スピン3以上のゲージ場(2)曲率の高スピン類似

(参考文献)The unitary representations of the Poincare group in any spacetime dimension
https://arxiv.org/abs/hep-th/0611263


以下では、自然数の分割[n_1,...,n_k]という記号を使う。この時、n_1 >= n_2 >= ... >= n_k > 0となっている。

で、物理の(一部の)人の間では、以下のような表は常識っぽい

GL(n) SO(n)
分割[s] 対称テンソル "ゲージポテンシャル"
分割[s,s] "曲率"の一般化 "共形曲率"の一般化

sは正整数で、classical field theoryなら、実係数で考えるべきで、quantum field theoryの場合は、複素係数で考えるべきなのだろうと思う。特に係数の取り方に依存する話はしないので、GL(n)の列は、対応するYoung symmetrizerの(右からの作用による)像を指しているとする。これは、係数の取り方によらず定義できる。

SO(n)の列は、GL(n)の列のトレースレス成分であると解釈する。トレースを取る(テンソルを縮約する)には、計量を決める必要があり、Euclid的な内積ならSO(n)であるけど、Lorentz的な内積なら、SO(n-1,1)とする必要がある。計量の符号に依存する話はしないので、SO(n-p,p)とか書く方が正確かもしれない。これは複素係数でもちゃんと定まる。こというわけで、表の各項目は、GL(n)の有限次元既約表現や、SO(n)の有限次元表現(既約でないことがある)を指している。Fulton-Harrisの6章とか19.5節も参照

nが3以下の時も、基本的には、同じ考えでいいけど、原則として、nは4以上ということにしておく。また、以下では、GL(n)やSO(n)の分割λに対応する表現(対応するYoung symmetrizerの像に定まる表現)を、λ-表現と呼ぶことにする。


SO(n)の[s]-表現は、ランクsの対称トレースレステンソルの空間であり、整数スピンsの場=ランクsの対称トレースレステンソルの場というのは、物理でも、よく使われている定義。分割[1]の場合は、ただのベクトル表現だから、微分一形式が値を取る空間と思ってもいい

正整数sは、気持ち的には、物理のスピンを表す量だけど、上の表は、特に次元に依存する部分は何もない。一方、スピンの定義は、ポアンカレ群の既約ユニタリ表現の分類に現れるラベルであり、4次元の場合は、誘導表現の構成によって、SO(3)の有限次元既約表現を分類するラベルでもある(フェルミオンのことは考えない)。次元が高い場合は、SO(3)の部分は、SO(n-1)になるので、その有限次元既約表現は、単一の整数でラベルされない。こうして、4次元以外では、スピンという概念が何を指しているかは曖昧である。

しかし、4次元以上の場合でも、SO(n-1)の分割[s]に対応する有限次元表現を考えることはでき、誘導表現として構成される既約ユニタリ表現が、物理学者が、高次元で、スピンsのboson場と見なしているものだと思う。このような場は、Lorentz群SO(n-1,1)のある有限次元表現に値を取る場と見なすことができるが、その有限次元表現は、やはり、同じ分割[s]に対応する有限次元表現を考えればいいようである。これは、ランクsの対称トレースレステンソルの空間になっている。高次元で、物理の人が、masslessなランク2の対称(トレースレス)テンソル場を重力子だとか言ってる背景は、こういうことだと思う

次元があがると、SO(n-1)の既約表現は、もっと多様になり、例えば、分割[2,1]とかに対応する表現なんかも出てくる。


曲率の部分は、GL(n)の[2,2]-表現空間がRiemann曲率テンソルが値を取る空間となっていることの類似である。

cf)物理に於ける代数的なテンソル計算の例
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20170131#p1

algebraic curvature tensorsと呼ばれていることもあるけど、この用語を使い始めたのが誰なのか分からなかった。最近、GoodmanとWallachの本"Symmetry, Representations, and Invariants"にも、この話が載っているのを見つけた。
Symmetry, Representations, and Invariants (Graduate Texts in Mathematics)
https://www.amazon.co.jp/dp/1441927298
彼らは、the main result in this section(section10.3のこと)を、Besseという人の"Einstein manifolds"(初版は1987年)という本(Chapter 1,section G)から得たと書いており、Google booksで検索した所、このBesseの本で、'the vector spaces of "algebraic cuvature tensors"'という用語が使われていた。というわけで、algebraic curvature tensorsという用語は、少なくとも1987年には存在していたようである。用語ができる前から、このような考え方自体は知られていたと思われる。

元々の幾何学的な動機からすれば、Riemannテンソルは、O(n)-構造の可積分性の障害であって、G-structureの一般論に従って、algebraic cuvature tensorsのベクトル空間はSpencerコホモロジーの言葉で定義できると期待される。のだけど、実際に見てみると、この定義では、Riemannテンソルの代数的性質の一つR_{abcd}=R_{cdab}がどこから来るのか、私には分からなかった…。勿論、これはRiemannテンソルの基本的性質だし、それ以外の代数的性質は、この方法で導くことが出来る。何にせよ、この幾何学的な定義からは、高スピンへの一般化を見つけるのは難しいと思う。

どういうわけか、algebraic cuvature tensorsのベクトル空間=GL(n)の[2,2]-表現空間と見なせる。スピン1の場合、曲率に相当する場は、単なる微分二形式で、ランク2の交代テンソルの空間=GL(n)の[1,1]-表現空間に値を取る。以上のことから、一般の正整数スピンsに対応する"曲率"は、GL(n)の[s,s]-表現空間に値を取る場と類推することができる。特に良い文献とかは見当たらないけど、この定義自体は、以前にも考えている人はいる。こうして、スピン1と2の場合に存在した幾何学的なイメージとは全く異なる方向に目を向けることで、曲率の高スピンへの一般化を考えることができる。

共形曲率は、曲率のトレースレス成分で、スピン2の場合は、Riemannテンソルに対するWeylテンソルに相当する。スピン1の場合は、共形曲率と曲率に違いはない。共形構造の構造群であるCO(n)ではなく、SO(n)を取っているのに、共形曲率という名前を使っていいのか疑問だけど、気にしないことにする。まぁ、曲率/共形曲率のような用語を濫用するより、higher spin Riemann tensor/Weyl tensorと呼んだほうがいいかもしれない。最近(?)は、conformal higher spin theoryというものも調べられていて、higher spinにおける共形曲率も、使われているようである。

SO(n)の列に関しては、Poincare群のユニタリ表現と結びついた根拠がある(Poincare群と結びつくのは、SO(n)というより、Lorentz群SO(n-1,1)というべきだが)。[s]-表現の方は、既に上に書いたけど、[s,s]-表現でも、これは同様。曲率と共形曲率のどちらも、ランク2sのテンソルとして実現できるけど

スピン3以上のゲージ場(1)
http://d.hatena.ne.jp/m-a-o/20170409#p3

で出てきているのは、共形曲率の方。Poincare群の表現を調べる限り、共形曲率があれば十分っぽいように思えるのだけど、一般相対論では、Weylテンソルよりも、Riemannテンソルが重要であると考えられている。しかし、GL(n)の列は、SO(n)の列ほどには、Poincare群の表現論と強く結びついてはいない。GL(n)の列にある表現空間は、SO(n)の列にある空間を含んでいるので、無関係ではないけれども、GL(n)の表現が重要なのは不思議な気がする。



n=3の時、GL(3)の[2,2]-表現は、自明なトレースレス成分しか持たない。つまり、SO(3)の[2,2]-表現は、0次元表現となる。これは、3次元では、Weylテンソルが恒等的に0になるという事実に対応している(3次元に於いて、Riemannテンソルの自由度は6だが、Ricciテンソルもランク2の対称テンソルなので、自由度は6であり、Ricciテンソルが恒等的に0でない限りは、それ以外の自由度が出る余地はない)。Weylテンソルが常に消えることは、3次元重力がtopologicalだと言われる理由らしい


