防御力の物理〜cavity expansion model

弓矢の貫通力
https://m-a-o.hatenablog.com/entry/2019/09/22/185608

に書いたcavity expansion modelは、由来を、ちゃんと調べなかったけど、起源は、1945年の論文

[1] The theory of indentation and hardness tests
https://doi.org/10.1088/0959-5309/57/3/301

にあるらしい。オリジナルのcavity expansion modelは、延性破壊を起こす材料を対象とした、比較的単純なモデルだけど、その後、色々な魔改造の末、土壌や脆性材料への適用や、時間依存性を考慮した計算(dynamic cavity expansion model)なども現れたという経緯っぽい

著者は、R.F.Bishop , R.Hill , N.F.Mottとなっていて、Mottは、Mott散乱公式やMott転移、Mott絶縁体に名前が残っている物理学者Mottと同一人物っぽい。Mottは、自伝を書いていて(絶版になってるっぽいけど、日本語訳も出ている)、戦時中は、軍事研究に携わったことが書かれているけど、この論文について、明示的な言及は別にない

cf)科学に生きる―ネビル・モット自伝
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4532062748

R.Hillは、おそらくRodney Hillで、塑性力学の分野では、そこそこ知られた名前のようである。Rodney Hillについては、以下に詳しく書かれている

Rodney Hill. 11 June 1921 — 2 February 2011
https://royalsocietypublishing.org/doi/abs/10.1098/rsbm.2014.0024

"In 1943 he moved to the Armament Research Department at Fort Halstead in Kent, for three years. Here he was involved in, for example, the modelling of armour penetration by projectiles."だそうな。cavity expansion modelも、装甲の弾丸による貫通を調べる過程で生まれたのかもしれない。

R.Hillは、1950年に以下の本を出版している。

The Mathematical Theory Of Plasticity
https://www.amazon.co.jp/dp/0198503679

日本語訳もあったが、絶版らしい

塑性学 (1954年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B000JB7J1I

R.F.Bishopという人のことは、よく分からない。


論文[1]のタイトルにある"indentation and hardness tests"は、押し込み硬さ試験(Indentation hardness tests)のことではあるんだろうけど、通常の押し込み硬さ試験より荷重を大きくしていって、押し込み深さが非常に深くなるような、穿孔に近い状況を調べているっぽい。

いわゆる押し込み硬さは、Brinell硬度とかVickers硬度とかで、くぼみができるまで圧子を押し付けて測定する。圧子の大きさと比べて、そんなに深くは押し込まないと思う。押し込み硬さの歴史はそんなに古くなくて、1900年に、スウェーデンのBrinellが導入したBrinell硬さが、現在使われてる中で、一番古い基準らしい。何故か有名なモース硬度とかは、もっと古くからあるけど、あんまり定量的ではない。


論文[1]で扱われてる対象は、穿孔機(先端形状は、円錐で、先端の角度は複数ある)を、非常に深く押し込んだ時の(単位面積当たりの)抗力で、論文[1]のFigure3とFigure4で与えられた実測結果から、深さが十分であれば、それはある一定値に収束すると見なせそうではある。この抗力の大きさは、論文で使っている材質(hardened copperとannealed copperと書いてある)では、降伏応力の4〜5倍に達する。

Figure3とFigure4の結果では、極限抗力は、多少幅があるけど、おおまかには、100tons/sq.inch.程度っぽい。単位がわかりづらいけど、100[tons/sq.inch]=1.0e3*100*9.8/(25.4*25.4)=1520[N/mm^2] = 1520[MJ/m^3]程度。これは、銅なので、前回の銃弾によるスチールの貫通抗力よりは、小さくなっている。

前回と同じく、比較として、単位体積の銅を融解するのに必要な熱エネルギーを見ておくと、比熱(※)は、常温以上の金属では、大体、3R≒25(J/mol/K)で、融点が1000度強らしいので、融点まで熱するのに、ざっくり25(kJ/mol)で、融解熱が13.26(kJ/mol)とある。モル質量が63.55(g/mol)で、密度が8960(kg/m^3)から、8960*(25+13.26)*1.0e-3/63.55e-3≒5400(MJ/m^3)程度だろう。1520/5400=0.28…で、割合としては、球状弾でスチールを貫いた時より、多少小さいけど、大きな差はない

