sl(∞)

fuzzy sphereの話の理解が多少進んだ。この周辺の文献読んでると、似て非なる構造がいくつか現れるのだけど、物理の文献は、このへんをなかなか明確に区別してくれないので、非常に混乱する。


言い訳。以下では有限次元Lie環や有限次元代数の極限とかを考えるけど、とりあえず構造定数の極限取ると、そうなるよねという話で、数学的にもうちょっとちゃんと言うにはどうすればいいのか知らない。あと(体k上の)Poisson代数Pの量子化というのは、環Aとk-線形写像Q:P->Aで、Q({f,g})=Q(f)Q(g)-Q(g)Q(f)を満たすものの組(A,Q)で何か自然なものという程度の気分で使う。普遍性を持つものとか言えればキレイだけど、存在するかも分からないし、量子化って一意に決まるものなのかも分からない。そもそも、古典論が量子論の近似という物理的観点からすれば、むしろ"古典化"という操作を考えるべきな気もする。


まず、
(1)曲面の場合、divergent-free vector fieldのなすLie環sdiffの元は、ある関数のHamiltonベクトル場X(f)(g)={f,g}として得られて、Poisson括弧のJacobi恒等式から[X(f),X(g)]=X({f,g})が成り立つ。
(2)トーラスや球面のsdiffは、Lie環sl(N)のあるlarge N limitとして得られる(構造定数の極限の取り方によって、トーラスのsdiffになったり、球面のsdiffになったりする)

ということがある。(1)は言われれば自明で、(2)の方は難しくはないけど自明でもない。トーラスの場合は誰がやったのか知らないけど、球面の場合に(2)をちゃんと示したのがHoppeということらしい。物理の文献とか見てると、(1)の事実を明確に書いててくれてなくて、いつの間にかPoisson括弧が行列の交換子積に置き換わるので、手品のように見える。


ところで、(1)の関係式[X(f),X(g)]=X({f,g})は、量子化の際に成り立ってほしい関係式と同じ形をしている。けど、sdiffは環ではなくてLie環であるので量子化と見ることはできない。fuzzy surfaceの場合でも重要なのは、Lie環としての構造ではなく、環としての構造の方だと思う(飽くまで関数"環"の近似と言ってるわけだし)。このことは、Lie環として考えている場合は、単位行列(とその定数倍)は含まれてこないけど、有限次元代数として考える場合は、そうでないという違いを生む。じゃあ、fuzzy surfaceが近似しているのは何かというと、元の関数環ではなくて、量子化した関数環だというのは自然な発想。前者はPoisson代数だけど、後者は、非可換環だから。まあ、きちんと言うには、量子化と極限をそれぞれ正確に定義して一致することを言わないといけないけど、どっちも曖昧なので、そうなってほしいというくらいしか言えない。とりあえず、そう思うとfuzzy surfaceというのは、量子化した曲面の近似みたいなもんだということになる(熱力学的極限のように、極限取った後の方が近似ということもよくあるので、ほんとはどっちが近似だか分からないけど)。けど、どの論文でも、極限を取る時Lie環としての構造定数しかcheckしてないので、環としてはどういうものが出てきてるのか、よく分からない。ただ言えることは、この環に交換子積でLie環の構造をいれると、sdiffとほとんど同じものになる、ということ(sdiffには定数部分がないけど)。論文では、環を考えているのに、Lie環の構造定数をcheckしているので、やっぱり混乱の元だと思う


Lie環側のsdiffを調べるという試みは、1990年前後に、色々やられたっぽい。例えば、トーラスのsdiffは、c=0のVirasoro代数を含んでいる。c=0のVirasoro代数は、球面上のベクトル場のことなので、このことは特に驚くことじゃないけど、論文を読んでると、トーラスのsdiffをVirasoro代数の一般化みたいに捉えられないかな〜という問題意識はあったように見える。あとは、Arnoldによる(流体の)Euler方程式のSDiff(面積保存写像のなす群)上の測地線定式化に基づいて、Zeitlin系と呼ばれる、Euler方程式の有限自由度近似が作られて、90年代には色々調べられたらしい。その後、sdiffを調べるという方向は廃れて、環の方だけ行列正則化などの文脈で生き残り、今に至るという感じのよう。