曲率は、ポテンシャルを使って書くことができ、スピン1の場合は、単に
F_{ab} = \partial_a A_{b} - \partial_b A_{a}
で、微分一形式から二形式への外微分とも理解できる。一階の微分演算子は、GL(n)のベクトル表現をなす。物理の人は、運動量空間で見ることを、よくやるけど、その場合は、運動量ベクトルと、ポテンシャルがなすベクトルのテンソル積を取って、既約成分の片割れを取ったものと解釈できる。GL(n)のベクトル表現は、[1]-表現なので、二つの[1]-表現のテンソル積は、対称成分である[2]-表現と反対称成分である[1,1]-表現に分解される。

スピン2の場合は、ポテンシャルの一階微分を取っても、曲率は出ない。しかし、二階微分を取ったものの線型結合で書ける。運動量の二次多項式がなす、GL(n)の[2]-表現と、ポテンシャルが値を取る[2]-表現のテンソル積を取って、直和分解すると、GL(n)の[4]-表現、[3,1]-表現,[2,2]-表現が出るので、最後の[2,2]表現へ射影したものが曲率と見なせる。一応、次元だけ見ておくと、[4]-表現は、n(n+1)(n+2)(n+3)/24,[3,1]-表現は、(n-1)n(n+1)(n+2)/8,[2,2]-表現は、n^2(n^2-1)/12で、足すと、n^2(n+1)^2/4で、これは、[2]-表現の次元の二乗になっている。

一般に、スピンsの場合も同様で、運動量のs次多項式のなすGL(n)の[s]-表現と、スピンsのポテンシャルが値を取る[s]-表現のテンソル積を取って、[s,s]-表現へ射影したものとして、曲率とポテンシャルの関係式が得られる。


ポテンシャルを微分したように、曲率の一階微分たちを、直和分解することを考えると、スピン1の場合は、GL(n)の[1]-表現と[1,1]-表現のテンソル積で、GL(n)の[2,1]-表現と[1,1,1]-表現の直和となる。後者の[1,1,1]-表現への射影は、微分二形式を外微分して、微分三形式を得る操作に対応している。これが、0になるというのが、Maxwell方程式の半分で、Bianchi identityと呼ばれていることもある。残りの半分は、GL(n)の[2,1]-表現の方にいる。これを、SO(n)あるいはSO(n-1,1)へ制限すると、SO(n)の[2,1]-表現と[1]-表現の直和に分解する。こうして出てきたSO(n)の[1]-表現は、微分一形式が値を取る空間と解釈できる。この成分が、電流に等しいというのが、Maxwell方程式の残りの半分になっている。

スピン2の場合、Riemannテンソルを一階微分すると、GL(n)の[3,2]-表現と[2,2,1]-表現部分に分解する。[2,2,1]-表現への射影が0になるという条件は、second Bianchi identityと呼ばれている。スピンsの場合、GL(n)の[s,s]-表現と運動量ベクトルがなす[1]-表現のテンソル積表現を、GL(n)の[s,s,1]-表現へ射影すると、0になるという条件は、スピンsのBianchi identityと呼んでいいだろうと思う。"identity"という名前ではあるけど、別に、一般の場合は、0になるという保証はない


Maxwell方程式について考える。Maxwell方程式なので、SO(n)の代わりに、明示的にSO(n-1,1)と書くことにする。曲率の一階微分は、n^2(n-1)/2個の成分がある。一階微分を取る操作は、SO(n-1,1)の[1,1]-表現に値を取る場から、SO(n-1,1)のn^2(n-1)/2次元表現に値を取る場への(SO(n-1,1)-作用と可換な)線形変換と見なせる。この像が、一般にどうなってるか考える。SO(n-1,1)の[2,1]-表現に落ちる成分は、とりあえず置いておくと
 \partial_{a} F^{ab} = j^b
 \partial _{a} F_{bc} + \partial_{c} F_{ab} + \partial_{b} F_{ca} = t_{abc}
という形になる。jが電流、tが、磁荷と磁荷流に相当する項。Fの方は、成分がn(n-1)/2個あるけど、jとtの成分数は、それぞれ、nとn(n-1)(n-2)/6で、Fを未知数とした場合、方程式の個数と未知数の個数が一致しない。n=4の場合は、電磁場は6成分あり、jとtは4成分ずつある。n=4で、この方程式が解を持つための条件は、電流と磁荷流が、それぞれ連続の式を満たすことで、条件が2つあるから、8-2=6となって、自由度の数が一致する。

(注1)magnetic currentの方は、微分形式で書けば、dF=Jなので、dJ=0が"連続の式"となり、一般のnでは、n(n-1)(n-2)(n-3)/24個の条件が出る。jとtが、連続の式を満たすとして、nが一般の場合は、Maxwell方程式の数がn + n(n-1)(n-2)/6で、連続の式の数はn(n-1)(n-2)(n-3)/24 + 1で、Fの独立な成分数n(n-1)/2だから、(Fの成分数)-{(Maxwell方程式の数)-(連続の式の数)}を計算すると、(n-1)(n-2)(n-3)(n-4)/24となって、nが4より大きい場合は、自由度の数が一致しなくなる。つまり、5次元以上で磁荷がある場合は、通常のMaxwell方程式だけでは不足で、付加的な方程式が必要となる。付加的な方程式は、どこから持ってきてもいいけど、放置してある[2,1]-表現に値を持つ成分も考慮に入れるというのが自然である。勿論、磁気単極子がなければ、一般の次元でも、特に問題は起きない

(注2)電流と磁荷流が値を取る空間は、SO(n-1,1)の表現としては区別がないけど、O(n-1,1)の表現としては異なっていて、例えば、パリティ変換に対する対称性は違っている。磁荷付きのMaxwell方程式を見れば、すぐわかる通り、空間反転を行うと、磁荷の符号は反転し、磁荷流は不変に保たれる。つまり、磁荷は擬スカラーで、磁荷流は軸性ベクトル。特に、磁荷に対するLorentz力は、電荷に対するものと異なってくる。電場と力は極性ベクトルであり、磁場は軸性ベクトルであるから、極性ベクトルである力を得るために、磁荷は磁場と結合し、磁荷流は電場と結合する必要がある。誰が最初に考えたのか知らないけど、以下のWikipediaのページには、そういう式が書いてある。四元力の時間成分は書いてないけど、磁荷流と磁場の内積が付加されると推測される。
Magnetic Monopole
https://en.wikipedia.org/wiki/Magnetic_monopole#In_SI_units