※)面倒なので、Dulong-Petit則が使える定積比熱を用いてるけど、定圧比熱を使うほうが適切な気はする。常温の固体では、定積比熱と定圧比熱は大差なくても、高温では、それなりの差が出る可能性がある。けど、オーダーを見るだけなので気にしない

穿孔の手段として、現代だとレーザーなんかもあると思うけど、エネルギー的には、レーザーより、ずっと効率がよさそう。


この抗力の大きさを見積もるための論文[1]の方針は、以下のように書かれている。

Denoting ths maximum load by p_0 A, where A is the area of the cross-section of the punch, it is found that p_0, for a lubricated punch is about twice the hardness, or five times the yield stress, of the work-hardened material. A theoretical method is given for calculating p_0, as follows : the pressures p_c, and p_s, required to enlarge a cylindrical and a spherical hole in a material showing any kind of strain hardening can be calculated. It is plausible to assume that p_0, should be between p_c, and p_s, and since p_s, is only slightly greater than p_c, an approximate theoretical estimate of p_0, is obtained. This is in good agreement with experiment.

抗力の大きさは、hardnessの二倍とか書いてある。このhardnessが何を指してるのか明言されてないけど、何らかの押し込み硬さだろうと思う

cavity expansion modelで計算する力は、物体内に作られた円筒状あるいは球状の穴の径を拡大する時に受ける力であって、穿孔機がプレートを貫く時の抗力とかとは(少なくとも、見かけ上は)違うものである。plausibleとか言ってるので、Bishop-Hill-Mottの主張も、それほど強い根拠があってのものでもなさそう

なので、安易に同一視しないため、論文では使われてない用語であるけど、p_cをcylindrical cavity expansion pressure、p_sをspherical cavity expansion pressureと呼んでおく。

また、摩擦については本文内に言及はあるものの見積もれないと書いてある。


論文[1]の計算では、線形硬化弾塑性体(降伏応力以下では、線形弾性体で、降伏応力以上でも、ひずみと応力に一次の関係式が成立する。降伏応力以上で、ひずみの応力に対する比例係数を塑性係数と呼ぶ)を仮定した計算を実行しているけど、他のモデルを利用することもできる。ただ、塑性係数を0にしても比較的影響は小さいようなので、真面目に扱ってみても、大した意味はないかもしれない。

計算の主要な部分、特に、cylindrical cavityに関する部分は、1931年出版の

Plasticity: A Mechanics Of The Plastic State Of Matter
https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.166225/page/n213

という本に既に書かれている。この本は、塑性力学に関する、(少なくとも、英語で書かれたものとしては)世界最初の教科書らしい。The thick-walled tubed under internal pressureというタイトルの章がある。論文[1]独自の部分には、妥当性の疑わしい議論が含まれると思う。

論文は、古い時代のもあって、よく分からない計算が含まれているので、現代の適当な教科書を見たほうがいい。塑性力学の教科書は沢山はないけれど、日本語で読めるものから探すと、必要な計算の(全てではないが)殆どは、例えば、

基礎塑性力学 (実用理工学入門講座)
https://www.amazon.co.jp/dp/481730149X
http://www.nissinpb.co.jp/jitsuyorikogaku-kikai.htm#%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%A1%91%E6%80%A7%E5%8A%9B%E5%AD%A6

の6.4節、6.5節とかに書いてある。


spherical cavityの場合、球の中心からの距離をsとして、cavity半径がaであるとし、 a \leq s \leq cを塑性領域、c \leq sを弾性領域とする。

Poisson比を\mu < 0.5として、弾性領域c \leq sでは、問題なく、consistentな解
u(s) = \dfrac{(1+\mu)Y}{3E}\left( \dfrac{c^3}{s^2} \right)
\sigma_r(s) = -\dfrac{2Y}{3}\left( \dfrac{c}{s} \right)^3
\sigma_{\theta}(s) = \dfrac{Y}{3}\left( \dfrac{c}{s} \right)^3
\epsilon_{r}(s) = -\dfrac{2(1+\mu)Y}{3E}\left( \dfrac{c}{s} \right)^3
\epsilon_{\theta}(s) = \dfrac{(1+\mu)Y}{3E}\left( \dfrac{c}{s} \right)^3
が見つかる。uはradial displacementで、Eはヤング率、Yが降伏応力etc.。\sigma_{r},\sigma_{\theta},\epsilon_r,\epsilon_{\theta}は、radial stress, tangentical stress, radial strain, tangentical strain。

