最近の老化研究

2017年3月の『Cell』の論文
Targeted Apoptosis of Senescent Cells Restores Tissue Homeostasis in Response to Chemotoxicity and Aging
http://www.cell.com/fulltext/S0092-8674(17)30246-5

大雑把には、(マウスの)"老化細胞"(Senescent cells)でアポトーシスを誘導してやって除去すると、若返るよという話(例えば、Fig7(D)では、毛が明らかに増量している)。ここ数年、老化細胞の除去による"若返り"の報告はいくつかあるが、いずれも老化細胞の除去に遺伝子改変を必要とするものばかりだったのに対して、この論文の方法では、遺伝子改変を必要としない(マウスの実験であるから、ヒトなどでは、別途検討が必要ではあるが)

cf)細胞老化が生体機能に及ぼす影響とその機構に関する研究
http://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/25-18.pdf
http://www.ncgg.go.jp/research/news/20160810.html
肺組織で特異的に老化細胞を除去できるように、遺伝子改変を行ったマウスでの類似実験を行っている

cf)Naturally occurring p16Ink4a-positive cells shorten healthy lifespan
https://www.nature.com/nature/journal/v530/n7589/full/nature16932.html


背景。正常な細胞は、老化刺激(テロメア短小化、DNA損傷、酸化ストレスetc)を受けると、恒久的に細胞周期を停止した細胞老化と呼ばれる状態になることが知られている。こうしてできた老化細胞は、増殖を再開することはないと考えられているが、ただ機能を失って存在するだけでなく、炎症性サイトカイン、増殖因子、細胞外マトリックス分解酵素など、様々な分泌因子を分泌するSASPと呼ばれる現象を起こし、周辺組織に炎症状態を誘発する。SASPは、周囲の細胞で細胞老化や癌を誘導するなど生体にとって有害な作用をもたらすと現在考えられている。

cf)老化した細胞ががん化を促進する仕組みをハエで解明(プレスリリース)
http://research.kyoto-u.ac.jp/research/141011_1/


論文では、老化細胞でFOXO4の発現が亢進することを確認し(Fig1(D))、また、FOXO4を阻害すると、老化細胞の生存率が下がる(Fig(1(H))ことから、FOXO4が老化細胞のアポトーシスを抑制し、老化細胞の生存・維持に寄与していると推測し、FOXO4のp53結合部位を含む部分ペプチドのD-retro inverso (DRI)-isoform(FOXO4-DRI)を設計し、マウスに腹腔投与(i.p. injection)したという感じ(5mg/kgを一日一回x3回)。

#D-retro inverso-isoformというのは初耳だったのだけど、配列とアミノ酸のキラリティ(つまりD型アミノ酸から構成される)が逆になってるような異性体のことらしい。なんだかよく分からないけど、DRI-isoformはしばしば、元のペプチドと同じ活性を保持し、かつ、安定であるらしい(多分プロテアーゼなどで分解されにくい?)。今の場合は、p53とFOXO4の結合を競合阻害するのが目的だろうと思う(部分ペプチドなので、p53を抑制する機能はない)


投与を行った"老いたマウス"の年齢は104〜110週齢程度のよう(Fig7 captionなど)。20ヶ月齢のマウスが人間でいうと60歳相当程度らしいので、人間換算で30歳弱と若干若い感じがする。マウスを直接扱ったことがないので、何とも言えないけど、老化研究では、もう少し高齢のマウスを対象にすることが多いように思う。一応、Fig6(B)の腎臓組織のSA-β-GAL染色では、130week miceでも、結構、老化細胞が増えているらしきことが見て取れるし、最初の方のcfであげた

細胞老化が生体機能に及ぼす影響とその機構に関する研究
http://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/25-18.pdf

でも、12ヶ月齢のマウスが使われている(これは、肺組織に於ける老化細胞の除去実験)。


毒性について。FOXO4は、FOXO1とFOXO3に比べると、注目されることが少なく、非老化細胞ではあまり重要な役割を持っていないらしい。実際にFOXO4をノックアウトしたマウスは、目立った表現型を示さない("FOXO4 knockout mice do not show a striking phenotype")らしいので、FOXO4の阻害は、非老化細胞に対する影響は少ないと予想される。


[疑問]FOXO4の阻害が老化細胞のアポトーシスを引き起こすなら、FOXO4ノックアウトマウスでは、老化細胞の数が少なく(論文の結果が正しければ)見た目の老化も抑制されそうに思えるが、目立った表現型は示さないという報告とは矛盾する気もする。老化が遅いなどの表現型は注意して観察しなければ気付かない微妙なもの(致死とかに比べればstriking phenotypeでない)で単に見落とされているという可能性もあるけど