磁荷に対するLorentz力の、きちんとした導出は、電磁場のエネルギー・運動量テンソルの四元発散を取ることで得られる(多分)。例えば
 u = \dfrac{1}{2} \epsilon \mathbf{E}^2 + \dfrac{1}{2 \mu} \mathbf{B}^2
に対して
 \dfrac{\partial u}{\partial t} = \epsilon \mathbf{E} \cdot \dfrac{\partial \mathbf{E}}{\partial t} + \dfrac{1}{\mu}\mathbf{B} \cdot \dfrac{\partial \mathbf{B}}{\partial t}
で、磁荷のあるMaxwell方程式
\dfrac{\partial \mathbf{B}}{\partial t} = -\mu \mathbf{j}_m - \mathrm{rot} \mathbf{E} , \epsilon \dfrac{\partial \mathbf{E}}{\partial t} = \dfrac{1}{\mu} \mathrm{rot} \mathbf{B} - \mathbf{j}_e
を使うと
 \dfrac{\partial u}{\partial t} = \mathbf{E} \cdot ( \dfrac{1}{\mu} \mathrm{rot} \mathbf{B} - \mathbf{j}_e) + \dfrac{1}{\mu} \mathbf{B} \cdot (-\mu \mathbf{j}_m - \mathrm{rot} \mathbf{E}) = -\mathbf{j}_e \cdot \mathbf{E} - \mathbf{j}_m \cdot \mathbf{B} - \mathrm{div}(\mathbf{E} \times \mathbf{H})
なので
\dfrac{\partial u}{\partial t} + \mathrm{div}(\mathbf{E} \times \mathbf{H}) = -\mathbf{j}_e \cdot \mathbf{E} - \mathbf{j}_m \cdot \mathbf{B}
を得るので、四元力の時間成分が分かる。但し、\mathbf{H} = \dfrac{1}{\mu}\mathbf{B}

【補足】Maxwell方程式を、以下のように、4変数多項式係数の6x8行列Pで書いて、d_0,d_1,d_2,d_3に関する四変数多項式環をRとすると、Pは右からの作用βによって、完全列R^8 \to R^6 \to \mathrm{Coker}(\beta) \to 0を定める。
で、自由分解0 \to R^2 \to R^8 \to R^6 \to \mathrm{Coker}(\beta) \to 0を構成できるので、これから、連続の式2本を知ることが出来る。
 \left( \begin{array}{cccccc} d_1  & d_2  & d_3  & 0    & 0    & 0 \\
                           -d_0 & 0    & 0    & 0    & -d_3 & d_2 \\
                           0    & -d_0 & 0    & d_3  & 0    & -d_1 \\
                           0    & 0    & -d_0 & -d_2 & d_1  & 0    \\
                           0    & 0    & 0    & d_1  & d_2  & d_3  \\
                           0    & d_3  & -d_2 & -d_0 & 0    & 0    \\
                           -d_3 & 0    & d_1  &   0  & -d_0 & 0    \\
                           d_2  & -d_1 &  0   &   0  &  0   & -d_0 \\ \end{array} \right) \left( \begin{array}{c} E_1 \\ E_2 \\ E_3 \\ B_1 \\ B_2 \\ B_3 \end{array} \right) = \left( \begin{array}{c} j_0^e \\ j_1^e \\ j_2^e \\ j_3^e \\ j_0^m \\ j_1^m \\ j_2^m \\ j_3^m \end{array} \right)



スピン2の場合のfield equationは、Einstein方程式で、これは、Einsteinテンソルとエネルギー・運動量テンソルが等しいという式。2階の対称テンソルの等式なので、成分数は、n=4では10個ある。n=4では、Riemannテンソルの成分数は、20個あるので、Riemannテンソルを決めるには、もっと方程式が必要となる。これは、Maxwell方程式の時と同様、second Bianchi identityがある。second Bianchi identityの独立な式の数を数えるには、GL(n)の[2,2,1]-表現の次元を、hook length formulaで計算すればいいわけで、これはn^2(n^2-1)(n-2)/24となる。n=4の時は、丁度20に等しい。Maxwell方程式と合わせるなら、Einstein方程式とsecond Bianchi identityをセットで、field equationと思った方がいい。そうすると、n=4の時、Riemannテンソルの成分数が20で、field equationの数が合計30となって、Maxwell方程式の時と同様、方程式の数の方が多くなる。

Maxwell方程式でも、ゲージポテンシャルAから始めて、F=dAとすれば、自明に、dF=0となり、これがMaxwell方程式のBianchi identity部分だった。一般相対論のEinsteinによる定式化では、出発点が、計量なので、ポテンシャルから始めているようなもので、second Bianchi identityは、field equationと思わなくても、単なる恒等式と見えた。そういった設定は忘れて、スピン2のRiemannテンソルに対する(線形な)field equationを考えるなら、second Bianchi identityは、成立しないと考えてみることもできる。これは、丁度、磁気単極子が存在する場合のMaxwell方程式を考えたことに相当する

線形なスピン2のfield equationは、最も一般的には、
R_{ab} - \frac{1}{2} g_{ab}R = T_{ab}
p_{a} R_{bcde} + p_{b}R_{cade} + p_{c}R_{abde} = O_{abcde}
という形になるはず。未知量であるRiemannテンソルの成分数より、方程式の数の方が多いので、解が存在するためには、TとOに条件が付く必要がある。本当は、出てくる条件の数を数えて、勘定が合うことを確認すべきだけど、暗算でやるには辛いので、置いておく。Oが0でないと、Tがdivergence-freeとは限らなくなって困りそうな気もするけど

勿論、ポテンシャルの方で見れば、Einsteinテンソルは、ポテンシャルの二階微分の形になっていて、これは、重力波の計算で、必ず出てくる、線形化したEinstein方程式になる。この場合は、second Bianchi identityは恒等式となり、ポテンシャルの成分数と、Tの成分数は、同じなので、難しいことは、あまりない

物質項がない真空中では、Einsteinテンソルは、恒等的にゼロで、Ricci曲率もスカラー曲率もゼロになる。残る自由度は、Weylテンソルのみになる。表現論的に導けるlinear field equationは、このような状況に相当し、field equationは、linearized Bianchi identityとなる。



同様にして、スピン3のmassless linear field equationについて、考える。スピン3の場合は、色々なno-go theoremがあり、実験的にも見つかってないので、(今の所)ただの数学上の産物でしかない。スピン3の場合も、方程式の片割れは、Bianchi identityから得られるとする。残りの半分は、スピン1の場合も、スピン2の場合も、ポテンシャルの2階微分=カレントという形をしていた。スピン3の場合は、曲率=ポテンシャルの三階微分であることは分かっているので、曲率=カレントの一階微分の形だろうと思われる(スピンsのカレントとは、ランクsの対称テンソル場のこととする。スピン1では、電流で、スピン2では、エネルギー・運動量テンソルに相当する)

曲率は、GL(n)の[3,3]-表現に値を取るが、SOに制限すると、[3,3]-表現と[3,1]-表現と[1,1]-表現が出る。一方、カレントの一階微分たちは、GL(n)の[4]-表現と[3,1]-表現に分解できる。なので、曲率をSOに制限した[3,1]-表現部分と[1,1]-表現部分の線型結合が、カレントの一階微分の[3,1]-表現部分に等しいという形になるのだろう。スピン2の場合、曲率の線型結合の係数を決める手がかりは、divergence-freeになるようにするというものだったので、スピン3の場合も、同様だと思われる。但し、カレントそのものではなく、一階微分の線型結合に等しいという形なので、条件も、多少複雑になるはず。以下の論文には、Einsteinテンソルと同じように作ればいい的なことが書いてあるようだけど、確認してないので、正しいかどうかは知らない