現在の大抵の教科書は、球全体の半径bを有限としているが、式が複雑になるので、単に、b→∞の極限を取った。弾性領域の計算は、古典的な弾性論通りなので、特に問題はない

これらの関数が満たすべき条件は、いくつかある(Hookeの法則とか平衡方程式とか)けど、全部書くと面倒なので省略。降伏条件は、Misesの降伏条件でもTrescaの降伏条件でも同じで
\sigma_{\theta}(c) - \sigma_{r}(c) = Y
を採用している。

弾性領域と塑性領域の境界に於いて
u(c) = \dfrac{(1+\mu)Y}{3E}c
であるけど、金属などでは、ヤング率は降伏応力よりずっと大きいので、u(c)/cは小さい。

塑性領域の体積が空洞形成前後で不変だと仮定すると
\dfrac{4\pi}{3}(c^3 - a^3) = \dfrac{4\pi}{3} (c-u(c))^3
で、近似的に
u(c) \approx \dfrac{a^3}{3c^2}
となって、
\left( \dfrac{c}{a} \right)^3 = \dfrac{E}{(1+\mu)Y}
が導ける。

塑性領域a \leq s \leq cで平衡方程式
 \dfrac{d \sigma_r}{ds} = \dfrac{2(\sigma_{\theta} - \sigma_r)}{s}
が成立して、塑性係数が0なら、塑性領域に於いて
\sigma_{\theta}(s) - \sigma_{r}(s) = Y
となって、平衡方程式を積分して、応力が弾塑性領域境界で連続だと仮定すると
\sigma_r(s) = \sigma_{r}(c) - 2Y \log(\dfrac{c}{s}) = -\dfrac{2Y}{3} - 2Y \log(\dfrac{c}{s})
と計算できる。

知りたいcavity expansion pressureは、cavityと塑性領域の境界位置s=aに於ける-\sigma_{r}(a)の値なので、塑性領域に於ける歪みの詳細が分からなくても、欲しい答え
P = \dfrac{2Y}{3} + 2Y \log(\dfrac{c}{a})
が得られる(\dfrac{c}{a}は既に決定した)。

論文[1]では、塑性係数が0とは仮定していないので、かなり乱暴に、塑性領域での歪みを決め打ちしているけど、弾塑性領域境界での連続性も成立してないし、空洞・塑性領域境界では発散しているので、あまり鵜呑みにできない。しかしまぁ、計算された結果を信じるなら、
 P = \dfrac{2Y}{3} + 2Y \log(\dfrac{c}{a}) +\dfrac{2\pi^2}{27}A
となる。但し、Aは塑性係数。



前回計算した"破断エネルギー(密度)"と比較されるべき量は、(cavity expansion pressureではなく)弾性変形領域に蓄えられている歪みエネルギーと塑性仕事の和を、cavityの体積で割った量になるはず。cavity形成に投入されたエネルギー(銃弾による貫通の場合は、着弾時運動エネルギー)は、弾性域のひずみエネルギー+塑性仕事+その他散逸に等しい。その他散逸というのは、表面摩擦熱などだけど、今は無視する

塑性仕事の計算には、塑性歪み増分を知る必要があるけれど、塑性係数が0の時は、適当な仮定を置くことで、塑性域の歪み(とradial displacement)をモデル化する方法がある(論文[1]には書いてないけど、教科書"基礎塑性力学"には書いてある)。

