調和代数幾何解析(調和解析と不変式論)

GoodmanとWallachの本

Symmetry, Representations, and Invariants
https://www.amazon.co.jp/dp/1441927298

の12章を眺めていて、ふと、ここに書いてあるのは、調和解析+代数幾何 = 調和代数幾何解析だなぁと思った(勝手に命名)。まぁ、この本の範囲では、"解析学"は、全然出てこないのだけど


【参考文献】同じく、GoodmanとWallachの本

Representations and Invariants of the Classical Groups
https://www.amazon.co.jp/Representations-Invariants-Encyclopedia-Mathematics-Applications/dp/0521663482

の12章あたりにも同等の内容があるっぽい。以下のPDFにも、同様の内容がある

An Algebraic Group Approach to Compact Symmetric Spaces
https://sites.math.rutgers.edu/~goodman/pub/symspace

Harmonic Analysis on Compact Symmetric Spaces : the Legacy of Élie Cartan and Hermann Weyl
https://sites.math.rutgers.edu/~goodman/pub/weyl_goodman.pdf



コンパクト対称空間G/K上の二乗可積分関数の空間L^2(G/K)G作用で既約分解するという問題は、Cartanが1929年に解いたらしい。この問題が、GoodmanとWallachの本の12章のそもそもの主題である。Cartanの議論には瑕疵があったらしく、1970年にHelgasonがギャップを埋めたということで、Cartan-Helgasonの定理と呼ばれていることがある。古典的な例として、L^2(S^1)SO(2)作用による分解はFourier級数で、L^2(S^2)SO(3)作用による分解は球面調和関数展開で記述できる。この定理は、対称空間を舞台とする調和解析の基本と言える。

Cartan-Helgasonの定理には、Peter-Weylの定理と同様に、解析的なバージョンと代数的なバージョンが存在する。

Peter-Weylの定理の場合は、コンパクトLie群Gに対して、L^2(G)の既約分解を記述するのが解析的バージョンで、一方、コンパクトLie群には、実代数群の構造が一意に入る(※)ので、複素化して、群上のアフィン座標環を(Gの複素化群の作用で)既約分解するのが代数的バージョン。

※)代数群側から始めるなら、複素簡約(代数)群G_{\mathbf{C}} \subset GL(n,\mathbf{C})には、G=G_{\mathbf{C}} \cap U(n)として、コンパクト実型が取れると言ってもいい。

個人の好みは別として、Peter-Weylの定理の解析バージョンは、関数空間がHilbert空間だから積構造は捨てられているのに対して、代数バージョンの方は、可換環なので、よりrichな情報を持っている。球面調和関数の積とか議論することを考えると、代数的な方が、面倒事がない。


簡単な例として、SU(2)の場合を考える。SU(2)は、幾何学的にはS^3と同一視出来るので、Peter-Weylの定理の適用対象であると同時に、Cartan-Helgasonの定理の適用対象にもなる。Peter-Weylの定理で考える場合は、SU(2)の作用で分解し、Cartan-Helgasonの定理で考える場合は、例えば、SO(4)などの作用で既約分解する。L^2(SU(2))の基底として、Wigner D-matrixを取ることができ、L^2(S^3)の基底として、hyperspherical harmonicsを取ることができる。

SU(2)を複素化した群は、SL(2,\mathbf{C})で、座標環は\mathbf{C}[a,b,c,d]/(ad-bc-1)と書ける。それで、
\left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} x_1 + i x_2 & -x_3 + i x_4 \\ x_3+i x_4 & x_1 - i x_2 \end{array} \right)
と変数変換を行えば、
\mathbf{C} [a,b,c,d]/(ad-bc-1)\simeq \mathbf{C}[x_1,x_2,x_3,x_4]/(x_1^2+x_2^2+x_3^2+x_4^2-1)
となって、後者は、3次元球面上の座標環の複素化と思える。

\mathbf{C}[a,b,c,d]/(ad-bc-1)は代数群の座標環なので、Peter-Weylの定理を考えることができる。一次の元は、a,b,c,dと4つあって、これは、二次元既約表現の行列要素を与える。二次の元は、a^2,b^2,c^2,d^2,ab,ac,ad,bc,bd,cdの10個あるけど、関係式ad-bc=1によって、独立な元の数は9個。適当な基底を取って、三次元既約表現の行列要素を見れば、これらの元が全部出ることが分かる。


GoodmanとWallachの本には、複素簡約群とその閉部分群(それぞれG,Kとする)に対して、以下のような環が定義されている
\mathcal{R}(G/K) = \{f \in \mathbf{C}[G] : f(gk) = f(g) \verb|, for all | k \in K,g \in G\}
Goodman-Wallachは、Kの自明表現の誘導表現として、この環を定義している。誘導表現という視点は、GやKが有限群であるような状況で議論を拡張するには有用であるけど、ここでは、\mathcal{R}(G/K)K作用による不変式環であるという点に着目してみる。