"Geometry" of spin 3 gauge theories
https://eudml.org/doc/76380



【おまけ:massless field equationの系譜】1939年に、FierzとPauliの論文で、スピン2の波動方程式が書かれている。
On relativistic wave equations for particles of arbitrary spin in an electromagnetic field
http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/173/953/211
彼らは、特に、masslessとは限ってない。2階対称トレースレステンソルに対して、式(5.1)に波動方程式、式(5.2)に(トレースレスの場合の)調和ゲージ条件が書かれている。質量が0の時は、ソース項のない重力波方程式と同じ形で、大まかには、この波動方程式の解から得られる共形曲率全体が、Poincare群の質量0、スピン2のユニタリ表現空間をなす。彼らの議論は、表現論的なものではなく、Lagrangianを考え、謎の補助スカラー場を使っている。このスカラー場は、調和ゲージ条件を導くための工夫と書かれている。

1939年に、Wignerは、Poincare群の既約ユニタリ表現の分類を与えたが、その仕事を受けて、1948年には、Bargmann-Wigner equationの論文が出ている。
Group Theoretical Discussion of Relativistic Wave Equations
http://www.pnas.org/content/34/5/211
この論文は、表現論的観点からfield equationを導く、最初の議論になった。論文のメインは、massiveな場合の方で、masslessの場合に、特別の注意を払ってはいないようである。またフェルミオンも同等に扱えるように、ポテンシャルをs階のテンソル、曲率を2s階のテンソルとして実現するアプローチとは、少し違うけど、D(s,0)とD(0,s)の直和を、spinor表現のテンソル積表現の部分表現とみなしているので、"曲率"に対する方程式のvariationと言える。

次に、初出は不明であるけど、1960年代に、Penroseが、任意のヘリシティに対するmassless field equationを書いたようである。これは、twistor理論の初期の成果であるけど、"曲率"に対する方程式となっている。また、複素化すると、スカラー以外のmassless粒子は、ヘリシティが正負の成分で、独立な方程式を満たすようにできるので、そのような形で書かれた。これらの結果は、masslessな場合に特有のものであり、表現論的に理解することができる。

1978年になって、Fronsdalは、FierzとPauliの仕事を、任意のmassless bosonに一般化して、Lagrangianを書き、現在、Fronsdal equationと呼ばれている方程式を得たらしい。スピン1の場合でも、得られるのは、ポテンシャルに対する方程式で、電磁場に対するものではない。
Massless fields with integer spin
https://journals.aps.org/prd/abstract/10.1103/PhysRevD.18.3624



【余談】[r,r]-表現は、以下の論文では、conformal Killing tensorが値を取る空間として出ている。
Higher Symmetries of the Laplacian
https://arxiv.org/abs/hep-th/0206233

この時の群は、共形変換群SO(n+1,1)なので、上の曲率の話とは(少なくとも、直接的には)関係していない(計量の符号によって、共形群は変わるけど、今はEuclid的としておく)。SO(n+1,1)の[r,r]-表現は、(n+2)次元に於けるランク2rのテンソルとして実現できるけど、それが、n次元に於けるランクrのconformal Killing tensorと対応するという不思議な話。SO(n+1,1)の[1,1]-表現の次元は、(n+2)(n+1)/2なので、これは、丁度SO(n+1,1)の次元であり、n次元Riemann多様体で許される共形Killingベクトルの最大個数でもある。

論文の主旨は、flat space上のconformal Killing tensorを全てのランクに渡って集めたものには、良い代数構造が定まり、共形代数の普遍展開環のある商環と同型になるということらしい。この代数は、higher spin algebraと呼ばれていて、higher spin field theoryを動機としている。。一般の複素単純Lie環で、higher spin algebra=複素単純Lie環の普遍展開環をJosephイデアルで割った代数という定義をされる場合もあるようである。こっちの2002年の論文では、示唆されるに留まっているが、

The Cartan Product
https://projecteuclid.org/euclid.bbms/1110205624

によれば、(共形代数の場合)、higher spin algebraは、"Cartan algebra"というものの変形量子化と理解できるらしきことが、終わりの方に書いている(Vasilievの論文arXiv:hep-th/0304049の結果のよう)。有限次元複素半単純Lie環をひとつ定めた時、2つの既約表現のCartan productは、2つの既約表現のテンソル積表現のある部分既約表現として定義され、多重Cartan productの直和を取ると結合代数が定まり、Cartan algebraと呼んでいる。sl(n,C)の自然表現のr重Cartan productは、対称テンソル積表現で、so(n,C)の自然表現のr重Cartan productは、ランクrの対称トレースレステンソルの空間である。前者のCartan algebraは、対称代数/多項式環で、後者は、調和多項式の集合に、特殊な積(※)を入れたものとなる

(※)同次調和多項式の積は、調和多項式ではないが、同次多項式であるので、canonical decompositionによって、r^2がかからない成分だけ取り出すと、調和多項式が得られ、これが積を定義する(はず)。canonical decompositionで、r^2=0と置いたものと思えばいい。r^2=1としたものが、球面調和関数のなす代数と見なすことができる

複素化した共形代数so(n+2,C)の[1,1]-表現は随伴表現と同値であるが、そのr重Cartan productは、[r,r]-表現で与えられる。(複素化した)higher spin algebraは、普遍展開環の商として自然にfiltrationが定まっていて、associated graded algebraは、複素化した共形代数so(n+2,C)の随伴表現から得られるCartan algebraと同型になるということらしい(?)。変形量子化には、Poisson構造が必要だけど、Caratan algebraに直接定義する方向では、特に何も書かれていない。Poisson構造が入るのは、随伴表現のCartan algebraとか特殊ケースのみで、一般のCartan algebraにPoisson構造を定める普遍的な方法は、特にないのだろう(多分)。また、以下の論文によれば、A_1を除くABCD型の複素単純Lie環で、普遍展開環のあるクラスの両側イデアルで、商環のassociated graded algebraと随伴表現のCartan algebraが同型になるものが一意に存在するということが書かれている。論文によれば、このイデアルはJosephイデアルと一致するらしい(?)

The Uniqueness of the Joseph Ideal for the Classical Groups
https://arxiv.org/abs/math/0512296

一方で、普遍展開環のJosephイデアルによる商のassociated graded algebraは、極小冪零軌道上の関数環と解釈できる。一般に、複素単純Lie環の冪零軌道上の関数環の"量子化"を考えることができ、数学では、以前から研究されていた。Voganが1990年に、以下の論文で導入したDixmier algebraという概念があり、Definition2.1だけ見ると、座標環の量子化というのは全然見えないけど、Definition2.2を見れば、"orbit datum"の非可換類似であることは見て取れる
Dixmier algebras, sheets, and representations
http://www-math.mit.edu/~dav/DixmierAlgebras.pdf

鉄剣は必ずブロンズソードより強いのか

RPGだったら、ブロンズソードより、鉄剣の攻撃力が高くて高性能となるとこだけど、現実の人間は、HPと防御力が低すぎるので、石斧だろうが、ブロンズソードだろうが、当たりどころ(切られ所)が悪いと、簡単に死ぬ。

