水素原子の表現論

たまたまGoogleで調べ物をしていた時、以下のような記事を見つけた

ある数理化学者のつぶやき
http://j-molsci.jp/article/2007_1/A0013.pdf

d軌道が何故5種類あるのかという質問に対して,水素原子のSchrodinger方程式を解けばLegendre の球面調和関数が答として自動的に出て来るというのでは落第である。われわれの住んでいる3次元の世界にこだわらず,1次元から4次元, 更にその先の次元の水素原子のSchrodinger 方程式の解を並べて眺めて見れば,その角度部分の解の数は簡単できれいな数理に従っていることが分かる

筆者は謹厳実直な数学者ではないから,山勘というカンニングをして,帰納的にこの数理を発見することができた。つまり,微分方程式をエッチラオッチラ解かずに厳密な解の全体像が見えて来るのである

表1を支配している漸化式に気がつけば,4次元の世界ではs,p,d 等の種類が,1,4,9…という平方数になっていること等も分かって面白い。

等とある。元論文は
Number and shapes of the atomic orbitals of four and higher dimensional atoms
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/002228609508826H
らしい。"Schrodinger方程式を解けば出てくる"がNGで、山勘ならOKなのかよと突っ込みたい(実際、現在知られている範囲では、この著者が発見した数理とやらを、ちゃんと証明しようと思ったら、どっかでSchrodinger方程式を解くことが必要になると思う)が、4次元なら、どうなるか少し考える(論文を読んでないけど、多分、表現論は出てこないだろうと思う)



[3次元水素の復習]
3次元水素原子では、主量子数n=1,2,3,...ごとに、電子殻があり、同じ電子殻に入っている電子は、同じエネルギーを持つ。電子殻(K殻・L殻・M殻・N殻・O殻・etc)は、角運動量の大きさに応じて、いくつかの電子軌道(s軌道・p軌道・d軌道・f軌道etc.)に分かれている。電子殻に含まれる電子軌道は、角運動量の大きさが小さいものから順に、電子殻の縮退度に応じて、詰め込めるだけ入っている。こうなる理由の"大部分"は、Schrodinger方程式を解かなくても理解することができる


このへんの話は
ラプラス-ルンゲ-レンツベクトル--Gruppen Pestの始祖的例題
http://ci.nii.ac.jp/naid/40015414821
http://maildbs.c.u-tokyo.ac.jp/~kuniba/atsuo/LRLvector.pdf
などに書いてあって(まぁ割とどこにでも書いてある)、要点は以下の通り


水素原子のSchrodinger方程式を見ると、角運動量以外に、Runge-Lenzベクトルという保存量が存在する。このことは、Schrodinger方程式を解かなくても分かる。角運動量は、空間的な回転対称性からやってくる保存量で、中心力ポテンシャルを持つ系では、いつでも保存量となる。Runge-Lenzベクトルの幾何学的解釈はあるのか知らないけど、古典的なKepler問題にも存在する保存量。それで、ハミルトニアンがE<0(束縛状態:物理の教科書を読んでも、束縛状態の定義は若干曖昧だけど、二乗可積分な固有状態と定義するのが、数学的にはよいように思う。平面波とかは二乗可積分でないので、散乱状態の典型例。物理の教科書に、そういう風に書いてないのは、二乗可積分でない波動関数では、確率解釈が複雑になるからだと思う)の定数倍で作用する固有ベクトル空間に限定すると、角運動量演算子とRunge-Lenzベクトルは、so(4)代数の表現を与え、so(4)代数のquadratic Casimir演算子(以下、quadratic Casimirのことを単にCasimir演算子とか呼ぶ)は、ある定数として作用する。ハミルトニアンのエネルギーEは、Casimir演算子固有値を用いて書くことができる。Casimir演算子が定数倍で作用するということは、E<0が一定の束縛状態のヒルベルト空間は、so(4)代数のある既約表現のいくつかの直和で書けることが分かる(いくつかというのは、0個かもしれないし、2個以上かもしれない)


so(4)の既約表現の分類は、完全に得られているが、全ての既約表現が現れるわけではない。もう一つ重要な条件として、角運動量とRunge-Lenzベクトルは、直交するということがあって、これのおかげで、現れうる既約表現は制限される。so(4)の既約表現は、支配的整ウェイト条件を満たす最高ウェイト
(n,m) , n \geq |m|
で指定される(n,mは共にintegerか共にhalf integer)。角運動量と、Runge-Lenzベクトルが直交するという条件から、m=0が導かれ、対応する既約表現の次元は(n+1)^2となる。n+1が電子殻の主量子数で、つまり、電子殻の主量子数というのは、so(4)の最高ウェイトを指定している。