塑性領域では
\epsilon_r = \dfrac{1}{E} \left(\sigma_r - 2\nu \sigma_{\theta}\right) - \dfrac{2}{3}(\sigma_{\theta} - \sigma_{r})\phi
\epsilon_{\theta} = \dfrac{1}{E} \left( (1-\nu)\sigma_{\theta} -\nu\sigma_r \right) + \dfrac{1}{3}(\sigma_{\theta} - \sigma_{r})\phi
の形の歪みを仮定しても矛盾は、ない。\phiは関数で、それぞれ、歪みの第一項は、Hookeの法則と同じ形なので、弾性歪み成分と呼ばれ、第二項は塑性歪み成分と呼ばれる。

特に、この形の歪みは、
\epsilon_r + \epsilon_{\theta} = \dfrac{1-2\nu}{E} (\sigma_r + 2\sigma_{\theta})
を満たす。radial displacementは
\epsilon_r(s) = \dfrac{du}{ds} , \epsilon_{\theta}(s) = \dfrac{u}{s}
を満たすように決める。既に、応力は計算したので、これらの条件から、歪みを決められる。具体的には
\phi(s) = \dfrac{3(1-\nu)}{E} \left( \dfrac{c^3}{s^3} - 1 \right)
となり、歪みの塑性成分は、
\epsilon_r^{(p)}(s) = \dfrac{-2Y}{3} \phi(s)
\epsilon_{\theta}^{(p)}(s) = \dfrac{Y}{3} \phi(s)
のように決まる。

計算したい量は、半径aのcavityを準静的に形成する塑性仕事W(a)で、塑性仕事増分は、
\dfrac{dW}{da} = \displaystyle \int_{a}^{c} 4\pi s^2 \left( \sigma_r(s) \dfrac{d\epsilon_{r}^{(p)}}{da} + 2\sigma_{\theta}(s)\dfrac{d\epsilon_{\theta}^{(p)}}{da} \right) ds
と求まるだろう。
c^3 = \dfrac{E}{(1+\nu)Y} a^3
に注意すると、(当然、W(0)=0なので)私の計算では
W(a) = \dfrac{4 \pi a^3}{3} \dfrac{6(1-\nu)Y}{1+\nu} \log(\dfrac{c}{a})
となった。 ポアソン比が、0.5なら、
W(a) = \dfrac{4 \pi a^3}{3} (2 Y \log(\dfrac{c}{a}))
となって、弾性変形による歪みエネルギー(この計算は、弾性論の範疇なので省略)をcavity体積で割った量が、丁度、2Y/3なので、足すとspherical cavity expansion pressureに等しくなる。

金属とかだと、ポアソン比は、0.3〜0.4くらいだったりするので、塑性仕事+弾性歪みエネルギー/空洞体積の値は、spherical cavity expansion pressureより、もう少し大きい値になる。文献では見当たらない結果なので、見なかったことにしよう(まぁオーダーは合ってるし...

実際のとこ、c/aは定数としているけど、弾丸がプレートを貫通する前とかは、a=c=0で、これらの仮定の妥当性が疑われる。また、c/aが上で決めた値と違っても、定数であれば、W(a)は空洞体積に比例するので、c/aが素早く定数値に近付くのであれば、結果は少し変わるけど、計算自体に変更は要らない。例えば
\left( \dfrac{c}{a} \right)^3 = \dfrac{E}{3(1-\nu)Y}
であれば、
W(a) = \dfrac{4 \pi a^3}{3} (2 Y \log(\dfrac{c}{a}))
が(ポアソン比に依らず)常に成り立つ。



加えられた塑性仕事の大部分は、熱として散逸する(らしい)。もし、空洞形成が(熱伝導より)素早く起きるなら、塑性仕事を塑性域の体積で割って、更に比熱で割ると、塑性域の温度が何度くらい上昇するか見積もれそうに思える。金属の場合、塑性域の体積は空洞体積よりずっと大きいので、簡単のため、塑性域体積+空洞体積で割る。どうせ概算なので、ポアソン比は0.5としておく。すると
W(a)/(\dfrac{4 \pi c^3}{3}) = \dfrac{3Y^2}{E} \log(\dfrac{c}{a})
で、E=200(GPa)とY=500(MPa)を採用すると、19(MJ/m^3)くらいの塑性発熱があるだろう。鉄の場合は、比熱が3.5[MJ/m^3/K]程度なので、ざっくり5度くらいの温度上昇がある計算になる。