もう少し真面目な話としては、春秋戦国時代の中国では、岩鉄鉱石か沼鉄鉱石か知らないけど、鉄鉱石を一度溶融して(一酸化炭素で)還元し、出来た銑鉄を、そのまま鋳造していたらしい。こうして作られた鉄製品は、炭素含有量が高く、硬いけど脆くなると一般に書かれている(※)。それで、こうして作った鉄製の武器は脆いので、「悪金」と呼ばれて、農具などに利用されていたらしい。中国の製鉄技術の起源は、外来のものっぽく、初期の頃から、他の地域と同じように、半溶鉄を低温還元した後、鍛造して作った(鉄を溶かせない場合は、鋳造はできない)ものもなかったわけではないらしい。何故、鋳造に拘ったのかは謎。鋳造する方が生産効率は圧倒的に高いんだろうけど、それが理由かは分からない

(※)鋳鉄という用語も、銑鉄とほぼ同じ意味で使う。多分、鋳鉄の元来の意味は、鋳造用の鉄だったのだと思うけど、現代の工業製品としての鋳鉄は、大抵、1%以上のSiを含んでいるのに対して、紀元前の中国の鉄は、Siを1%未満しか含んでいない。Siの有無が物性にどう影響するのかは知らない。また、普通の鋳鉄も、組織構造によって、ねずみ鋳鉄/ねずみ銑鉄と白鋳鉄/白銑鉄などに分類されている。両者は、組織的には結構違うので、区別すべきなのだと思う。鉄関係の用語は、色々紛らわしい

春秋戦国時代の武器の鉄製と青銅製の割合がどれくらいだったかは分からない。中国では、紀元前500年頃作られたらしい青銅剣である越王勾践剣というのが発掘されていたりする(勾践は紀元前473年に上海のあたりにあった呉を滅ぼした越の王。越は呉の南にあって、この二国は呉越同舟の故事の起源)し、秦の兵馬俑からも、青銅製の剣が発掘されているらしいから、青銅製の武器も広く使われていたと思われている。始皇帝は、鉄官という、何をするのか知らないけど、鉄の生産に関連する役職を作ったとされる。キングダムなどの漫画で出てくる干将・莫耶は伝説では鉄剣ということになっている

歴史的なことは古い話なので、よく分からないけど、鉄剣は、ブロンズソードより優れていると無条件には言えない。といって、硬いとか脆いとか感覚的なことを言っても水掛け論なので、剣の性能を測る材料的なパラメータが知りたい、と思った。当然、剣の性能を決めるのは材料以外の要素もあって、大きく分厚く重く作れば頑丈になるだろうけど、そのへんは無視する。古代ローマの鉄剣とか日本刀は、複数の異なる性質の鉄を鍛接して作っていたらしいから、単一の材料パラメータだけ見ればいいというものでもないかもしれないけど、そのへんも面倒なので無視する


日本刀は、高硬度で高靭性とか書いてあったりする。Wikipediaを見ると、"靱性とは、物質の脆性破壊に対する抵抗の程度、あるいはき裂による強度低下に対する抵抗の程度のことで、端的には破壊に対する感受性や抵抗を意味する。材料の粘り強さとも言い換えられる"と書いてある。何を言ってるんだって感じだけど、脆さ(脆性)の反対の性質らしいことが分かる。英語だと、靭性はtoughnessらしいので、分かりやすい。

金属の応力歪み曲線は、変形量が小さい時は、弾性的に振るまう領域があり、ある程度まではHookeの法則が成立する。その後、変形量を大きくしていくと、弾性的に振る舞いつつもHookeの法則の当てはまりは悪くなり、やがて塑性変形する領域に移行する。更に変形していくと、やがて破断を迎える。この応力歪み曲線を、歪み0から破断点まで積分した量は、圧力=単位面積にかかる力=単位体積あたりのエネルギーと同じ次元を持ち、材質を破壊するのに、どれくらいのエネルギーが必要かという指標になる。これが大きければ折れたり刃こぼれしにくいということになるので、武器に使う材質としては、このエネルギーが大きい方がいい。

弾性変形する領域がなくて、塑性変形する領域が大きいと、ちょっと強い力を加えただけで、変形したまま戻らないということになって、それはそれで困るけど、このへんの問題は、あとで考える。また、材質によっては、塑性変形する領域が殆どなくて、弾性変形できる限界を迎えると、いきなり壊れたりする。これは脆性破壊と呼ぶ。金属ではないけど、ガラスとかは脆性破壊を起こす材料。これは、一般的な「脆い」というイメージに対応する。十円玉(銅・亜鉛・錫の合金)とかは(曲げたことないけど)多少曲げても、いきなり折れたりはしない。何回も曲げたり戻したりしてると、金属疲労を起こして折れやすくはなるけど、それは今は考慮の対象としない

この応力歪み曲線を積分して得られるエネルギーは破壊エネルギーとか破断エネルギーとか呼ぶらしい。破断エネルギーを大きくするには、破断する歪み量は大きく、かつ応力歪み曲線の最大応力値が大きいことが望ましい。前者は、伸び率、後者は引張り強度で定量化されることが多い。ゴムなんかだと、伸び率は、数百%に達しうるけど、鉄系合金だと、数十%がいいとこのよう。現実に剣を引っ張ったりすることは殆どないと思われるので、曲げ強度という量を使うほうが、より適切かもしれない


硬さ。材料界隈では、「硬い」と「固い」は、違う用語なのかもしれない。一般的な硬いというイメージは、変形しにくいということで、変形のしにくさを測る指標としては、Young率(縦弾性係数)がある。ゴムのYoung率は、1?10MPa程度とされ、銅が125GPa、純鉄では205GPa、ダイヤモンドでは1000GPaとなるので、常識的な「硬い」という認識に対応しているように見える。応力歪み曲線では、Young率は、歪みが0付近での曲線の傾きの大きさとなる。まぁ、ゴムのように簡単に変形するようでは剣の素材として使えない(武器としては、鞭とかあるけど)けども、実際のところ、殆どの金属では、Young率が50〜200GPaくらいの範囲なので、金属間での差異が問題になる要素とは言い難い(銅と鉄で2倍も違うと言えなくもないけど)。この意味での「かたさ」は、英語では、stiffnessと呼ばれているけど、紛らわしいことに、いわゆる、工学で使われる硬度とは別の概念となっている。

通常、ダイヤモンドが世界一硬いという時には、モース硬度のことを指している。モース硬度は、「ひっかいたときの傷のつきにくさ」と定義されているけど、定量的な尺度とは言い難い。この硬さは、英語では、hardnessと呼ばれて、stiffnessとは区別されている。硬度には、モース硬度以外に、色んな指標があり、材料界隈では、ビッカース硬度やブリネル硬度などがよく使われるっぽい。これらの硬度は定量的でもある。ビッカース硬度は、「ダイヤモンドでできた剛体(圧子)を被試験物に対して押込み、そのときにできるくぼみ(圧痕)の面積の大小で硬いか柔らかいかを判断する」らしい。ブリネル硬度も、なんか似たようなもので「直径D の球形の金属球を圧子として、圧子を試験面にP の力で一定時間押し当てた後、荷重を除いたあとに残った永久くぼみの面積を測定する」らしい。どちらも、押し込み硬さというものに分類されるよう。

