値を得る。論文[1]のデータと比較すると、アサルト・ライフル以上に高速であるのに、破断エネルギーは、むしろ小さくなっている。この情報が本当かどうかも容易に確認することはできないけど、別のモデルを必要とすると考えるべきかもしれない


衝突速度が上昇すると、侵徹メカニズムが変わるらしきことは、以下のような論文でも書かれている。どこらへんで変わるかは、弾丸材料と装甲材料に依存するっぽいけど、大体、1000(m/s)くらいっぽい(?)。ただ、高速になっても、破断エネルギーは小さくならないように思えるのだけど、まぁ、データがWikipediaの記述のみという信頼性低い状態なので、何とも言えない

Transition from Nondeformable Projectile Penetration to Semihydrodynamic Penetration
https://ascelibrary.org/doi/abs/10.1061/(ASCE)0733-9399(2004)130:1(123)

Long-rod penetration: the transition zone between rigid and hydrodynamic penetration modes
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214914714000397

hydrodynamic modelとか、hydrodynamic penetrationというのは、Garrett Birkhoffらが提案した、成形爆薬の侵徹理論(1948年)に遡り、現象論的に改良されたモデルが、AlekseevskiとTateによって独立に提案され(1960年代)て、Alekseevski-Tateモデルと呼ばれることもある。

[Birkhoffの論文] Explosives with Lined Cavities
https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.1698173

[Alekseevskiの論文] Penetration of a rod into a target at high velocity
https://link.springer.com/article/10.1007%2FBF00749237

成形爆薬のメタルジェットは、金属の音速(〜5000m/s)を超える速度で装甲を侵徹するとされる。これくらいの速度だと、金属を流体のように扱うことが適切になるとして、モデル化されているので、hydrodynamic modelと呼ばれる。

これらは大分単純化されたモデルだけど、cavity expansion modelでは、弾丸は無限に硬い剛体として扱ったのに対して、Alekseevski-Tateモデルでは、装甲側も弾丸側も、有限の硬さを持つ物質としてモデル化されている(Birkhoffらのモデルは、完全に流体として扱って、硬さは影響しないというモデルらしい)。

しかし、徹甲弾の場合は、速度が2000m/sを超えることは、ほぼないと思われ、金属中の音速に比べると大分遅く、Alekseevski-Tateモデルを徹甲弾の侵徹に適用していいのかは、疑問ではある

On the hydrodynamic approximation for long-rod penetration
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0734743X9800044X


現在の所、人類は、主に大気圏内で兵器を打ち合っているが、未来には、宇宙で兵器を打ち合っているかもしれない。

Fred Whippleという人は、1947年に、Meteorites and space travelという短い記事の中で、ミリグラム単位の微小なmeteoroidから、宇宙船を防御するための提言を行い、現在、Whippleシールドと呼ばれている。宇宙空間では空気抵抗がないので、この場合の衝突速度は、3000〜20000(m/s)程度までの領域が想定されるらしい。

SFとかで、運動エネルギー弾を撃ちあっている場合、衝突速度は、これ以上のオーダーに達しているかもしれない。