ヤング率も降伏応力も、温度によって変化する(なので、鉄を溶かせなかった時代でも、熱した鉄を叩いて加工できた)が、5度くらいなら影響を無視できるだろう

現在では、高速な塑性変形で材料加工する際の温度変化を計測して、塑性変形量を計測する技術というものが存在するっぽい

高速変形試験(4)~高速変形時の加工発熱分布の計測技術~
https://www.jfe-tec.co.jp/jfetec-news/27/5p.html

cylindrical cavityでもspherical cavityでも、cavity周りに塑性領域が存在すると考える点では同じだが、c/a(塑性領域半径/空洞半径)の値は、ヤング率、降伏応力、ポアソン比が同じ場合でも結構違う。例えば、上のE=200(GPa)、Y=500(MPa)、ν=0.5だと、cylindrical cavityでは、c/a≒15.2で、spherical cavityでは、c/a≒6.4なので、弾丸が装甲を貫いた時に、穴の周囲に、どれくらいの大きさの塑性領域が形成されるか分かれば、どちらのcavity modelに近いか判定する基準になるかもしれない



論文[1]では、(cold-workedとあるので、冷間加工した)銅に対して、
降伏応力Y=285(MPa)
塑性係数A=100(MPa)
Young率E=130(GPa)
Poisson比ν=0.34
という値を使って(応力などの単位は、tons/sq.inchなので、換算した)いて、spherical cavity expansion pressureはP=1375(N/mm^2)程度となる。穿孔機での実測値と比較するとオーダーは合ってる

論文[1]のFigure7で、軟鋼に対する応力歪み曲線が掲載されていて、鋼のヤング率は、大体200GPaくらい、ポアソン比は0,3くらいで、それ以外の値は、私が目視で読み取った限り、
降伏応力Y=275(MPa)
塑性係数A=350(MPa)
Young率E=200(GPa)
Poisson比ν=0.3
で、spherical cavity expansion pressure=1600(MPa)=1600(N/mm^2)となる。論文著者たちの計算だと、120[tons/sq.inch] ≒1960[N/mm^2]程度。計算に使った値が書かれてないけど、まぁ、こんなものだろう



前回のマスケット銃に対するGrazテストでは、ブリネル硬さ290のcold-worked mild steelを使ったとか書いてあった

出典:Material Culture and Military History: Test-Firing Early Modern Small Arms
https://journals.lib.unb.ca/index.php/MCR/article/view/17669/22312

引張強度(近似値)換算で、965(MPa)程度と思われるが、降伏応力の値は分からない。引張強度が400(N/mm^2)のSS400という鋼材だと、降伏応力が235~245(N/mm^2)と規格で決まってるので、ざっくり、引張強度の60%程度である。965(MPa)の60%で、Y=580(MPa)として、A,E,νは上記の値を流用すると、spherical cavity expansion pressure P=2800(MPa)と計算され、Grazテストの破断エネルギーとオーダーは合ってる(勿論、偶然かもしれない)