それらしい説明とか見ると、硬さは、工業量(複数の物理的性質が関与する量で、測定方法に依存する)とか書いてあったりする。ビッカース硬度やブリネル硬度の測定の仕方を見ると、材質に塑性変形するまで圧力をかけて、塑性変形が開始する応力を決定しているように見える。塑性変形の開始点は、弾性限界として知られるけど、これを特定するのは難しい。そもそも、この名前は、弾性変形する領域と塑性変形する領域が明確に分かれる印象を与えるけど、多分、そういう理解は正しくない。

材質によって(軟鋼など)は、歪みが大きくなるのに引っ張り応力は下降する降伏現象が見られることがあり、その場合、降伏中の最大応力を、降伏応力や降伏強度(yield strength)と呼ぶ。明確な降伏点を持たない材料の場合は、耐力というものが代用として使われる。正確には、耐力は、永久に残る歪みの大きさを指定しないと定まらないので、0.2%耐力や0.5%耐力などという形で決められる。耐力も、降伏強度(yield strength)と呼ぶらしい。降伏強度は、弾性限界より特定しやすいので、よく使われる。硬度は測定の仕方は明白だとしても、何を測定しているのかよく分からないので、降伏強度の方が、何かを考える時には、便利な量だと思う(慣れている人にとっては、硬度が加工のしやすさの目安になったりするらしいけど)

ビッカース硬度やブリネル硬度の単位は、N/mm^2でMPaと同じ。ビッカース硬度とブリネル硬度の換算表というものがあって、それを見ると前者のほうが後者より値が多少大きくなるらしい。おそらく、圧子を押しこむ時、圧子の方も変形するだろうから、圧子には、なるべく変形しにくい物質を使う方が、望ましいはず。なので、圧子としてダイヤモンドを使うビッカース硬度の方が降伏強度に近いかもしれない。とはいえ、降伏強度は、引張強度より必ず小さいはずだけど、引張強度より硬度が大きくなっている例もある。hardnessは塑性変形の起きにくさの指標であり、上の方で「弾性変形する領域がなくて、塑性変形する領域が大きいと、ちょっと強い力を加えただけで、変形したまま戻らない」とか書いた話と関連する量でもある。

ビッカース硬度は、ダイヤモンドが10000前後(物や測定によって、ばらつきが大きいようだけど)なのに対して、純鉄(工業用純鉄は、炭素含有量が、フェライト相に固溶する最大量0.0218%以下の鉄・炭素二元合金という定義)では100程度らしいので、この基準でも、ダイヤモンドは硬い。純鉄の降伏点は98MPaらしいので、ビッカース硬度とオーダーは合っている。鉄炭素化合物Fe3Cはセメンタイトと呼ばれ、そのビッカース硬度は約1100らしいので、かなり硬い。セメンタイトの炭素量は、6.7重量%(鉄3原子に対して、炭素1原子の割合なので、鉄の原子量55.845と炭素の原子量12から12.0/(55.845*3+12.0)=0.0668)となる

まとめると、破断エネルギーや引張強度、伸び率は、壊れにくさ(折れにくさ、刃こぼれしにくさ)の指標となり、硬度や降伏強度は曲がりにくさ(塑性変形のしにくさ)を表す。ついでに、Young率は、弾性変形のしにくさの指標となる。



というわけで、調べれば良い量と物理的意味が何となく分かった。目安として、木材の引張強度は、数十〜150MPaくらいまで、ばらつきがあり、スギは90MPa、ケヤキは130MPaくらいらしい。伸び率は30%くらいにはなるよう。木材は、普通あまり塑性変形しないので、これも脆性破壊する物質。ガラスの引張強度も、30-90MPa程度らしく、木材と大差ない。ガラスは圧縮強度が900MPaくらいあるらしいけど。石材も傾向としては、ガラスと同じで引張強度は数十MPa、圧縮強度は1000MPa前後のことが多い。ヤング率に関しては、木材は、5-15GPa程度で、ガラスは70GPa程度、鉄系合金は大体200GPaとなる。引張強度は同じような値でも、ガラスや石の伸び率は、多分非常に小さい(1%以下だろう)と思うので、破断エネルギーで見れば、木材は、ガラスや石材より強靭である可能性が高い。

現在、工業的に使われるステンレス鋼も色々種類があるけど、包丁などに使われることのあるSUS440A(Amazonで適当に検索して出てきたステンレス包丁の素材だった)は、焼きなまし状態で、引張強度590MPa、0.2%耐力245MPa、伸び率15%、ビッカース硬度270らしい。


具体的に、青銅の物性を調べようとしたけど、あまり良いデータが見つからなかった。

Bronze#Transition_to_iron
https://en.wikipedia.org/wiki/Bronze#Transition_to_iron

には、"Though bronze is generally harder than wrought iron, with Vickers hardness of 60-258 vs. 30-80,[12] the Bronze Age gave way to the Iron Age after a serious disruption of the tin trade: the population migrations of around 1200-1100 BC reduced the shipping of tin around the Mediterranean and from Britain, limiting supplies and raising prices."と書いてある(適当訳:一般に、青銅は錬鉄より硬く、ビッカース硬度は60-258と30-80であるけども、錫の交易が著しく減退した後、青銅器時代鉄器時代に移行した。紀元前1200-1100年頃の人口移動が、地中海及びイギリスからの錫の運送を滞らせ、供給の減少と価格の高騰を引き起こした)。とりあえず、青銅のビッカース硬度は、60〜258らしい。錬鉄は、炭素含有量の低い鉄と一般的に書かれている。明確な定義はないけど、炭素含有量0.05%以下とか0.1%以下となっていることが多く、厳密には鋼の一種(鋼は炭素含有量が0.0218%から0.214%のFe-C二元合金と定義されている)であるか純鉄であるかということになる。鉄鉱石を直接還元して出来る海綿鉄の鍛打で不純物を除去して作る方法と、銑鉄を脱炭して作る方法がある。Googleが教えてくれた所によると、錬鉄の引張強度は234-372MPa、降伏強度は159-221MPaらしい


青銅であれば錫含有量、鉄/鋼であれば炭素含有量は、性能に影響する。剣に使用された青銅や鉄の組成については、考古学的なデータから得るしかない

EPMA法による殷墟青銅器の分析と古代中国青銅器鋳造法の解明
https://www.jeol.co.jp/applications/detail/1054.html

に、古代中国の青銅器の銅・錫比の調査結果があり、錫含有量は、10〜20%程度らしい(Fig8)。Fig9に、組成ごとの物性値がある。出典の一つとして、"Metallography and microstructure of ancient and historic metals"という本が引かれていたので、Google booksで眺めてみたところ、121ページのAppendix G,Fig197に同じような図が見つかった。本の方は、グラフデータの内、一部しか数値の大きさが分からないけど、上の報告にあるグラフとは、一部傾向が異なる。本の方では、錫含有率が10%の時のブリネル硬度は100を超えているが、上の報告の方では、6〜70くらいのようになっている。伸び率は、本の方では、錫含有率が7〜8%くらいの時がピークとなっているけど、上の報告では、3%の時がピークとなっている。試験片によって、これくらいの違いが出るものなのか、どちらかが正しくないのか私には分からない

国際的な金属材料の規格の一つにUNSというのがあるらしく、それのC90200というのは、錫青銅らしい。錫と銅以外は、微量の元素しか含まないので、定義上の青銅に近い。錫含有率は、6〜8%くらい。引張強度262MPa、0.5%耐力110MPa、伸び率は30%、ブリネル硬度は70と書いてある
https://alloys.copper.org/alloy/C90200

