中性極性分子の分子間相互作用

一応前回の続きのような
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20121217#p2


[前置き]
一般に、中性分子間に働く引力は、
・配向力=双極子・双極子相互作用
・誘導力=双極子・誘導双極子相互作用
・分散力=双極子モーメントの量子論的な揺らぎに起因する双極子間相互作用
の3種類がある。双極子相互作用なので、どれも強さは距離の6乗に反比例する。無極性分子なら、上の2つの効果は0で、分散力のみが残る。こういうことは、物理化学の教科書とかに書いてある(多分)。まぁ、こんなこと知らなくても、現代では、低分子なら、そこらのPCで適当なプログラムにデータ放り込めば、分子間相互作用を計算できるのだけど。よい時代になった


で、わたしは、何となく、一般的な極性分子では、分散力が一番弱くて、配向力が一番強いのだと思っていた。。検索してみると、そう書いてある資料も見つかった。それにまた配向力の影響が大きいからこそ、極性分子ではLennard-Jonesポテンシャルによる記述は当てはまらないのだとも思っていた(まぁ、そもそも多原子分子ではLJポテンシャルだけでは内部自由度を考慮できないという方が問題の気もするけど)。けど、
http://www003.upp.so-net.ne.jp/asami/DS2.pdf
の15ページの表とか
http://books.google.co.jp/books?id=r-IpcdGJMJEC&printsec=frontcover&source=gbs_ge_summary_r
の84ページの表とか見ると、少なくとも低分子では分散力が支配的なことが多い。例外は、水分子で、配向力が分散力よりずっと強い。メタノールアンモニアなんかでも、配向力は分散力より弱いけど、かなり強い部類。このへんは、いわゆる水素結合で沸点が分子量に比べて高いと言われる分子たちで、双極子モーメントも大きいと言われている。


まぁ単純に、分子間距離が同じであれば、同一双極子間の相互作用エネルギーは、双極子モーメントの4乗に比例する。双極子モーメントの強さが半分になるだけでも、相互作用エネルギーは1/16になる計算。水と一酸化炭素では双極子モーメントが10倍以上違うので、双極子間相互作用エネルギーは10000倍以上変わってくる。なので、配向力というのは、分子によって、物凄く幅があって、殆んどの場合、分散力より弱い。最近は、低障壁水素結合とかいう、プロトンの量子効果が効いてくるタイプの強い水素結合もあるけど、生体内化学反応とかの際に見られる結合で、今は、特に関係なく、水素結合は、双極子間相互作用に由来すると思って、よいはず



[量子化学計算]
というわけで、理解が浅薄だったのだけど、そうすると、極性の小さい分子では、LJポテンシャルで近似していいのか、という思いが沸いてきた。折角なので、Gamessで計算して、適当に検討してみる


やることは、LJポテンシャルを
\phi(r)=4\epsilon [(\frac{\sigma}{r})^{12} - (\frac{\sigma}{r})^6]
とした時、引力項は、近似的に
4\epsilon \sigma^6 = C_{total} \approx C_{orient} + C_{ind} + C_{disp}
と分解できるはず。右辺は、それぞれ、配向力、誘導力、分散力成分で、分子の双極子モーメントをμとすると、自由回転近似の下で
C_{orient} = \frac{\mu^4}{3(4 \pi \epsilon_{0})^2 k_{B} T}
となる。前回同様、LJパラメータの見積もりをできて、分子の双極子モーメントも計算できるので、上の表と比較して、定性的に合ってれば、まぁいいかという手順。かなり適当だけど



構造最適化と双極子モーメントの計算をまずやる。一酸化炭素、水、アンモニア、塩化水素をやってみた

 $contrl runtyp=optimize scftyp=rhf mplevl=2 $end
 $basis gbasis=n31 ngauss=6 diffsp=.true. ndfunc=1 $end
 $guess guess=Huckel $end
 $data
CO molecule....
Cs

C 6 0.0 0.0 0.0
O 8 1.0 0.0 0.0
 $end
 $contrl runtyp=optimize scftyp=rhf mplevl=2 $end
 $basis gbasis=n31 ngauss=6 diffsp=.true. ndfunc=1 $end
 $guess guess=Huckel $end
 $data
H2O molecule....
Cs