同じパラメータを使って、cylindrical cavity expansion pressureだと、P=2350(MPa)程度。

表を再掲。前回書き忘れた(元論文には書くまでもないのか何も言及されてない)けど、銃弾の素材は、(密度を計算すると)鉛っぽい。

銃器 試験 運動エネルギー "破断エネルギー" 着弾速度(m/s)
"Doppelhaken" G 284 PS100 1779.6J 3138(MJ/m^3) 305
"Doppelhaken" G 358 PS100 2992.7J 2335(MJ/m^3) 349
Matchlock LG 1514 PS30 1241.7J 3467(MJ/m^3) 378
Matchlock LG 1514 PS100 605.7J 3382(MJ/m^3) 264
Wheellock RG 33 PS30 2333.2J 3347(MJ/m^3) 394
Wheellock RG 33 PS100 1238.0J 2664(MJ/m^3) 287
Wheellock RG 117 PS30 660.2J 2779(MJ/m^3) 349
Wheellock RG 117 PS100 307.0J 2539(MJ/m^3) 238
Wheellock RG 272 PS30 1874.9J 3898(MJ/m^3) 342
Wheellock pistol RP 2895 PS30 602.4J 2754(MJ/m^3) 355
Flintlock STG 1287 PS30 2269.8J 2560(MJ/m^3) 406
Flintlock STG 1287 PS100 1166.1J 2630(MJ/m^3) 291
Flintlock STG 1288 PS30 2032.8J 3131(MJ/m^3) 390
Flintlock STG 1288 PS100 1055.3J 2438(MJ/m^3) 281
Flintlock STG 1316 PS30 2458.3J 3368(MJ/m^3) 391
Flintlock STG 1316 PS100 1324.5J 2722(MJ/m^3) 287
Flintlock STG 1318 PS30 2806.5J 2917(MJ/m^3) 426
Flintlock STG 1318 PS100 1438.6J 2991(MJ/m^3) 305
Flintlock pistol STP 1128 PS30 753.8J 2633(MJ/m^3) 323
アサルト・ライフル58 PS100 2801.5J 4824(MJ/m^3) 770
アサルト・ライフル77 PS100 1375.0J 5987(MJ/m^3) 874
Glock80ピストル PS30 467.9J 3444(MJ/m^3) 342

Grazテストでは、スプルース(木材の一つ)をターゲットにしたデータもあるので、同様の計算をしてみる

銃器 試験 運動エネルギー "破断エネルギー" 着弾速度(m/s)
"Doppelhaken" G 284 PW100 1779.6J 41.0(MJ/m^3) 305
"Doppelhaken" G 358 PW100 2992.7J 49.4(MJ/m^3) 349
Matchlock LG 1514 PW30 1241.7J 53.0(MJ/m^3) 378
Matchlock LG 1514 PW100 605.7J 40.6(MJ/m^3) 264
Wheellock RG 33 PW30 2333.2J 52.9(MJ/m^3) 394
Wheellock RG 33 PW100 1238.0J 66.6(MJ/m^3) 287
Wheellock RG 117 PW30 660.2J 42.1(MJ/m^3) 349
Wheellock RG 117 PW100 307.0J 30.8(MJ/m^3) 238
Wheellock RG 272 PW30 1874.9J 46.4(MJ/m^3) 342
Wheellock RG 272 PW100 1083.6J 43.7(MJ/m^3) 260
Wheellock pistol RP 2895 PW30 602.4J 45.5(MJ/m^3) 355
Flintlock STG 1287 PW30 2269.8J 89.0(MJ/m^3) 406
Flintlock STG 1287 PW100 1166.1J 63.4(MJ/m^3) 291
Flintlock STG 1288 PW100 1055.3J 61.0(MJ/m^3) 281
Flintlock STG 1316 PW30 2458.3J 51.8(MJ/m^3) 391
Flintlock STG 1316 PW100 1324.5J 37.0(MJ/m^3) 287
Flintlock STG 1318 PW30 2806.5J 63.8(MJ/m^3) 426
Flintlock STG 1318 PW100 1438.6J 52.5(MJ/m^3) 305
Flintlock pistol STP 1128 PW30 753.8J 46.2(MJ/m^3) 323
アサルト・ライフル58 PW100 2801.5J 120.0(MJ/m^3) 770
アサルト・ライフル77 PW100 1375.0J 187.8(MJ/m^3) 874
Glock80ピストル PW30 467.9J 54.7(MJ/m^3) 342

材料力学的パラメータは
Wood, Panel and Structural Timber Products - Mechanical Properties
https://www.engineeringtoolbox.com/timber-mechanical-properties-d_1789.html
に、
ヤング率E〜10(GPa)
降伏応力Y〜70(MPa)
とあるけど、降伏応力が破断エネルギーより大きい。そんなわけ無いと思うのだけど、木材の強度は、方向依存性があって、繊維に直交する方の降伏応力は、もっとずっと弱いようだ。cavity expansion modelは等方性を仮定したモデルなので、そのままでは適用できない


論文[1]の実験だと、抗力がサチるには、(穿孔機の直径と比較して)ある程度の深さまで、押しこむ必要があるっぽい。一方、Grazテストでは、直径1cm程度の弾丸で、数mmのプレートを貫通するという状況がメインなので、最大抗力が発揮されるのか謎である