C90700は、錫含有率が10-12%で、引張強度250-350MPa、0.5%耐力120-200MPa、伸び率10-20%、ブリネル硬度60-100。
https://alloys.copper.org/alloy/C90700

他にも、Tin Bronzeと分類されているものはあるけど、亜鉛含有率が5%くらいあったりするので、回避。

上の報告にあるグラフだと、6〜8%の錫含有率では、目視で、引張強度280MPa、ブリネル硬度60、伸び率は10%程度。伸び率の値が3倍くらい異なっている。上の報告のグラフで、錫含有率が、古代中国で武器に使われた15%くらいの場合、目視で、引張強度340MPa、ブリネル硬度90、伸び率2.5%。古代中国以外の地域では、青銅の錫含有率は10%前後のことが多かったようなので、C90200やC90700に近い数値だったと推測される。古代中国で、青銅の錫含有率が高い理由は謎

錫青銅は、現在は、工業的には殆ど使われてないらしく、金属材料のJIS規格には存在しない。代わりに、微量のリンを含むリン青銅というものの物性を見てみる。今の所、古代の青銅器の分析でリンが含まれていたという話は見ないけど。C5210は、Snが7-9%、Pが0.03-0.035%含まれるらしい。C5210には、何を表しているのか分からないけど、質というのがある(熱処理の仕方が違うんだろうけど)。質がHだと、引張強度は590-705Mpa,伸び率は20%以上、ビッカース硬度185-235、弾性限界390MPaらしい。何だかよく分からないけど、性能が随分強化されている。UNS規格では、錫含有量5%程度のリン青銅C51000や10%程度のC52400という材料がある。

https://alloys.copper.org/alloy/C52400

1/2Hardだと、引張強度572MPa、0.5%耐力は記載なし、伸び率32%、ロックウェルB硬度92(ビッカース硬度だと200くらい)という数値が書かれている。錫含有量5%のC51000の1/2Hardで、引張強度450MPa、0.2%耐力372MPaなので、C52400の0.2%耐力も400MPa以上はあるだろうと思われる。性能的に、C5210と大体同じ数値。リンは、青銅内部の酸化物を除去し、機械的性質を向上させるとか書かれてるので、むしろ、青銅本来の性質は、こっちなのかもしれない。


紀元前6世紀頃の中国では、白銑鉄が作られてたらしいけど、ねずみ鋳鉄があったのかどうかは分からない(多分、なかったことはないと思うけど)。炭素含有量の高い高温の固体鉄を、冷却する際に、除冷すると、セメンタイトがFeとCに分解して、組織中に遊離グラファイト(鉄の方は、低温ではフェライト相/組織になる)を生じるのに対して、急冷すると、セメンタイトFe3Cが、そのまま残る。前者が、ねずみ鋳鉄で、後者が白銑鉄らしい。定義は結構曖昧で、両者が混じったまだら鋳鉄というのもあるらしい。

ねずみ鋳鉄の方がデータが多いので、ねずみ鋳鉄を調べると、以下の1967年の古い論文によれば、歪み1%以下で脆性破壊するっぽい。引張強度は200MPa前後になるようなので、これは青銅より低いと思われる。また、青銅の伸び率は、文献値のばらつきが大きいとはいえ、錫含有量を相当増やさない限り、歪み1%で破断とはならなそうなので、多分、破断エネルギーも、ねずみ鋳鉄剣よりは、ブロンズソードの方が、ずっと大きいだろうと推測される

ネズミ鋳鉄における応力-ひずみ曲線と組織との関連について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/imono/39/6/39_480/_article/-char/ja/

JIS規格では、ねずみ鋳鉄が、FC100〜FC350まである。3桁の数字は引張強度を表すようで、ブリネル硬度は201〜277とかのよう。以下のWikipedia情報によれば、ネズミ鋳鉄の引張強度は350MPa、伸び率0.5%、ブリネル硬度260。これは前述の情報に近い。やはり青銅と比べると、伸び率の小ささが目立つ

白銑鉄は引張強度170MPa、伸び率は0.1%以下(?)、ブリネル硬度450とあるので、武器として使える感じではなさそう。春秋時代の中国では、銑鉄の生産が開始してすぐに、可鍛鋳鉄(Malleable iron)もあったと言われていて、これは、Wikipedia情報によれば、引張強度360MPa、伸び率12%、降伏強度230MPa、ブリネル硬度130とある

Table of comparative qualities of cast irons
https://en.wikipedia.org/wiki/Cast_iron#Table_of_comparative_qualities_of_cast_irons

古代中国で可鍛鋳鉄があったと言っているのは、黒心可鍛鋳鉄じゃないかと思うけど、JIS規格では、FCMBで始まる一連の金属材料が相当する。何種類かあるけど、FCMB35では、引張強度350MPa、0.2%耐力200MPa、伸び率10%、ブリネル硬度100程度であるらしい。概ね、Wikipediaの数値と合っていて、錫含有率10~12%の青銅C90700(引張強度250-350MPa、0.5%耐力120-200MPa、伸び率10-20%、ブリネル硬度60-100)と性能的に大差なさそうな値となっている。春秋戦国時代に、可鍛鋳鉄で作った剣は出土してないらしいけど


紀元前に銑鉄を使っているとこは、中国以外の地域では、今の所、知られていないと思う。金属材料のJIS規格では、炭素含有量が0.3%前後の炭素鋼S30Cというのがある。物性値は熱処理によって変わるらしいけど、焼ならしを行った場合、引張強度470MPa、降伏強度285MPa、伸び率25%、ブリネル硬度150前後らしい。低炭素鋼として、SS400という材料もあり、引張強度は400MPa(以上)、降伏強度200-250MPa、伸び率35%前後で、炭素含有量の規定はないけど、0.15-0.2%くらいと言われる。これらの数値は、青銅よりは、優れていると言っていい程度のものと思う

最古の鋼片の検出とその意味
http://www2.pref.iwate.jp/~hp0910/tayori/106p2.pdf

というのを見ると、ヒッタイトの遺跡から出土した鉄片の一つは、推定炭素含有量が0.1〜0.3%だったろうとか書いてあるので、低炭素鋼の部類で、錬鉄を、そのまま使ってたわけではなさそう(?)。S30CやSS400に近い物性値を持っていたかもしれない。この鉄片が武器用を想定されたものかどうかも分からないけど。

Metallurgical Investigations on Two Sword Blades of 7th and 3rd Century B.C. Found in Central Italy
https://www.jstage.jst.go.jp/article/isijinternational/45/9/45_9_1358/_article/-char/ja/

には、紀元前7世紀の古代ローマ(王政ローマがあったとかいう伝説的な時期)の鉄剣に関する記述があり、5つの炭素含有量の異なる鉄から出来ているとある(ローマのpattern-welded swordは、こういうものらしい)。一番炭素含有量が高いところで、平均0.15-0.25%、低い方では、0.05-0.07%とある。多分、現在の炭素含有量を測っているようなのだけど、数千年経って炭素含有量が変わらないものなのか不明。炭素含有量が減ったりしてないのであれば、古代ローマの鉄も、炭素含有量は、0.3%を大きく超えない程度だったのかもしれない


