化粧水の生理学

化粧水は、厳密には成分が同一でないので、一般の化粧水の有効性を示す客観的なデータはないけども、多くの場合、保湿に有効(少なくとも何もしないよりはいい)というのは間違いないように思う。けど、実際のとこ、何が起きてるのか。


成分としては、大体、水80%、グリセリン、乳化剤、香料、防腐剤で、他に、尿素・各種ビタミン・コラーゲン・ヒアルロン酸あたりが製品に応じて入ってたり、なかったりするっぽい。とりあえず共通して含まれるグリセリンに注目すると、化粧水の説明として、グリセリンの親水性を利用して水分を保持するとかよく書いてあるけど、実際には、明らかに水分の殆どは短時間で蒸発してるし、残った水分を保持したところで、夏場に汗でもかいたら相殺する誤差程度のもんな気もする。乳液でフタをしないとダメなんだとか書いてあったりするけど、それだと、水だけでいいということになる。あと、そもそもグリセリン水溶液で蒸散が遅いとしたら、グリセリンの親水性のためでなく、蒸気圧降下が原因じゃないのかとか


皮膚は大抵の物質を通さないようになってるはずだけど、アルコールのパッチテスト等で見れれるように、低分子の物質は経皮吸収が起こる場合もある。グリセリンは分子量92の低分子なので、多少経皮吸収が起こる可能性はある。で、実際にグリセリンが吸収されるかどうかは
皮膚計測技術の進歩と物質の経皮吸収
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/22/4/22_4_433/_article/-char/ja/
によると、「10%グリセリン水溶液を1時間開放塗布すると6~8μmほど皮内に入る」と書いてある。大体、角層の厚さは、10~20μmと言われるので、まぁ、角層の中間くらいまでは入っていくらしい


グリセリン自体は、細胞内にも、細胞間にも至る所にある物質なので、少量吸収されたから何だという気はするけど、AQP3という、グリセリン(や水、尿素など?)の輸送に関わる遺伝子が存在して、AQP3遺伝子を欠損したマウスでは、顕著な肌の乾燥、肌の弾性の低下、傷の治癒の遅れ、角層内グリセリン含量の著しい減少(けど、血漿中のグリセリン量は変化がない)が確認され、これらの症状は、グリセリンを経口摂取で補うことにより、完全に正常化されるという報告がある(グリセロール水溶液の開放塗布や注射によっても局所的な改善が見られるらしい)。
Selectively reduced glycerol in skin of aquaporin-3-deficient mice may account for impaired skin hydration, elasticity, and barrier recovery
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12270942

Glycerol replacement corrects defective skin hydration, elasticity, and barrier function in aquaporin-3-deficient mice
http://www.pnas.org/content/100/12/7360.short


AQP3欠損というほど劇的でなくても、炎症部位ではAQP3発現が低下している(TNF-αやIL-1βなどの炎症性サイトカインが発現を抑制するらしい)ことや、加齢によってもAQP3発現が低下していることが知られていて、例えば、加齢によって、肌が乾燥しがちになることや、炎症部位で乾燥が見られること(例えば、皮膚が赤くなるほど過度に日焼けしたような場合)の一因となってる可能性が高い。AQP3欠損マウスでの実験を思い出すと、そういうケースでは、経皮吸収によって、グリセリンを補うことで、肌の状態を改善することは考えられる。皮膚科では随分昔から、ひび、あかぎれの治療に、グリセリンを使うということが行われているらしく、製薬会社は、普通にグリセリンを販売している。こっちは、化粧水などより高濃度なので、顔などに常用すべきではないのかもしれないけど、同じような機構が働いてるのかもしれない。日焼け後のケアに化粧水がよいという都市伝説みたいな話も、一定の根拠があるのかもしれない


具体的にグリセリンが何をするのかということはよく分からないけど、とりあえず、グリセリンが、AQP3の発現を増加させるようなことはないっぽい(以下の論文Figure3)
Identification of a keratinocarcinoma cell line expressing AQP3
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15898954


Prevention of Skin Tumorigenesis and Impairment of Epidermal Cell Proliferation by Targeted Aquaporin-3 Gene Disruption
http://mcb.asm.org/content/28/1/326.full
では、AQP3欠損マウスでは、細胞のグリセロール量、グリセロール3リン酸量、ATP量の減少(ミトコンドリア障害は伴わないで)や細胞増殖能力の低下が見られるとある。ATP量の違いは3倍程度で、ADP/ATP比が5倍程度違うので、ADP自体の量は減少はしてない(か、むしろ増加している)と思われる。


グリセロールから糖新生グルコースが産生されることはよく知られているし、またグリセロール3リン酸の欠乏は、グリセロリン酸シャトルがうまく動いてないことを示唆しているけど、一般には、グリセロールは、エネルギー産生に於いて、特に重要とは見なされてこなかったと思う。最近、いくつかの組織で利用可能なグリセロール量が(細胞呼吸に於いて)結構クリティカルなんじゃねという報告がある。


Extracellular glycerol regulates the cardiac energy balance in a working rat heart model
http://ajpheart.physiology.org/content/292/3/H1600.full
では、ラットの心筋細胞に於いて、利用可能なグリセロール量の増大は、細胞へのグリセロール取り込みを増加し、エネルギー産生/ATP合成を増強すると書いてある(心臓では、AQP7が重要らしい)


Defective macrophage function in aquaporin-3 deficiency
http://www.fasebj.org/content/25/12/4233.full
は、マウスのマクロファージで、AQP3欠損が、グリセロール/ATP/グルコース量の減少と結びついているという話


AQP3が関連する機能として、細胞増殖以外に細胞遊走などがあって、高々transporterがそんな機能に関わるのも一見不思議ではあるけど、グリセリンは保湿成分と言うより一種の栄養素的に、細胞呼吸という最も基本的な部分を通して、細胞の成長・増殖などに関わっているという仮説が考えられる(具体的に、どういう形で細胞呼吸に影響を与えているのか、はっきりしたことは言えないけども)。そうだとすると、グリセリン自体は、乳液とかニベアのようなスキンケア商品にも含まれてたりするので、別に、化粧水である必要はないっぽい。ただ、以上の話は専らAQP3が欠損しているマウスの話であったりするので、健常な人間で、グリセリンを多少供給することで、何が起きるのかは別途確かめられるべきことではある