coherent state物語

coherent stateは、1926年にシュレディンガーが発見したらしい。よく知られている例は、自由粒子ガウス波束と、調和振動子のコヒーレント状態で、教科書によく書いてある通り、次のような特徴がある
・最小不確定性関係を満たす(位置と運動量の不確定性関係で等号を満たす)
・消滅演算子の固有状態
・状態空間の過剰完全基底(overcomplete basis)をなす
・古典的な相空間の点とcoherent stateに1:1対応がある



1972年に、Perelomovは、一般のLie群に対して、coherent stateの概念が一般化できることを具体例(Weyl-Heisenberg群、SU(2),SU(1,1)の3つ)で示した。調和振動子のコヒーレント状態は、Weyl-Heisenberg群の場合に対応する。このアイデアは、現在では物理でも一般的になっていて、SU(2)の場合のcoherent stateは、最近は物理の方でスピンコヒーレント状態と呼ばれている
Coherent states for arbitrary Lie group
http://arxiv.org/abs/math-ph/0203002


Perelomovは例を示しているだけで、coherent stateのはっきりとした定義は分からないけども、大まかには「Lie群の適当な既約ユニタリ表現の過剰完全基底があって、symplectic等質空間でparametrizeされている」という状況がある時、この過剰完全基底をcoherent statesと捉えている。パラメータ空間がsymplecticであることは、何らかの意味で古典的な相空間が現れていると解釈でき、またsymplectic構造から、coherent stateの1の分解を定義するときの測度が決まる。生成消滅演算子とか最小不確定性関係みたいな条件は、どこに行ったのか不明


与えられた既約ユニタリ表現に対して(Perelomovの意味で)coherent stateが存在するのか、また存在しても一意であるのかという問題は自明でない。
Coherent State Representations of Nilpotent Lie Groups
http://projecteuclid.org/DPubS?verb=Display&version=1.0&service=UI&handle=euclid.cmp/1103900759&page=record

Coherent states and square integrable representations
https://eudml.org/doc/75998

Symplectic Projective Orbits
http://link.springer.com/chapter/10.1007%2F978-1-4612-5651-9_5

Kaehler coherent state orbits for representations of semisimple Lie groups
https://eudml.org/doc/76503

まぁ、二乗可積分表現に対して、coherent stateが存在するというのが、一応の答えなのだと思う。どの論文でも、背景にある考え方は、Borel-Weilの定理や軌道法で、coherent stateの空間は、対応する余随伴軌道と同型になる。余随伴軌道の"量子化"によってユニタリ表現が得られる(非コンパクト半単純群の場合は、Langlandsが予想してSchmidが証明した構成がある)ので、coherent stateの空間を古典的な相空間と見れる。特に、コンパクトLie群の場合、話は単純で、(十分に自然な)coherent statesは、最高ウェイトベクトルに群を作用させて得られるものに限るというのが、Kostantらの結論らしい(物理の人も、よくこの方法でcoherent stateを作る)。表現から余随伴軌道が、こんな形で復元できるのは不思議ではあるけど、多くの場合、coherent stateは、あるベクトルに群を作用させて得られるので、coherent stateの空間は、ベクトルを不変にする部分群による商空間で、これをLie代数の方で見れば、primitive idealを考えるのと同じようなもんじゃないかと思う(多分



同じころ、工学的な動機からwavelet解析ができつつあった。でもって、coherent stateの話とは無関係に、連続wavelet変換と二乗可積分表現の関係が、GrossmannとMorletによって調べられている。
Transforms associated to square integrable group representations II:examples
https://eudml.org/eudml/doc/76340
彼らの定式化によれば、いわゆる連続wavelet変換でmother waveletを並進・伸縮して得られる関数群(baby wavelets)は、ax+b群のcoherent stateそのもの。連続wavelet変換は、二乗可積分表現から左正則表現へのintertwinerとなる。


彼らは、wavelet解析の先駆者だけど、Morletの1982年の論文で、Gabor waveletという単語が見える
Morlet wavelet@Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Morlet_wavelet
によると、1946年に物理学者のGaborが量子力学に使う目的で、 the best trade-off between spatial and frequency resolutionを与えるものの利用を考えたっぽいことが書いてある。まぁ、Gabor-Morlet waveletは、本質的に自由粒子ガウス波束と同じもので、最良の不確定性関係を与えるということ(滅多に見ないけどgaboretteとかいう呼称が存在するらしい)。Gabor-Morlet waveletを使えば、Weyl-Heisenberg群のシュレディンガー表現からBargmann-Fock表現へのユニタリ変換が作れる(いわゆるBargmann-Segal変換)。他に、SU(1,1) coherent stateをwaveletとするCauchy waveletというのもあるらしい。


