分子動力学での融点・沸点の計算

アルゴンの分子動力学計算
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20130917#p3
の疑問について。


アルゴン原子集団を、固体から加熱していった時と、気体から冷却していった時で、融点・沸点がずれるというのを書いたけど、過冷却とか、そのへんの話らしい。過冷却?とかいうのは思ったんだけど、このへんの話を全然理解してなかった


バブルジェットプリンタの開発
http://www.nagare.or.jp/publication/nagare/archive/2005/6.html
http://www.nagare.or.jp/download/noauth.html?dd=assets/files/download/noauth/nagare/24-6/24-6-s03.pdf


『液体の沸点とは,液体の飽和蒸気圧が大気の圧力に等しくなる温度であり,この温度を境として,低温では液体状態の方が熱力学的に安定であり,高温では気体(蒸気)状態の方が安定である.従って,液体の温度が沸点を越えると,ただちに液体から気体への相転移すなわち沸騰がおこるように思われるかもしれない.しかしながら,液体中に蒸気相を作るためには,液体と蒸気の界面を形成するための余分のエネルギーを必要とするため,液体から蒸気への相変化の途中でポテンシャル障壁Wが現れる』

『液体から蒸気への相転移は,液体分子の熱運動によって密度に揺らぎが生じ,ある確率で臨界気泡の大きさ程度の蒸気領域が形成されることによって起こると考えることができる.これは,一次相転移における核生成現象の一例である.古典的な核生成理論によると,相転移の起こりやすさ(単位時間・単位体積当たりの核生成確率)は,N(σ/m)^{1/2} exp(W/kT) の程度と見積もられている.ここに,N は分子密度,m は分子質量,k はボルツマン定数である.』

#σは液体中にできた蒸気泡の表面張力で、Wはポテンシャル障壁

『一方,日常的な現象の中では,例えば,水を鍋で加熱すると,100℃で,簡単に沸騰してしまう.これは,空気などが鍋底のくぼみなどに潜んでいて,初めから気相が存在し,沸騰の核となるためであると考えられている.清浄なビーカーを用いて水を沸騰させると,沸点では沸騰せず,かなり高温になってから突沸することがあるのは,沸騰の核となるようなものがないからである』


まぁ、MDは、通常不純物とかないし、ある意味理想的な状態であるので、むしろ、こうなるのが普通であるらしい。一応、過冷却の限界は液滴サイズに依存するらしいけど、増加の仕方は相当緩やかで、上記のように巨視的な系でも、過熱・過冷却はある程だし、なかなか普通にMDやっても、(熱力学的な)融点・沸点は再現しないと。実験的には、相転移が一次か二次かの判定には、ヒステリシスの有無を確認するのが重要らしいので、前回の計算では、それが見えていると言えなくもない?


#どうでもいいけど、本文中にある"数pl の液滴を一秒あたり数万回噴射"って凄い。1pL=10^(-12)L=10^(-15) m^3なので、直径10^(-5)m=10μmオーダーと考えると、大体酵母のサイズくらい



Structural transformation in supercooled water controls the crystallization rate of ice
http://www.nature.com/nature/journal/v479/n7374/abs/nature10586.html
これは過冷却の話。32768個(32^3)の水分子を、色々考慮に入れて、MD(?)計算したところ、-48度まで凍らずに冷却できたという話。水の過冷却限界は、どこまで下がるのかみたいなことを調べたかったらしい


核生成と界面
http://ist.ksc.kwansei.ac.jp/~nishitani/Lectures/Kyoto/Solidification/nucleation.pdf
Gibbsに始まって、1930年代にBeckerさんという人が古典的核生成理論というのを集大成として、まとめたらしい。周期境界条件を課したMD計算だと、(表面とかないので)均質核生成が起きるという理解でいいんだろうかと思ったけど、古典的核生成理論は界面を形成するエネルギーがうんたら言ってることからも、原子100個程度の系に適応していいのか怪しい。まぁ、そもそも100原子程度で凝固とか沸騰とか出るってのもアレではあるが、Wikipedia
古典理論の問題点
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E7%94%9F%E6%88%90#.E5.8F.A4.E5.85.B8.E7.90.86.E8.AB.96.E3.81.AE.E5.95.8F.E9.A1.8C.E7.82.B9
という項があって、『CNT(古典的核生成理論)は分子の巨視的性質を微視的な動きに適用できることを前提としているが、これは10分子程度からなる小さなクラスタの密度・表面張力・飽和蒸気圧などを扱う際に破綻する。また、核周辺での粒子の相互作用も考慮されていない。』と書いてあった。



過飽和気体における核生成過程の大規模分子動力学計算

  • はじめて室内実験との直接比較を実現-

http://www.hokudai.ac.jp/news/130905_pr_lowtem.pdf

北大、高精度な過飽和気体の凝縮核生成モデルの構築手法を開発
http://news.mynavi.jp/news/2013/09/06/145/index.html

Large Scale Molecular Dynamics Simulations of Homogeneous Nucleation
http://arxiv.org/abs/1308.0972

LAMMPS を用いた気相からの凝縮核生成過程の大規模分子動力学計算
http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/tech/report_2012/05tanaka.pdf

『核形成過程は物質が相変化する際に起きる物理現象であり、気象学(雲粒形成)や工学(ナノ粒子形成)などといった幅広い分野で研究対象となっており、その古典理論は核形成過程の巨視的な記述を与え広く用いられているが、同理論が与える核生成率は室内実験で得られる実験値から数桁以上もずれることが指摘されており、定量的に信頼できる理論モデルは未だ存在していなかった』
『同理論の問題点として、核生成の際に形成される臨界核の表面エネルギーの評価に巨視的な表面張力を用いるなど、分子レベルの効果を無視している点が挙げられており、その効果を明らかにするために、これまで分子の微視的な運動を計算することにより核生成現象を解析する分子動力学法が用いられてきたが、通常の計算規模は千から数十万分子程度であり、計算できる温度および圧力の範囲は狭い領域に限られるという課題があった』
『気体からの凝縮過程について,超並列計算機を用いて80 億分子までの大規模計算を行いました。その結果,室内実験条件と同様の低過飽和状態においてアルゴンガスの核生成を定量的に再現することに成功しました。核生成過程を決めるナノサイズの臨界核の形成エネルギーを分子動力学計算によって実測した』
80億分子とか、個人ではとても無理だが、まぁ、やっぱり古典的核生成理論は、定量的には色々ダメっぽいと。これ、見ると、上の水の過冷却を見たとかいうNatureの論文しょぼくね?という気がするのだけど。


あと、MD計算にLAMMPSというのを使ってるけど、
[lammps-users] LAMMPS vs GROMACS
http://lammps.sandia.gov/threads/msg05365.html
によれば、数コアしかないような計算機環境では、Gromacsの方が速いが、並列数を増加していった時には、LAMMPSの方がスケールするはず的なことが書いてある。まぁ、普通の計算機環境しかない人は、Gromacs使っとけば、とりあえず最速ではある?



このあたりの話題は、全然勉強したことなかったけど、工業的には、結構重要な話があるっぽいし、なかなか面白い