#別の導出としては、so(4)は2つのso(3)代数の直和であるので、so(4)の既約表現は、so(3)の既約表現のテンソル積で得られる。so(3)の既約表現は、正のhalf-integerを指定するごとに一つ得られる(まぁ、2倍すれば自然数に対応して〜と言っても同じことであるが)ので、正のhalf-integerの組(p,q)に対して、so(4)の既約表現が得られる。この時既約表現の次元は、(2p+1)(2q+1)で、角運動量とRunge-Lenzベクトルが直交するという条件は、p=qに対応する。(p,q)は基本ウェイトを基底にして、最高ウェイトを書いた時の係数で、上の(n,m)とは、n=p+q,m=q-pという対応関係がある


ここまでの話で、主量子数n+1の電子殻のヒルベルト空間は、so(4)の最高ウェイト(n,0)を持ついくつかの既約表現の直和で書けることが分かったけど、各既約表現が何個出てくるかということは、表現論的に知る方法はなくて、Schrodinger方程式を解く(あるいは、Pauliの時は、まだSchrodinger方程式がなかったのでHeisenberg方程式でやっていたようだけど)しかないように思う(状態のHilbert空間を、どう取るかは物理的な理由によって決まるべきもので、表現論の立場から決める原理はないから)。幸いにして、量子力学の講義で習うように、主量子数n+1の電子殻の空間の次元は(n+1)^2なので、次元の計算から、重複度は1と分かる


電子殻の構造は一応分かったので、次にそれぞれの電子殻の中に電子軌道がどのように入っているか考える。この問題を理解するには、もはやSchrodinger方程式は必要ない。電子軌道というのは、角運動量演算子が生成するso(3)代数の既約表現のことであるので、so(4)の既約表現をso(3)の表現に制限して既約分解するという問題が解ければいい。表現論では、これは分岐則として知られていて、so(N)の既約表現をso(N-1)に制限した時の分岐則は古くから知られている(この問題を最初に解いたのが誰か分からないのだけど)。Wikipediaの記事
Restricted representation
http://en.wikipedia.org/wiki/Restricted_representation
の真ん中あたりを参照。これによると、so(4)の最高ウェイト(n,0)の既約表現空間(主量子数n+1の電子殻)は、最高ウェイトがn以下の自然数であるso(3)の既約表現の直和に分解し、各既約表現の重複度は1である。次元を計算すると、(n+1)^2=1+3+5+...+(2n+1)で、当然合っていて、よく知られている結果を得る。そういうわけで、数学的には、主量子数、方位量子数、磁気量子数というのは、それぞれso(4),so(3),so(2)の既約表現を指定するラベルであると言える


ついでに、水素原子の束縛状態全体のヒルベルト空間の表現論的な記述と言うのは知られていて、それはso(4,2)の既約ユニタリ表現空間になっている(これは、SO(4,2)の極小表現の実現を与えるらしい)。so(4,2)の作用は、もうハミルトニアン固有値を保つとは限らないので、symmetryと呼ぶのは適切でないかもしれないけど、symmetryと呼ばれてることもある。spectrum generating algebraという名称もあるらしい。極小表現の幾何学的構成については、
O($p$,2)の極小表現と反転の積分表示
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/26185


#正エネルギーの状態は、散乱状態で、この時、Runge-Lenzベクトルと角運動量のなす代数は、so(3,1)であり、既約ユニタリ表現は自明なものを除けば全て無限次元表現となる。水素原子/Kepler問題の散乱状態は、クーロン散乱という名前で扱われていることが多い。これは、S行列を厳密に決定できるという意味で、解ける問題であるけども、純粋に表現論的に扱っている文献は、(束縛状態のものに比べると)比較的少ない気がする。
On Integrable Systems Related to Semisimple Lie Groups
http://mistug.tubitak.gov.tr/bdyim/abs.php?dergi=fiz&rak=0004-15
では、二次元のCoulomb散乱を含む問題に対して、表現論の言葉で、S行列を定義し、計算している。物理の教科書だと、適当に境界条件決めて、部分波展開して、シュレディンガー方程式を解くと書いてあるもの。表現論的扱いの方が、S行列と対称性の関係は明確だと思う