[補足]癌抑制遺伝子として有名な転写因子p53は、細胞周期を停止し細胞増殖の抑制を行うだけでなく、細胞老化を引き起こし、アポトーシスを誘導することも知られている。これらの機能は、独立しているわけでなく、細胞やDNAがダメージを受けた時に細胞周期を停止し修復を試みると同時に、ダメージが重度で(癌化しそう)であればアポトーシスを起こし、中度であれば細胞老化を引き起こすのだろうと思われる(回復可能な程度に軽度であれば、細胞周期を再開する)。というわけで細胞老化を誘導する薬剤を高濃度で与えると、アポトーシスを誘導するっぽい。培養細胞に於いて、p53の発現を亢進すれば、癌は減るが老化は進行し(寿命も縮むらしい)、一方、抑制すれば、老化は抑えられるが癌は増えるらしい(マウス個体でp53をノックアウトすると早期に死亡するので解析は難しいが、培養細胞での実験と矛盾しない結果が知られている)。このような癌化と細胞老化のトレードオフは、テロメラーゼの高発現/ノックアウトでも観察することができる(マウスはテロメアが長く、テロメラーゼノックアウトマウスで個体老化が観察できるようになるまで数世代かかる)らしい

cf)癌抑制遺伝子p53 による老化の制御
http://www.pharmacol.or.jp/fpj/topic/topic121-2-130.htm


#細胞周期の一時停止、細胞老化の誘導、アポトーシスの選択がどのようにされているのか詳細は不明。p53には、リン酸化部位が沢山あり、中でもSer46がリン酸化される(このリン酸化を行う酵素はHIPK2,ATK kinase,DYRK2など複数ある?)と、アポトーシス関連遺伝子(AIP1という遺伝子が知られる)の発現が誘導されるらしい。一方、Ser15のリン酸化(AMPKなどによる?)は細胞老化関連遺伝子の発現と関連するらしい。DNA損傷が起きた時、Ser46のリン酸化はSer15のリン酸化に比べると、少し後になってから起こるらしい
The p53 response to DNA damage.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15279792

Ser46 phosphorylation of p53 is not always sufficient to induce apoptosis: multiple mechanisms of regulation of p53-dependent apoptosis.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17584297

Palmdelphin, a novel target of p53 with Ser46 phosphorylation, controls cell death in response to DNA damage
http://www.nature.com/cddis/journal/v5/n5/full/cddis2014176a.html?foxtrotcallback=true


素朴な疑問として、何のために細胞老化などという機構があるのか。癌抑制のためだけであれば、とっととアポトーシスを起こすなりして除去されてもよさそうなものだけど、わざわざアポトーシスを抑制してまで生存を図る意味が分からない。最近では、創傷治癒に於いて細胞老化の果たす役割が報告されたりしていて、他にもまだ知られてない生物学的機能が存在する可能性はある

cf)Cellular senescence controls fibrosis in wound healing
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20930261



それらの話とはまた別に組織幹細胞の減少と機能低下も個体老化の一因として挙げられることがある。細胞老化と幹細胞は、共に創傷治癒に寄与する、という共通点があるっぽい。7月のNatureに

Hypothalamic stem cells control ageing speed partly through exosomal miRNAs
http://www.nature.com/nature/journal/v548/n7665/full/nature23282.html

という論文が出ていた。これは、視床下部神経幹細胞(htNSC)の減少が老化のトリガーとなっており、特に、exosomal miRNAの放出量が減ってしまうことが主要因なのでないかとのこと(生物種はマウス)。

ちなみに、論文中では"mid-aged mice (11–16 months old)" "aged mice (22 months and older)"と書かれていて、やっぱCell論文の110wk miceとかは中年手前なんだな、という感じ。こっちの論文のFig1(a)などを見ると、16 months-old miceでも、視床下部幹細胞の減少が見て取れるし、高齢マウスでは殆ど消失しかかっている。Cell論文に比べると、視床下部幹細胞の注入("炎症"のせいか、単純に移植しても、すぐに死んでしまうので、ドミナント・ネガティブIκB-αを発現する細胞を作ったと書いてある)などにより、老化の進行が抑制されて寿命が延長してる(16ヶ月齢雄マウスに移植して4ヶ月後の生理機能(Fig3(c))や18ヶ月齢雄マウスに移植して寿命計測(Fig3(d))


この論文では、視床下部幹細胞に注目しているが、

Muscle-derived stem/progenitor cell dysfunction limits healthspan and lifespan in a murine progeria model
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3272577/

のような論文も以前に出ている(タイトルを直訳すると、『筋由来幹/前駆細胞の機能不全が、早老症モデルマウスの健康寿命と寿命を制限する』)。若いマウスのmuscle-derived stem/progenitor cellを移植することにより、早老症モデルマウスの寿命を大幅に延長できたようである(Fig4(a))。通常の老齢マウスに対して、同様の実験を行って寿命延長などが起こるかは書いていない。まぁ、視床下部幹細胞が特別というわけでもなさそうではある。また、移植後、比較的短期間で効果が出ていることから、移植した幹細胞そのものが分化しているわけではなく、何らかの分泌因子が重要らしい(が、分泌因子の正体は不明)というところで、終わっている。視床下部幹細胞の方も事情は似ていて、移植した細胞が直接分化するわけではなく、こちらは、何らかのmiRNAが重要らしいということになっている

物凄く単純化していうと、老化細胞除去は、"悪いもの"を減らすという考え方で、一方、若い幹細胞を移植するというのは、"良い物"を増やすという考え方なので、割と真逆ではある。もし後者が重要であるならば、単純に老化細胞を除去しても、機能低下した幹細胞が回復するとは限らず、高齢になってからの老化細胞除去は、効果が薄いか、手遅れである可能性もある。老化細胞除去が比較的若いマウスに対して行われている理由かもしれないけど、どうだろう。