また簡単な例として、\mathcal{R}(SL_{2}/GL_{1})を考える。\mathbf{C}[SL_{2}] = \mathbf{C}[a,b,c,d]/(ad-bc-1)と座標を取って、
\left(\begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right) \left( \begin{array}{cc} t & 0 \\ 0 & t^{-1} \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} at & bt^{-1} \\ ct & dt^{-1} \end{array} \right)
なので、ab ,ad, bc, bdは、K=GL_{1}作用で不変である。K=GL_{1}作用で不変な元は、これらの元で生成されることは明らか。4つあるけど、条件ad-bc=1によって、独立な元は3つ以下。

更にad+bc , ab-cd , ab+cdに対して
(ad+bc)^2 + (ab-cd)^2 - (ab+cd)^2 = (ad - bc)^2 = 1
という関係式があって、独立な元は2つとなる。この二次の関係式と球面の関係は明らかだけど、上でやったのと同様に
(a,b,c,d) = (x_1 + i x_2 , -x_3 + i x_4 , x_3+i x_4 , x_1 - i x_2)
と変数変換を行うと
ad+bc = x_1^2+x_2^2-x_3^2-x_4^2
ab-cd = 2(x_1x_3+x_2x_4)
ab+cd = 2i(x_1x_4-x_2x_3)
なので、x_1,x_2,x_3,x_4を実数に制限すると、SU(2) \simeq S^3からS^2へのHopf写像を与えていることが分かる

cf)Hopf fibration
https://vertexoperator.github.io/2018/11/20/elementary_Hopf_fibration.html

以上のような計算によって、
\mathcal{R}(SL_{2}/GL_{1}) \simeq \mathbf{C}[y_0,y_1,y_2]/(y_0^2+y_1^2+y_2^2-1)
が分かり、これはSU(2)/U(1) \simeq S^2という同型の複素化に相当する。


【超余談】
三角形の合同条件と不変式論
https://m-a-o.hatenablog.com/entry/20130104/p1
の計算は、\mathcal{R}(GL_{2}/SO(2))を決定する問題になっている。三角形のモジュライ空間自体は、鏡映で移るものを区別するなら、GL(2,\mathbf{R})/SO(2)で、同一視する場合は、GL(2,\mathbf{R})/O(2)になり、いずれにせよコンパクトではないんだけど、複素化すると、上のHopf fibrationの計算と殆ど同じことになる。

\mathbf{C}[GL_{2}] \simeq \mathbf{C}[a,b,c,d,1/(ad-bc)]で、ad-bcは、SO(2)作用で不変(三角形のモジュライという観点からは、面積が回転不変ということ)なので、結局、主要な仕事は、\mathbf{C}[a,b,c,d]^{SO_2}の決定になる。この不変式環の生成元は、a^2+b^2,c^2+d^2,ac+bdとなり、(a^2+b^2)(c^2+d^2) = (ac+bd)^2 +(ac-bd)^2という関係式が成立する。

ところで、平面上の三角形は平面上の並進自由度も持つことを考えると、三角形のモジュライ空間は、GA(2)/SE(2)あるいは、GA(2)/E(2)でもある((GA(n)はアフィン変換群で、SE(n),E(n)はEuclid変換群)けど、GA(n)/SE(n) \simeq GL(n,\mathbf{R})/SO(n)GA(n)/E(n) \simeq GL(n,\mathbf{R})/O(n)なので、簡約群の計算で済む。Riemann計量は、各点でGL(n,\mathbf{R})/O(n)に値を取る場であるが、GA(n)/E(n)に値を取る場と思うこともできる。一般相対論の場合、直交群はローレンツ群に、Euclid群はPoinare群に変更すれば、同じ同型があって、Einsteinによる定式化は前者に基づくけど、後者に基づく理論は、Einstein-Cartan理論とか呼ばれる。このCartanは、Cartan-Helgasonの定理のCartanと同じ人。


複素簡約群GとKに対して、G/Kがアフィン代数多様体であるというのは、松島の定理の簡単な部分である。考えてみると、コンパクト対称空間を複素化すると、アフィンになるというのは、ちょっと面白いことだと思う。複素射影空間や複素グラスマン多様体を、複素化するというのは、ぱっと見奇妙な感じがしないでもないけど、仕方ない。

【松島の定理】松島の定理は、複素簡約群Gに対して、G/Kがアフィンであることと、Kが複素簡約群であることが同値という定理。この定理は、1960年に発表され、色んな証明があるようである。2000年以降でも、以下の論文を見つけた
Invariant Ideals and Matsushima's Criterion
https://arxiv.org/abs/math/0506430

The Kempf-Ness theorem and Invariant Theory
https://arxiv.org/abs/math/0605756


別に定理を持ちださなくても、その座標環の計算は、上で見たように、不変式の計算で原理的には出来る。SL_{n}/SO_{n}SL_{2n}/Sp_{n}のような場合は、極分解や、そのvariationで、行列の分解に帰着して計算できるけど、一般的には、それだけで済むのか分からない。21世紀になって、DerksenやKemperによって、具体的なアルゴリズムも与えられている(※)。群が少し大きくなると、計算が終わらないと思うけど。