#エネルギーに応じて、異なるLie代数を考えるのはad hocで気持ち悪いという感覚がある。1979年にHiggs(Higgs粒子の人と同じっぽい)は、2次元球面上でKepler問題を考え、同様に、角運動量とRunge-Lenzベクトルを保存量として見出したが、それらが生成する保存量は、どう制限してもLie環に帰着できそうにない("線形化できない")ということに気付いたらしい。古典的には、保存量の生成するPoisson代数が、線形化できるのは、特殊な状況であることは驚くことでもないけど、対称性を考えるのに、Lie環では狭すぎ、非線形な代数を必要とすることを示唆した。非線形な代数を考えるというのは、普遍展開環では、XY-YX=[生成元の線形結合]という関係式を考えるが、XY-YX=[生成元の非可換な"多項式"]という関係式を持つ代数を考えるということ(表現のテンソル積を考えるために、普遍展開環にはHopf代数構造が入るが、そのへんは、どうなってしまうのかよく分からない)。その後、Higgsの発見した代数は、1990年代に発見された有限W代数の例になっていることが分かった(有限でないW代数の"簡単"な例は、Virasoro代数で、この場合はLie環になっている)
Non-linear finite W-symmetries and applications in elementary systems
http://arxiv.org/abs/hep-th/9503161


#有限W代数が"Hopf代数的"構造(Hopf代数そのものでなくても、例えばweak-quasi Hopf algebraなどでもよいと思うけど)を持つかどうかについて、Mathoverflowで
Is the category of representations of a finite W-algebra monoidal?
http://mathoverflow.net/questions/10572/is-the-category-of-representations-of-a-finite-w-algebra-monoidal
という質問が出ていたりするが、納得のいく解答はないように見える


#水素原子はRegge理論を厳密に確認できる例なので、表現論的観点から、Regge理論を理解してみたいという気もする
Regge Poles for Coulomb Potential from the Dynamical SO(4, 2) Theory
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001198886
とかは、そういう試みだと思うけど、わたしには何を言ってるのか分からない




[4次元水素の場合]
4次元水素を考える前に、そもそも、1/rポテンシャルというのは、3次元のPoisson方程式の解
\Delta(-\frac{1}{4 \pi r}) = \delta(\mathfrak{r})
に由来しているので、$D$次元では、$r^{D-2}$ポテンシャルを使うべきでは?という話があったりするけど、ここで考えるのは、1/rポテンシャルの場合。


#$r^{D-2}$ポテンシャルでは、どうなるか?という問題は
Bound states for one-electron atoms in higher dimensions
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0511078
で考察されている。論文によると、D>3では、束縛状態が存在しないらしい。古典的には、D>3で、$r^{D-2}$ポテンシャルのD次元Kepler問題を考えると、安定軌道が存在しないことをEhrenfestが示したらしい。中心力ポテンシャルの中で、原子や太陽系が安定に存在するためには、1/rポテンシャルが大切であり(束縛軌道や安定軌道が存在する中心力ポテンシャルは他にもあるけど)、3次元では、それは、うまい具合に、Laplace方程式の基本解になっていて、重力やCoulomb力を、よく記述する


それで、そうすると、一般に、$D$次元では、やはり、角運動量とRunge-Lenzベクトルが保存量として存在して、こいつらは直交して、エネルギーEが一定の束縛状態(E<0)は、so(D+1)代数の表現空間になっていることetc.は3次元の時と同様である。とはいえ、so(D+1)代数の既約表現は、so(4)と違うので、どういう表現が現れうるかは別途考察しないといけない。一般の次元を扱うのは面倒なので、4次元の時を考えていく


D=4の場合、so(5)の既約表現は、最高ウェイト
(n,m) , n \geq m \geq 0
で指定される。n,mは共にintegerであるか共にhalf-integer。既約表現の次元は、Weylのdimension formulaから(n-m+1)(n+m+2)(2n+3)(2m+1)/6で、quadratic Casimir作用素固有値は、最高ウェイトベクトルへの作用を見ればよいので、n(n+3)+m(m+1)の定数倍であることが分かる。そして、今回、現れる既約表現は、3次元水素の時と似て、m=0のものに限る

#上の支配的整ウェイトは、基本ウェイトを基底にして書くと
\lambda = n \epsilon_1 + m \epsilon_2 = (n-m) \omega_1 + 2m \omega_2
という風になる。基本ウェイトを基底にして書くと、3次元水素の時との類似性は明確でない