論文[1]より少し前に、BetheやG.I.Taylor、プレートの厚みが比較的薄い状況を念頭に置いてモデル化を試みている。

まず、Betheは1941年、

Attempt of a Theory of Armor Penetration
https://books.google.co.jp/books/about/Attempt_of_a_Theory_of_Armor_Penetration.html?id=AYzkwgEACAAJ&redir_esc=y

という報告を書いてるけど、オンラインでは読めないっぽい。これに対して、G.I.Taylorは、Notes on H.A. Bethe's "Theory of armor penetration"という文書を書いていて、ネット上で読むことができる。G.I.Taylorの結果は、Betheのものとは少し違うようだけど、極端な差はないらしい

Notes on H.A. Bethe's "Theory of armor penetration", I. Static penetration,
https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/1009963.pdf

Notes on H.A. Bethe's "Theory of armor penetration", II. Enlargement of a hole in a flat sheet at high speed
https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/1009965.pdf

この2つの報告より、戦後に書かれた以下の論文を読む方がいいかもしれない。

The formation and enlargement of a circular hole in a thin plastic shee
https://doi.org/10.1093/qjmam/1.1.103

cavity expansion modelでは、空洞の周囲に、塑性変形領域と弾性変形領域の二層ができると考えていた。G.I.Taylorは、プレートの厚みが薄いことにより、空洞の周囲では、厚みが増大するとし、厚みの増大が無視できない塑性変形領域、厚みの増大が無視できる塑性変形領域、弾性変形領域の三層で考えている(Betheも、同様の仮定を採用したようだ)。

一番内側の厚みの増大が無視できない塑性変形領域では、軸中心からの距離sに於ける厚さh(s)を、新しい変数として導入している。プレートは薄く、完全に貫通している状況を考えているので、計算するべきは、抗力ではなく、穴を形成するのに必要なエネルギーということになる。

G.I.Taylorの議論の詳細は見てないけど、結論は、"the work done in expanding to a given radius"が式(81)に書いてあるけど、単位体積あたりの破断エネルギー/降伏応力は、1.33になるらしい。これだと、Grazテストの結果とは合わなそうに思える。モデル化自体に問題はない気がするので、塑性仕事の計算を間違えてるんじゃないかと思うけど、面倒くさいので、詳細は確認してない



ちなみに、G.I.Taylorの1946年の講義録(?)

THE TESTING OF MATERIALS AT HIGH RATES OF LOADING
https://www.icevirtuallibrary.com/doi/pdf/10.1680/ijoti.1946.13699

には、以下のように書いてある。

Lead bullets weighing from 1.8 gram to 2.7 grams were fired from B 0.22-inch rifle at the mid-point of the anvil. We found that the lead behaved like a fluid, spreading out in a thin film over the plane surface of the anvil. me measured the force exerted by the bullet and found it to be, in fact, just what a fluid jet of diameter 0.22 inches and the density of lead would exert.

I have already mentioned that a lead bullet fired at a speed of about 1,OOO feet per second produces a thin spray of lead on striking a steel target, just as a jet of water would. To understand in a quantitative way what happens when impact occurs at such speeds would, in general, be beyond the power of our present analytical methods, even if we knew beforehand the stress-strain characteristics of the material.



もうひとつ、上の話とは直接関係ないけど、800m/s〜2500m/sの高速度領域ではあるが、タングステンカーバイド製の非常に硬い球状の弾丸による貫通深度の実測値が以下の論文に記載されているのを見つけた。

[2]Penetration of HSLA-100 steel with tungsten carbide spheres at striking velocities between 0.8 and 2.5 km/s
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0734743X03000800

ターゲットのHSLAプレートは、Table3によれば、
ヤング率E=197(GPa)
降伏応力Y=730(MPa)
Poisson比ν=0.29
らしい。流石に塑性係数は記載されてないので、0としておくと、spherical cavity expansion pressureはP〜3100(MPa)である。

この論文で使用している弾丸は、直径6.4mmの球状弾丸で、タングステンカーバイドの密度は、14.9(g/cm^3)とTABLE3に記載されているので、弾丸質量は、2.045(g)程度