H 1  0.75 0.58 0.0
H 1 -0.75 0.58 0.0
O 8 
 $end
 $contrl runtyp=optimize scftyp=rhf mplevl=2 $end
 $basis gbasis=n31 ngauss=6 diffsp=.true. ndfunc=1 $end
 $guess guess=Huckel $end
 $statpt HSSEND=.T. $end
 $data
ammonia :modified from exam27.inp
C1
NITROGEN    7.0   0.0000000000   0.0000000000   0.0000000000
HYDROGEN    1.0  -0.4882960784   0.8457536168   0.0000000000
HYDROGEN    1.0  -0.4882960784  -0.8457536168   0.0000000000
HYDROGEN    1.0   0.9765921567   0.0000000000   0.5000000000
 $end
 $contrl runtyp=optimize scftyp=rhf mplevl=2 $end
 $basis gbasis=n31 ngauss=6 diffsp=.true. ndfunc=1 $end
 $guess guess=Huckel $end
 $data
HCl molecule....
Cs

H 1 0.0 0.0 0.0
Cl 17 1.0 0.0 0.0
 $end

計算値
一酸化炭素:0.191103(Debye)
水:2.326926(Debye)
アンモニア:1.864453(Debye)
塩化水素:1.553513(Debye)


文献値
一酸化炭素:0.11(Debye)
水:1.85(Debye)
アンモニア:1.46(Debye)
塩化水素:1.04(Debye)


定性的には正しいけど、、計算値の方が、過大評価される。理由は不明


で、一酸化炭素の場合に、分子間相互作用エネルギーを計算する。多少の試行錯誤の後に

 $contrl runtyp=optimize scftyp=rhf mplevl=2 $end
 $basis gbasis=n31 ngauss=6 diffsp=.true. ndfunc=1 $end
 $guess guess=Huckel $end
 $statpt HSSEND=.T. $end
 $data
CO dimer....
C1
C    8.0   0.0   3.0   0.0
O    6.0   0.0   4.5   0.0
C    6.0   0.0   0.0   0.0
O    8.0   0.0   0.0   1.5
 $end

から

 C           8.0   0.0051950271   3.2763243334   0.2357135288
 O           6.0  -0.0038569911   4.3624247848  -0.1469560191
 C           6.0   0.0001095011  -0.2533821365   0.1601210209
 O           8.0  -0.0014475371   0.1146330183   1.2511214695

という最適化された配置を得る。E_tot=-226.0590936999(hartree)
r_m=3.94Åで、σ=3.51Å。ε=0.00083542039999429107(hartree)=0.00364*10^(-18)(Joule)
これらの値を元に
C_total = 4εσ^6=27.2*10^(-78) (J・m^6)
で、文献値より4倍くらい大きい。が、これは飽くまで最大値で、。実際に測定される分子間相互作用エネルギーは、色んな配置で平均化された値なので、こんなもんかもしれない。真面目に距離を保ちつつ配置を変えて、分子間相互作用エネルギーを評価していってもよいのだけど、流石にそろそろ飽きてきた。まぁ、LJポテンシャルに外挿しても、結構いけんじゃね的な



[マクロな物性の推定の妥当性]
経験的ポテンシャルから、マクロな物性値を評価する汎用的な方法は、古典MDかPIMDだと思う。まあ、大抵の場合、両者の結果は大体一致するはず。が、内部自由度の扱いがアレなので却下


一応、一部の物性値は、他の手段で推定できることも結構ある。例えば、希薄気体の粘性係数は、Chapman-Enskogの式を使うとか
http://en.wikipedia.org/wiki/Viscosity#Viscosity_of_a_dilute_gas
LJポテンシャルでも、衝突積分の近似式は知られているけど、計算がだるいので、剛体球を仮定すると、衝突積分は1になる。そうすると、粘性係数はσ^2に逆比例する。上で計算したCOのσの値と、前回計算した窒素のσの値は、かなり近いのだけど
http://www.geocities.jp/jj0ovt/Kagaku/bussei/bussei.htm
にある、気体の粘度の表で、一酸化炭素と空気(多分窒素の粘性と大体同じだろうと思う)が非常に近い値を取っていて、まぁ、COくらいなら、LJポテンシャル近似は妥当なのか、という