4次元水素の電子殻は、so(5)の最高ウェイト(n,0)の既約表現空間となっている。そして、電子軌道が、どのように入っているかを見るには、角運動量演算子のなすso(4)へ表現を制限して、既約分解すればよい。
Restricted representation
http://en.wikipedia.org/wiki/Restricted_representation
の真ん中あたりの分岐則を見れば、
f_1=n \geq g_1 \geq f_2=0 \geq |g_2|
を満たす
(g_1,g_2)
がso(4)の最高ウェイトとして現れる。整理すると
 n \geq g_1 \geq 0,g_2=0
という条件が得られ、3次元水素の電子殻の記述に出現したso(4)の既約表現が、4次元水素の電子軌道を記述する。検算として、次元が一致しているかどうか見るといい


というわけで、冒頭に述べられていた

4次元の世界ではs,p,d 等の種類が,1,4,9…という平方数になっていること等も分かって面白い。

という結果を、表現論的観点から説明できる。4次元水素を実験的に観察することはできないけど、まぁ妥当な結果と思う


若干話を飛ばしたけど、一般のD次元で、水素原子のシュレディンガー方程式を解くということは、例えば
SO(n+1) Dynamical Symmetry of n-dimensional Hydrogen Atom
http://ir.itp.ac.cn/bitstream/311006/12040/2/SO%28N%2B1%29%20DYNAMICAL%20SYMMETRY%20OF%20N-DIMENSIONAL%20HYDROGEN-ATOM.pdf
などで行われている。やり方としては、3次元の時と同じで、動径方向と球面成分に変数分離して、球面成分は、高次元の球面調和関数(これは、既によく知られているもの)を使って解くというものになっている。Runge-Lenzベクトルと角運動量が生成するso(D+1)代数のCasimir作用素固有値も計算してくれていて、一般のD次元で、自然数nに対応して、Casimir作用素固有値がn(n+D-1)(の定数倍)となる既約表現が現れるらしい。とはいえ、実際に、どういう既約表現が出るのか、これだけでは分からない


5次元以上でも、D次元電子殻と(D+1)次元電子軌道が対応するということが起こってると仮定して、予想を立ててみると、例えば、D=5次元での電子殻は、so(6)代数の最高ウェイト(n,0,0)で指定される既約表現で記述されると期待される(nは自然数)。この場合、分岐則は、Wikipediaカンニングすれば再び容易に分かって、5次元電子軌道は、4次元電子殻とso(5)の既約表現として同値であるということになる。Schrodinger方程式の解と比較して、ちょっと頑張れば、予想が合ってるか調べるのは多分難しくない


結論としては、この予想は正しく、
The MICZ-Kepler Problems in All Dimensions
http://arxiv.org/abs/math-ph/0507028
でMICZ-Kepler問題と言う、Kepler問題の一般化に対して解かれていた。MICZというのは、McIntosh-Cisneros-Zwanzigerという、この問題の発見者の名前から来ているらしい


対称性代数だけでなく、spectrum generating algebraについても、同じ著者によって
Generalized MICZ-Kepler Problems and Unitary Highest Weight Modules
http://arxiv.org/abs/math-ph/0702086

Generalized MICZ-Kepler Problems and Unitary Highest Weight Modules -- II
http://arxiv.org/abs/0704.2936
等で明らかにされている



[余談:相対論的な場合]
再び空間3次元の場合に戻って、問題を相対論化することを考える。数学的には、Schrodinger方程式の相対論的対応物は、Klein-Gordon方程式であるけども、物理的な理由から、Dirac方程式を考える。よく知られているように、水素原子のDirac方程式は、軌道角運動量は保存しないが、全角運動量を保存し、また、Diracが発見したように、Dirac operatorを保存量に持つ。これらは中心力ポテンシャルなら、いつでも保存する。つまり、本質的には、回転対称性からやってくると言っていい。


Dirac方程式のエネルギーの縮退の仕方は、主量子数nと全角運動量jが等しければ縮退している。なので、対称性代数に期待することは、(n,j)に対応して、互いに非同値な既約ユニタリ表現が作れて、Dirac方程式の(n,j)に対応する解空間は、その既約表現の、いくつかの直和になっているというようなこと(まぁ勿論、全ての縮退が対称性に由来するという保証はないけれども)。(n,j)に対応するDirac方程式の解空間は、次元が(2j+1)か2(2j+1)で、Dirac operatorの固有空間として、so(3)のスピンj表現の直和に分解する。従って、全角運動量Dirac operatorだけでは、(n,j)表現と(m,j)表現を一般に区別できない。