※)計算不変式論の使い方:合同変換群の多項式不変量の計算事例
https://m-a-o.hatenablog.com/entry/20131227/p2

【行列の分解による不変式の計算】例えば、non-oriented Grassmann多様体の場合でも、極分解と似たような方法で、不変式を構成できる。実Grassmann多様体O(p+q)/(O(p)\times O(q))を例に取ると、行列をブロック化して
\begin{pmatrix} A & B\\ C & D \end{pmatrix} \begin{pmatrix} P & 0 \\ 0 & Q \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} AP & BQ \\ CP & DQ \end{pmatrix}
なので、AA^{T}CA^{T},CC^{T},\cdotsなんかの行列成分に不変式が出る。問題は、これらで、不変式の生成元が尽きるのかということだけど、ちゃんと数えてないので不明。まぁ、何となく、他にないやろうという気はするけど


そういうわけで、\mathcal{R}(G/K)は、自明でない環構造を持ってるのだけど、Cartan-Helgasonの定理の証明には、環構造を具体的に知る必要は全然ないし、環構造があることすら重要ではない。これは、Cartan-Helgasonの定理の解析的バージョンがL^2関数空間の分解として書かれることを思えば、当然ではある。GoodmanとWallachの本にある戦略は、\mathbf{C}[G]に対する(代数的)Peter-Weylの定理から、Gの有限次元既約表現をKに制限して、Kの一次元表現が何個出るか見ればいいよね的なものである

まぁしかし、せっかく環構造があるのだから、もうちょっと、そこに注目してみてもいいのじゃないかと漠然と思う。別に、それで何か新しい物が出てくるとか強気に主張できないのが、苦しいとこではあるけれど。

逆に、Cartan-Helgasonの定理による既約分解から、何とかして環構造を復元できるかということを考えると、よく分からない。球面調和関数の空間は、対称トレースレステンソルの空間と同一視できるけど、EastwoodのCartan productという(結合的かつ可換な)積構造を入れることができ、この環は、(複素化した)球面上の座標環とは異なる。

The Cartan Product
https://doi.org/10.36045/bbms/1110205624

尤も、この場合、違いは、r^2=1とするか、r^2=0とするかなので、この2つの環は一方から他方へ連続変形できる。他の場合は、どうなってるのかというのは謎



ところで、Cartanは、Schoutenと共同で、絶対平行性を持つRiemann多様体の分類を調べる中で、曲率テンソルの共変微分が0になる空間(今では局所対称空間と呼ばれる)に関心を持って、対称空間を調べ始めたようだ。例えば、定曲率空間は、局所対称空間なので、定曲率空間を大幅に一般化したと思うことができる。Schoutenとの論文が1926年出版で、この時点では調和解析の片鱗もない。

元々の動機は、今となっては割とどうでもいいものになってしまったけれど、その後、調和解析をやるだけなら、もうちょっと条件の緩い空間でもいいんじゃねと思ったのか何なのか、20世紀中盤〜後半にかけて、
・弱対称空間(Selberg 1956)
・Gelfand pair(Gelfand 1960s?)
・spherical pair(Vinberg&Kimel'feld 1978, Krämer 1979)
・spherical homogeneous space(Brion 1986)
などの概念が現れた。これらは同じようなもので、別に、互いの仕事を認識してなかったというわけでもないようだけど、なんか色々な名前が付いててめんどくさい。

Gelfand pairの心は、不変微分作用素環が可換というものだと思う。Selbergは、弱対称空間が、この性質を持つことを示したそうだ(論文は見てないけど)。Selbergの論文は、Poisson和公式の一般化/Selberg trace formulaにあったそうだ。多分、Selbergの仕事が先っぽいけど、Gelfand pairは、有限群とかも対象になる点で、より一般的なものではある。このへんは、解析学らしさが感じられる話。

一方、spherical pairやspherical homogeneous spaceとかは、なんか関数空間を、G作用で既約分解すると、multiplicity-freeになるという感じのもので、Cartan-Helgasonの定理から、対称空間が、この性質を持つことが分かる。


spherical homogeneous spaceという名前を、最初に使ったのは、Brionという人だと思われる。
Quelques proprietes des espaces homogenes spheriques
https://link.springer.com/article/10.1007/BF01168684

もうちょっと一般化したspherical varietyという用語も、この人が命名したのが、多分、最初っぽい
Spherical Varieties an Introduction
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4612-3702-0_3

私は全然知らなかったけど、spherical varietyの研究は(論文が沢山出てくるので)結構、流行ってるっぽい。このへんの話は、調和解析も表現論も離れて、また違う動機の元で進んでるように見えるので、よく分からない。


で、不変微分作用素環の可換性と、関数空間をG作用で既約分解したらmultiplicity-freeになるのが同値という事実は、色んなバリエーションがある。今の話に関係しそうなとこだと
Multiplicity-free spaces
https://doi.org/10.4310/jdg/1214438422

Compact weakly symmetric spaces and spherical pairs
https://arxiv.org/abs/math/9808039

Weakly symmetric spaces and spherical varieties
https://link.springer.com/article/10.1007/BF01236659

とりあえず、不変式環を見ると、(原理的には)計算できる!と思って安心する