注意:上のGrossmannとMorletの論文を読むと、"一般的なwavelet変換"(彼らは単にleft transformとか呼んでるけど)を、局所コンパクト群の二乗可積分表現から左正則表現への変換として定義している。この定式化は、Weyl-Heisenberg群には適合しないと思う(論文に最初に載っている例だけど)。彼らの見方では、admissible vectorに群を作用させて得られるのが"coherent state"(coherent stateという言葉も彼らは使ってないけど)ということになるけど、Weyl-Heisenberg群の場合、余計な位相回転の自由度が付いてきて、これを作用させると(canonicalな)coherent stateの空間をはみだす。論文でもこれは除かれていて、左正則表現への写像とはなってない。一般に、二乗可積分表現のベクトルとcoherent stateとの内積(ユニタリ表現なので、ユニタリ内積がある)を取ると、coherent stateの空間上の関数が作れる。これは線形写像であるけど、Bargmann-Segal変換は、このような変換。



coherent stateは、元々物理の概念であったけど、その後、集団励起の記述に、(一般化された)coherent stateを使うというアイデアが出た。物理の人がcoherent stateという場合は、Perelomov流の定義でなく、(何らかの)消滅演算子の固有状態として定義されることも多い。消滅演算子の数学的意味がはっきりしないので、関係性は謎だけど、同じものが出てくるらしい(とはいえ、ax+b群の場合なんかは、消滅演算子の固有状態として捉えるのは無理っぽい?)


この話が大きく発展したのは、1980年頃以降のようで、コヒーレント状態からコヒーレント状態への遷移振幅(この計算はcoherent state path integralとか呼ばれる)の定常位相近似を取ると、コヒーレント状態の空間(symplectic多様体だった)が丁度古典的な相空間と見なせる正準方程式を導出できて、集団運動の古典的振る舞いを取りだすことができる。
Path Integrals and Stationary Phase Approximations
http://prd.aps.org/abstract/PRD/v19/i8/p2349_1

Path integral in the representation of SU(2) coherent state and classical dynamics in a generalized phase space
http://jmp.aip.org/resource/1/jmapaq/v21/i3/p472_s1


事情は、Ehrenfestの定理の時と似ていて、古典的なハミルトニアンは量子系のハミルトニアンの期待値で、Poisson括弧は(coherent stateの空間の)symplectic構造から決まるので、別にcoherent state path integralはいらんのじゃないかとも思うけど、半古典論をやる場合には、遷移振幅も必要になる(そして、半古典論も重要らしい)。普通のファインマン経路積分は配位空間上の積分なのに対して、coherent state path integralは相空間上の積分のようになっている


time-dependent Hartree-Fock(TDHF)方程式が、正準方程式で書けて、何故か"古典論"になってしまう不思議は、Slater行列式が、丁度ユニタリ群U(N)のcoherent stateになっているから、ということで説明される(TDHF相空間は、複素Grassmann多様体になる)
時間依存ハートレー・フォック方程式@Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E9%96%93%E4%BE%9D%E5%AD%98%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F

TDHF equations of motion for algebraic hamiltonians in a coherent state representation
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0370269380909405


量子論から何故か古典論が出てくるという別の例として、系の自由度(粒子数やゲージ自由度)が∞の極限で、古典論で記述できる場合がしばしばあるという現象が以前から知られていた。coherent stateは、元々古典論と量子論を繋ぐ"何か"として考えられていたので、量子論から古典論が出てくるときに、coherent stateを思い出すのは自然。以下の論文には、coherent stateを使って、系統的に古典論を導出する方法が述べてある(やってることは、上に書いたのと同じ。古典的なハミルトニアンは量子系のハミルトニアンの期待値で、Poisson括弧はcoherent stateの空間のsymplectic構造から決まる)。まぁ、これで自由度が大きい時に古典論が出る本質的な理由が分かるわけでもないけど
Large N limits as classical mechanics
http://rmp.aps.org/abstract/RMP/v54/i2/p407_1



coherent stateを量子群へ一般化しようというのは、自然な発想であるので、そういうことを考えている人はいるらしい



その後、連続ウェーブレット変換は、工学的な扱いやすさを求めて、ウェーブレット展開や多重解像度解析に発展していき、関数解析を駆使した(というほどでもないけど)ツマラナイ一般論を生み出したりしてもいる。物理の方では、古典論と量子論を繋ぐ基本的な概念として、ある程度確定した地位を得ていると思う。数学の人は、coherent stateそのものには、あまり興味がないように見える。