別の知られている保存量として、Johnson-Lippmann operatorというのがある。
Exact supersymmetry in the relativistic hydrogen atom in general dimensions -- supercharge and the generalized Johnson-Lippmann operator
http://arxiv.org/abs/quant-ph/0410174
では、一般次元で、Johnson-Lippmann operatorを与え、Runge-Lenz vectorの関係も説明されている。ただ、ここでは、JL operatorとDirac operatorが反交換することを利用して、対称性代数を一種の超Lie代数と見なそうとしてるのだけど、これは、うまくないと思う。JL operatorをA、Dirac operatorをK、HamiltonianをHとすると
$[H,A]=[H,K]=0$
で、Jacobi恒等式より
$[ [A,K],H ]+[ [H,A],K ]+[ [K,H],A ]=[ [A,K],H ]=0$
なので、[A,K]も保存量である。というわけで、この論文は、対称性代数の構造を適切に捉えてないと思う。AK+KA=0という関係式は、非相対論的状況で、Runge-Lenzベクトルと角運動量の直交関係が可能な表現を制限したように、そういう種類の関係式として扱う方がよいのだろうと思う


(2014/02/16追記)
Klein-Gordon方程式/Dirac方程式+Coulombポテンシャルであっても、so(4,2)がspectrum generating algebraとなるらしい。このことを、最初に明らかにした論文は

SO(4, 2)Formulation of the Symmetry Breaking in Relativistic Kepler Problems with or without Magnetic Charges
http://scitation.aip.org/content/aip/journal/jmp/12/5/10.1063/1.1665653
http://materias.df.uba.ar/ft2a2013c2/files/2013/10/HydrogenWithAlgebra.pdf

のようである。論文では、磁場のある場合(MICZ-Kepler問題と同じ設定)についても、同様のspectrum generating algebraが存在することを述べている。


Lie Groups, Physics, and Geometry
http://www.cambridge.org/us/academic/subjects/physics/mathematical-methods/lie-groups-physics-and-geometry-introduction-physicists-engineers-and-chemists
のChapter14にも詳しい説明がある(特に、14.9.3、14.10、14.11)。ここでは、磁場のある場合は扱われていない

著者のHPで、Chapter14は公開されている
http://einstein.drexel.edu/~bob/LieGroups.html



Dirac方程式では、Schrodinger方程式に比べると、縮退が解けているので、"so(4,2)対称性"が残っているのは意外な感じがする。理論の"対称性"が、Hamiltonianと交換する演算子全体よりも広い、というのは
物理に於ける不変性と対称性
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20140130#p2
みたいに、もっと基本的なレベルでも見たことであるけど、Hamiltonianと交換するような対称性代数よりも、spectrum generating algebraの方が基本的であると考えるべきなのかもしれない。


あと気になることとして、
Dirac方程式の場合、スピン自由度の分だけ、束縛状態の個数は"2倍"になっている(無限次元であるが)。なので、束縛状態全体の空間が、so(4,2)の表現として、どういうものになってるのか、よく分からない

・Runge-Lenzベクトルと角運動量の直交性のように、so(4,2)代数を形成する作用素の間には、so(4,2)交換関係とは独立した、非自明な関係式が成立している。そして、これらの関係式は、可能な表現の構造をかなり決定する。数学的には、これらの関係式は、so(4,2)の普遍展開環のイデアルを定め、これは、表現空間に0として作用しなければならない。逆に、このイデアルの構造から、どのくらい表現空間が決定されうるのだろうか(3次元シュレディンガー水素の場合、束縛状態の空間は、so(4,2)の既約ユニタリ表現であったので、このイデアルは、あるprimitive idealである。一般には、与えられたprimitve idealが既約表現を一意に決定するとは限らないけど、一意に決まらないなら、どのくらい自由度があるか知りたい)

物理に於ける不変性と対称性

ガンマ線バースト天体の観測によりアインシュタイン相対性理論の適用限界に挑戦
http://www-heaf.hepl.hiroshima-u.ac.jp/glast/091028press/Hirodai_press.pdf
というプレスリリースの「よくある質問と解答」という項目に