実際の実測値は、Table2を見ると、まず、速度が1000m/s程度までは、形成されたクレーター直径は、弾丸直径と殆ど変わらないようであるが、それ以上では、クレーター直径の増大が起きるらしい。高速になるにつれて、貫通深度は伸び悩むのに、クレーター直径は、ますます大きくなる。

データに含まれるクレーター体積のデータを使って、衝突時の運動エネルギー/クレーター体積によって"破断エネルギー密度"を計算してみる。データは、12個の異なる速度のものがあるけど、そのうち、8個を気分で選んで計算した結果が以下

Shot 速度(m/s)  体積(ml) 破断エネルギー 深さ(mm)
1 830 0.11 6404(MJ/m^3) 4.57
3 980 0.16 6138(MJ/m^3) 5.46
4 1270 0.27 6872(MJ/m^3) 7.09
6 1500 0.35 6574(MJ/m^3) 8.51
8 1910 0.5 7461(MJ/m^3) 8.53
9 2150 0.73 6475(MJ/m^3) 8.41
11 2460 0.93 6654(MJ/m^2) 9.50
12 2550 1.0 6649(MJ/m^3) 9.60

破断エネルギー密度のばらつきは、Grazテストの計算結果よりも小さく、ほぼ一定っぽい。spherical cavity expansion pressureと比較すると、まぁ、二倍くらい?

これくらいずれるとなると、Grazテストの時とは、大きく異なることが起きてる可能性があるが、弾丸材質が違うせいということもありえる(プレートの材質も微妙に違うけど、こっちの差は小さそうに思える)

[3]Impact Phenomena at High Speeds
https://aip.scitation.org/doi/10.1063/1.1722215

[4]Crater Formation in Metallic Targets
https://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.1723437

などの古い論文を読むと、様々な材質の球を1000m/sから5000m/s(もしくは750m/sから2250m/s)まで加速して、同じターゲットに衝突させると、形成されたクレーター体積と弾丸の運動エネルギーの比は、弾丸の材質が同じなら一定値を取るということが書いてある。どちらの論文も、単位が、m^3/jouleになっているが、逆数を取ると

弾丸材質 [4]TABLE I [3]TABLE II
亜鉛 1700MJ/m^3 5000MJ/m^3
960MJ/m^3
1700MJ/m^3
3600MJ/m^3
Steel 9000MJ/m^3
200MJ/m^3 610MJ/m^3
Brass 1000MJ/m^3
マグネシウム 1390MJ/m^3
1250MJ/m^3
アルミニウム 1300MJ/m^3
Wax

という感じ。かぶってる材質が殆どないが、亜鉛、鉛では、比率が大体、1:3になっていて、この違いは、プレート側の材質に依存するものだろう。鉄とSteelは一応、区別した

鉛と鉄、あるいは、鉛とsteelでは、10倍以上違いが出てるので、論文[2]の結果とGrazテストの結果の差は、弾丸速度の差によるものかなぁという気がする


高速衝突で見られる破壊モードは、いくつかあるとか書いてあったりする(プラグ破壊とかスポール破壊とか...)けど、意味のある分類なのか、よく分からない

cf)スポール破壊条件の研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms1963/41/468/41_468_1396/_article/-char/ja/

The interrelation of failure modes observed in the penetration of metallic targets
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0734743X84900010

以下には、アルミニウム合金プレートに、900m/sから1500m/sの弾丸を打ち込んだ時、衝突速度の増大に伴って、破壊モードが、プラグ破壊からdiscingに変化したとか書いてある

Thick AA7020-T651 plates under ballistic impact of fragment-simulating projectiles
https://doi.org/10.1016/j.ijimpeng.2015.08.001

(論文[2][3]を信じるなら)ある程度の高速度領域に於いて、装甲と弾丸材質が同じなら、着弾速度に依存しない破断エネルギー密度が出るのは、不思議なことではあるが、破壊モードの違いにも関わらず、破断エネルギー密度が一定なのだろうかとか、色々疑問は沸くけど、細かいことは、よく分からない。

これらの値を(解析的に)計算できるモデルは、ないようである。また、運動エネルギーが同じなら、柔らかい弾丸の方が、大きなクレーターを形成できるようだけど、これもなんだか不思議な気がする