酸化ストレスが老化を促進するという話は、色々と証拠があるように思う(それだけで老化が説明できるかはともかく)。20世紀終わりごろから、加齢に伴って増加する疾患の多く(癌、動脈硬化、糖尿病、アルツハイマー病など)は、一種の炎症性疾患だという考え方が現れてきて、老化そのものが炎症とも深く関係しているように思われる。老化に伴って見られる現象の一つに、新陳代謝の低下があって、例えば、20歳の皮膚細胞は28日周期とよく言われるけど、50歳になると75日くらいになるらしい。これは、酸化ストレスの増大により、DNA損傷が増え、DNA修復にかかる時間が増えていってることが一因かもしれない


ところで、加齢に伴う炎症の増加がある一方、加齢に伴ってミトコンドリアや酸素消費量が減るということも観察されていて、そうすると、酸化ストレスに起因する炎症は、加齢に従ってむしろ減少しそうにも思える。そう考えると、酸素消費を増大させるのと、低下させるのと、老化抑制にどっちが効果的か、定性的には謎だけど、単純に老化過程の逆を考えると、適度な酸素消費増大は、老化防止に有利に働きそうな気もする


例えば、適度な運動は老化防止に繋がるとされる。これは、明確な証拠はないけど、運動そのものより、酸素分圧を増加させ、心肺・呼吸機能を鍛えることに意義があると思われている。また、一部の動物で抗老化・寿命延長効果があると言われるカロリー制限(人間では有効性が証明されてないけども)では、NAD+/NADH比の増加によって、TCA回路の増強や解糖系の抑制が見られ、ミトコンドリアでの酸素消費量は増大すると考えられる(一般には、Sirt1などを介した抗酸化ストレス能の増大などが注目されるようであるけど、生物の体は、それなりにうまくできているので、好気呼吸の増大と抗酸化ストレス能の増大はある程度リンクしているのだと思う)。分子的な機構の詳細は不明だけど、低酸素がミトコンドリアの分解を誘導するという報告もあり、これは、加齢に伴うミトコンドリアの減少を部分的に説明するかもしれない


一方、激しい運動は、酸化ストレスを増大させ、却って老化に繋がるという話もある。この時、酸素不足のため好気呼吸だけではエネルギーが供給しきれないために、解糖系が亢進する。また、癌細胞では、しばしば、解糖系によるエネルギー産生が中心になっていることは、昔から観察されている(Warburg効果というらしい)。好気呼吸では、脂肪酸のβ酸化、TCA回路、電子伝達系が活性化されるけど、諸悪の根源のように言われる肥満では、これらの代謝経路は抑制されているらしい。肥満と低酸素は、細胞やミトコンドリアに対して、何かしら似たような影響を及ぼしているかもしれない。解糖系亢進により、細胞老化の抑制や酸化ストレスの軽減が起きる(多分、相対的にミトコンドリアによる酸素消費が抑制されるため)という報告もあるようなのだけど、解糖系亢進は、あまり健康の徴候とは言えないような感じではある


実際のところ、低酸素は、炎症を引き起こし、また酸化ストレスを増大させるという話がある。低酸素と(しばしば無自覚の)炎症や酸化ストレスの関連が顕著に見られるケースは、(3000~4000m以上の)高地に行った場合で、肺水腫やCRPの増加などが確認できるらしい。また、逆に炎症が低酸素を引き起こすこともあるらしい。肥満脂肪組織では局所的な低酸素状態が確認できるという報告がいくつもあって、肥満と低酸素が似た影響を及ぼすというのは気のせいではないらしい。炎症との関連は、以下のレビューに、よくまとまっている
Hypoxia and inflammation
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21323543


以下の論文では、逆説的ではあるけど、低酸素が癌の増殖を亢進する可能性を主張している。これは、Warburg効果をうまく説明するかもしれないし、癌の発生する部位には、しばしば慢性炎症が確認できることも知られている
Hypoxia and miscoupling between reduced energy efficiency and signaling to cell proliferation drive cancer to grow increasingly faster
http://jmcb.oxfordjournals.org/content/4/3/174.long


異種間の比較では、体重当たりの酸素消費量が多いほど寿命が短いという話もあるけど、一方で、同一種に限ると、少ない呼吸量や低酸素状態は、あまり健康的とは言えないかもしれない。検索して見ると、男性では肺活量が大きい方が寿命が長い傾向にあるという話もあるようなのだけど、信頼できる出典は見つからなかった。意外と、現在人類が実践できる最大の老化防止対策は、深呼吸して心肺機能を維持することとかいう残念なお話かもしれない。まぁしかし、そもそも、スポーツ選手から殆ど運動しない人に至るまで、20歳の頃の身体能力を40歳になって維持するようなことはできないっぽいわけで、それは何でなのかというのは、やっぱりよく分からない