5)「ローレンツ不変」と「ローレンツ対称性」は同じ意味ですか?
解答:同じです

という一文がある


対称性の一つの定義として、時間発展と可換な変換=Hamiltonianを不変にする変換というのがある。この定義からすると、対称性は、古典力学なら、HamiltonianとPoisson可換な関数、量子力学なら、Hamiltonianと可換な演算子によって生成される。通常、古典力学量子力学ではHamiltonianは(ある意味で)任意に与えられるけど、一方、いわゆる相対論的場の量子論では、Hamiltonianというのは、Poincare代数の生成子の一つに過ぎない。例えば、構成的場の量子論の公理とかを見ると、Hilbert空間にPoincare群が作用していることみたいな条件が付いている。Stoneの定理によれば、強連続1パラメータユニタリ群を生成する自己共役作用素がただ一つ存在するので、自動的に、Poincare代数の表現を得る(上の言葉でいえば、大域的な対称性に対して、無限小対称性が一意に存在するということで、表現論的には、単に、群の表現を微分しただけ)。そして、Poincare代数の時間並進の無限小生成子がHamiltonianになるので、構成的場の量子論の公理には、明示的にHamiltonianの存在が要求されてない(本当は、Poincare群の表現としてしまうと、半整数スピン表現が出ないという問題があるので、常にPoincare代数の表現を扱うべきと思う)


#参考)場の量子論の数学的解析
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/110507


それで、対称性というのは、Hamiltonianと交換する演算子のことだったのだけど、Poincare代数の時間並進演算子=Hamiltonianは、Poincare代数の中心元ではない。具体的には、Lorentz boostと可換でない(要するに、エネルギーはLorentz不変でない)
Poincare group
http://en.wikipedia.org/wiki/Poincar%C3%A9_group#Technical_explanation
などを参照。そういうわけで、ここで出てくるPoincare代数は、上に書いたような意味での対称性ではないという問題が起きる


物理の教科書的な一般論としては、上のようなPoincare代数の作用は、Noetherの定理によって作られる(とされる)。Lagrangianが、Lorentz不変であるとすると、保存カレントとして、エネルギー・運動量テンソル角運動量密度テンソルが得られ、これを積分して得られるNoether電荷は、\phi(x)を何か、スカラー場としたとき
[P_{\mu} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i} \partial_{\mu} \phi(x)
[J_{i} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i} \epsilon_{ijk}(x_{j} \partial_{k} - x_{k} \partial_{j})\phi(x)
[K_{i} , \phi(x)] = \frac{\hbar}{i}(x_{0}\partial_{i} + x_{i} \partial_{0})\phi(x)
を満たす。この関係式は
Wightman Axioms
http://ncatlab.org/nlab/show/Wightman+axioms#wightman_axioms
のaxiom5の無限小バージョン。Poincare群でなく、Poincare代数を使う方が、物理の教科書の記述とも対応関係が明確になる。


まぁ、これは本来古典場に対する表式を与えるだけなので、量子場に対する証明と言っていいのか微妙なところはある。場の量子論のHilbert空間は、(形式的には)真空状態に生成・消滅演算子を、どんどん作用させて得られ(ゲージ対称性があると、BRST簡約などの操作が入るが)、このHilbert空間に作用する(物理的に意味のある)演算子は、粒子の生成・消滅演算子を使って書けるべきで、そういうものを得ようと思ったら、古典場に対する式を眺めながら、多少勘を働かせて生成・消滅演算子で書く必要があると思う。場の量子論の教科書で、自由場の第二量子化などの項を見ると、Hamiltonianや運動量演算子を、生成・消滅演算子を使って明示的に書いてあるのを見かけるけど、あれが、Poincare代数の生成子の一部となっている(はず)。ともあれ、Lagrangian formalismから見ると、Lorentz不変性とLorentz対称性は同じだといえる


#Wightmanの公理の場合、Stoneの定理から、Poincare代数の生成元が得られるけども、それが、生成・消滅演算子を使って書けるようなことは保証されない。これは以下の話と同じ
Noetherの定理の成立条件
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20120606#p2


で、この微妙な食い違いの原因は何で、operator formalismに於いて、正しい対称性を、どうやって得ればいいのか。Lorentz boostがHamiltonianと交換しないので、相対論化が原因のようにも見えるけど、同じ問題は、古典力学でも起きる。非相対論的な場合、ガリレイ群・ガリレイ代数を考えることになるけども、この場合でも、Galilean boostが存在し、時間並進演算子=Hamiltonianと可換でない。Galilean boostは、x->x-vtという変換に相当する。残りの生成子は、運動量と角運動量であり、基本的な保存量と認識されている。そういうわけで、見方によっては、古典力学の段階ですら、Hamiltonianを基本に据えることは若干の問題がある
Galilean transformation
http://en.wikipedia.org/wiki/Galilean_transformation#Central_extension_of_the_Galilean_group


ところで、E-p^2/2mは、ガリレイ代数のCasimir演算子で、これはSchrodinger方程式を与える演算子である(質量mは中心拡大として与えられる)。Casimir演算子は、ガリレイ代数の全ての演算子と可換なので、時間項も含めた自由Schrodinger方程式の対称性は、ガリレイ代数で記述されると言える(シュレディンガー方程式は、これが0として作用することを要求するが、それは対称性とは独立した条件)。相対論的な場合、対応するCasimir演算子はKlein-Gordon operatorである(ちなみに、ガリレイ代数でも、Poincare代数でも、独立なCasimir演算子が、もう一つ存在する)。次元を見ると、Schrodinger operatorもKlein-Gordon operatorも本質的にはエネルギーの(べき乗の)次元を持ち、これらの演算子をHamiltonianと呼んでいることもある。Hamiltonianをそのように定義すると、Hamiltonianと可換な変換として対称性を得られる。場の量子論でも、Klein-Gordon operatorはHilbert空間に作用するが、これをHamiltonianと呼ぶのは混乱の元という気がする。


それに、ガリレイ代数/Poincare代数のCasimir演算子の対称性は、ガリレイ代数/Poincare代数ですっていうのは、数学的にはトートロジーで、インチキだし、特定のCasimir演算子を選ぶ根拠もない。結局、対称性は導出されるものでなく、基本的な法則の一つであって、Hamiltonianは、その生成子の一つに過ぎないという展開にする方が、数学的な理解としてはスムーズだと思うし、Wightmanの公理は、そうなってるわけである(Lagrangianを不変にするという定義は、量子論では不十分であり得る)


#冒頭のプレスリリースの「よくある質問と解答」1)には、Lorentz不変性というのは、光速度不変の原理のことだと書いてある

#普通Lorentz群というのは、SO(3,1)ないしO(3,1)を指して、Poincare群は、それに並進を付けくわえたものであるので、Poincare群やPoincare代数が作用する場合は、Poincare invariance/Poincare symmetryとか呼んだ方がよさそうなもんであるけど、Lorentz対称性とかLorentz不変性の方が、通りが良い


具体的に、古典力学で、ガリレイ不変性からHamiltonianを得る、最も簡単な例は以下のように得られる
(x,y,z,p_x,p_y,p_z,t,E,m)の9つの生成元からなる可換環
\{p_x,x\}=\{p_y,y\}=\{p_z,z\}=\{t,E\}=1
otherwise=0
という関係式でPoisson括弧を定め(時間・エネルギーの関係式だけ順序が逆なのはミスではない)
J_x=yp_z - zp_y , J_y = zp_x - xp_z , J_z = xp_y - yp_x
C_x=p_xt - mx , C_y=p_yt - my , C_z=p_zt - mz
という量を定義すると(E,p_x,p_y,p_z,J_x,J_y,J_z,C_x,C_y,C_z,m)は、閉じたPoisson代数をなし、(中心拡大された)ガリレイ代数と同じ関係を満たす。数学的には、ガリレイ代数の対称代数からのPoisson準同型が作れるということで、これはPoisson代数にガリレイ群が作用していることから作られる"運動量写像"(今考えている相空間はsymplecticではないが)のことと解釈できる。今の場合、ハミルトニアンは、Eそのものであるけど、これは、単に最も簡単な例に過ぎないので、一般には、座標としてのエネルギーとHamiltonianは一致してる必要はない(場の量子論でも似たようなことはあって、生成消滅演算子は、エネルギー・運動量でindexされてるけど、自由場でない時、これらは、ただのラベルである)。


実際のニュートン力学は、上の相空間全体で定義されるわけではなく、2mE-p^2=0という部分空間上で定義される。この左辺は、上のガリレイ代数のCasimir関数で、ガリレイ不変な拘束条件なので、対称性を壊さない(ガリレイ不変な拘束条件は、他にもありうるので、Casimir関数に取ったのは"偶然")。まぁ、非相対論的な質量殻条件とも思える。普通、古典力学で相空間を考える時、時間やエネルギーは座標ではないのだけど、時間やエネルギーも座標に入れると、ガリレイ代数が自然に得られる


量子力学では、Hamiltonianと共役な時間演算子が存在しないので、時間・エネルギー不確定性関係を、厳密に示すことができないという有名な話がある。時間演算子がないと、自由粒子のGalilean boost演算子が作れなくなって困るけど、古典力学の話とパラレルに考えるなら、最初から、エネルギーと時間の正準交換関係を持ったCCR代数(量子論では、Poisson代数は、ある種の非可換環に置き換わる)を導入することになる(位置と運動量については、通常通り)。そして、ハミルトニアンの自然な表現として
H = i \hbar \frac{\partial}{\partial t}
を取ることができる。今考えているCCR代数は、通常のように、R^3上の関数に作用するでなく、R^4上の関数に作用する。更に、ニュートン力学と同様、ガリレイ不変な拘束条件
2mH -(p_x^2+p_y^2+p_z^2) = 0
を、後から入れることになる(これはCCR代数の中での関係式であって、当然、CCR代数の表現として与えられた微分作用素としては、一般に0でない。これが0として作用する表現のみが、物理的に意味があるということ)。この拘束条件は、自由粒子シュレディンガー方程式を与える。確率解釈という点から見ると、自然さがなくなるが、Klein-Gordon方程式も確率解釈に支障が出たので、まあいいんでないか(適当。特殊相対論や相対論的量子力学でも、ガリレイ不変性がLorentz不変性に置き換わるだけで、形式的には同じ。こうして見ると、古典力学から場の量子論まで、物理のやってることは、割とワンパターンである


疑問1:流体力学は、ガリレイ不変な古典場の理論であるが、上のような運動量写像を作れるのか
疑問2:一般相対論は、Lorentz不変な古典場の理論として、定式化できるのか



#冒頭に"通常、古典力学量子力学ではHamiltonianは(ある意味で)任意に与えられる"と書いたのだけど、ウソで、物理としては、古典力学量子力学でも、場の量子論と同様、何らかの代数の生成子になっていなければいけない

#数学や数理物理では、Hamiltonianは、別にガリレイ不変性やLorentz不変性からやってくるという保証は、特にない(個別の例をチェックしてみたわけではないが、bihamiltonian structureみたいな用語があるし)。物理的な設定は数学にとっては狭すぎるので、違う用語を使えばいい気もするけど、慣習的に、物理の用語を流用している



(追記)相互作用のある古典力学系の例:
相互作用が距離のみに依存する2体問題を考える。


相空間の座標を(q_1,q_2,q_3,q_4,q_5,q_6,p_1,p_2,p_3,p_4,p_5,p_6,t,E)として
\{p_i , q_j\}=\delta_{ij}
\{t,E\}=1
otherwise=0
でPoisson括弧を入れる(質量は座標でなく、定数として扱う方がよい気がしてきたので、そうする)


1つ目の質点の座標が(q_1,q_2,q_3,p_1,p_2,p_3)で、残りは2つ目の質点の座標。質量は、$m_1$,$m_2$とし、系の全エネルギーは
H = \frac{1}{2m_1}(p_1^2+p_2^2+p_3^2) + \frac{1}{2m_2}(p_{4}^2+p_{5}^{2}+p_6^{2}) +V(r)
r=\sqrt{(q_1-q_4)^2+(q_2-q_5)^2+(q_3-q_6)^2}
で書けるとする(Vは適当な関数)


ガリレイ代数の生成子は、運動量とGalilean boost演算子
P_x = p_1+p_4 , P_y = p_2+p_5 , P_z=p_3+p_6
C_x = (p_1+p_4)t-(m_1q_1+m_2q_4) , C_y=(p_2+p_5)t-(m_1q_2+m_2q_5) , C_z=(p_3+p_6)t-(m_1q_3+m_2q_6)
etc.で(角運動量は、普通の角運動量)
\{C_x ,P_x\}=\{C_y , P_y \}=\{C_z , P_z\}=m_1+m_2
が、ガリレイ代数のcentral chargeを与える


それで、EもHも単体では、ガリレイ代数と交換しないが、E-Hはガリレイ代数と交換する(ガリレイ不変であるだけなら、これは、0である必要はない)。これが、相互作用のある2体問題のガリレイ対称性の意味。当然、普通の古典力学では、E-H=0として、相空間を制限する。0なんだから、ガリレイ代数と交換して当然と思うのは間違いで、適当な拘束条件を入れても、対称性と両立しない。相互作用のある場合は、E-Hは、ガリレイ代数の外にあって、Casimir演算子とかではない。まぁ、これで別に何か新しいことが分かるというわけでないけど、tとEを座標に入れておかないと、Hamiltonian形式では、ガリレイ対称性を適切に捉えられないだろうという話