ダマスカス鋼になると、降伏強度が1GPaを超えるものがあったよう(要出典。逸話を信用すれば、ダマスカスブレードは、しなやかで曲げても折れないと言われる)なので、ダマスカスブレードはブロンズソードよりも圧倒的に高性能だったかもしれない。ダマスカス鋼も、アレキサンダー大王に献上されたとかいう話や、19世紀にファラデーが研究したという話もあることから、多分、生産の歴史は2000年以上に及ぶので、ずっと同じ方法で作られてたかどうかは分からないけど。

隕鉄の場合。情報は、あまり多くないけど、以下の論文のintroductionで、ギベオン隕石から鍛造したロッドが、引張強度402MPa、伸び率5.6%と報告されているとある。当然、使用する隕石や鍛造の仕方によって値は変わるだろうけど、青銅と性能的に大差ないかもしれない。青銅の伸び率の文献値が幅があるので、何とも言えないけど、破断エネルギーで見れば、隕鉄は青銅より脆い可能性もある

The Yield Strength of Meteoritic Iron
http://adsabs.harvard.edu/full/1970Metic...5...63K


青銅より前は、銅の時代があったと言われている。銅斧は出土しているらしいけど、「どうのつるぎ」が実際にどれくらい作られたか分からない。純銅は、C1020(JIS規格)というのが、銅99.96%以上の無酸素銅というものらしい。質Oだと、引張強度250MPa、降伏強度200MPa、伸び率50%、ビッカース硬度50。質Hだと、引張強度350MPa、0.2%耐力350MPa、伸び率4〜5%、ビッカース硬度115らしいので、機械的性質にも相当に差がある。最初に使われた銅は、自然銅だと一般に考えられていて、純度は98%以上はあり、次いで多い成分が酸素というのが一般的なようなので、純銅というよりは、粗銅という感じではある。自然銅は、焼きなましをしてない素の状態では、展延性には乏しいらしいけど、物性値などは分からない。


あと、リン青銅剣を作れば、並の鉄剣と同等以上の性能になる可能性がある。Wikipediaの「りん青銅」の項目には、19世紀頃に、鉄で大規模な鋳造が難しかったので、大砲の鋳造に用いられていたとある。検索すると、1874年に、Phospher-Bronzeというタイトルの論文が出ていた。

Phosphor-bronze
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0016003274903421

論文の著者のC.J.A.Dickの兄弟であるGeorge Alexander Dickという人物は、1874年に、イギリスで、Phosphor bronze companyという会社を立ち上げたらしい。Dick兄弟がリン青銅の発見者というわけではないようで、論文冒頭には、"The invention is due to the owners of the Belgian Nickel Works of Val-Benoit," とあり、個人名などはない。青銅砲の開発のために、色々な配合の青銅を試していた的なことが書いてある。

論文のTABLE IやIIには、pulling stress,elastic stress,ultimate stressという用語が出ているけど、それぞれ、どの概念に対応するか分からん(直訳では、引っ張り応力、弾性応力、破壊応力だけど)。単位は、lbf/in^2かと思う(多分)。TABLE Iは、"Results of ezperiments to ascertain the Tensile Strength and resitance to Torsion of various Wires."あるけど、lbf/in^2としてMPaに換算すると、焼き鈍した状態で、pulling stressが、

銅: 255MPa
真鍮/黄銅: 355MPa
charcoal iron(木炭で精錬した鉄っぽいけど詳細不明): 318MPa
coke iron(コークスで精錬した鉄っぽいけどetc): 422MPa
鋼: 514MPa
リン青銅No.1: 405MPa
リン青銅No.2: 445MPa
...

となる。リン青銅の錫含有量の記載は見当たらない。多分、文章的にも数値的にも引張強度を測定したんじゃないかと思うけど嘘かもしれない。

同様に、TABLE Iによると、焼き鈍した状態でのultimate extension in per ct.(破断する限界の歪み?)は、charcoal iron,coke iron,steelが28,17,10.9%なのに対して、リン青銅は、42.4%〜46.6%となっている。これは、銅の34.1%より高い。リン青銅も、錫青銅と同じように、錫含有率を上げると、伸び率を犠牲にして、引張強度と降伏強度を高めることができるはずなので、リン青銅で、上記の鋼と同等以上の性能を実現できた可能性は高い

ついでに、19世紀のヨーロッパで作られていた鉄の性能が、こんな程度のものだったと分かる。多分、coke ironとcharcoal ironは共に錬鉄だろうと思う。この時代には、橋やレールの鋼材として、錬鉄が一般的に使われていたらしい。coke ironは、パドル法で作った錬鉄だろうけど、charcoal ironは、コークス高炉による銑鉄製造+木炭精錬炉による脱炭なのか、木炭高炉による銑鉄製造+木炭精錬炉による脱炭なのか分からない。

人類がブロンズソードの真の力を引き出すことなく、鉄器時代に移行してしまったのは、残念

IgnatowskiによるLorentz変換の導出のvariation

Lorentz変換の代数的導出
https://vertexoperator.github.io/2018/07/05/ignatowski.html

というのを書いた。

正しいLorentz変換の式を書いたのは、Larmorが最初っぽい(1897年)けど、電磁場と電荷・電流の変換まで考えたのはLorentzらしい。特殊相対論では、光速度不変の原理と特殊相対性原理から、Lorentz変換を説明する。1910年頃、Ignatowskiという人が、光速度不変の原理を仮定せずに、Lorentz変換の導出を与えた。と言っても、光速度が決まるわけないので、任意パラメータが一個残る(上のリンク先の定数γ)。このパラメータγは、大きく分けると、正か0か負になり、それぞれ、対応する変換群は、SO(3,1),SE(3),SO(4)となる。場の理論としては、それぞれ、相対論的場の理論ガリレイ不変な場の理論(※)、Euclidean field theoryが対応する

(※)日本語的には、非相対論的場の理論だと、対称性がISO(n,1)じゃないやつは全部当てはまりそうな気がする

Ignatowskiの論文は、不完全だったとかいう話もあるけど、問題はすぐにfixされて、それ以後、この方法の色んなvariationが出ている。この方法に対するPauliの評価は"from the group theoretical assumption it is only possible to derive the general form of the transformation formulae, but not their physical content"という感じで、特に高くはない。個人的には、光速度不変の原理は、原理と呼ぶには、dirtyすぎる気もするけど、Einsteinの特殊相対論への貢献が、なくなってしまう


で、たまたま導出を見たところ、見通しが悪いと感じたので、自分で考えなおしたのが、上の話。見通しはよくなったと思うけど、あんまり初等的でもなくなった。上の説明だと、一次元formal group law(FGL)の可換性は、本質的に効いていて、回避する術はなさそうに思える(適当な係数環の下での、一次元formal group lawの可換性の証明は、難しいわけではないけど、何も知らずに自分で思いつくのは割と難易度高めな気がする)。Ignatowskiの時代には、formal group lawはなかったし、他の証明見ても、formal group lawは出てこないので、通常は、何か無意識に仮定している物理的条件が存在してるんじゃないかと思ったけど、よく分からなかった。まぁ、どうでもいいけど


Fizeauが1851年に実験によって確認した速度合成則は、今から見ると
f(u,v) = u + v - \frac{u^2 v}{c^2}
だったわけで、可換でないだけでなく、結合的でもない。可換にする最も安直な方法は
f(u,v) = u + v - \frac{u^2 v + v^2 u}{c^2}
とすることで、実験結果とは矛盾しないけど、結合則は満たさない。とか考えていくと、発見的に、正しい速度合成則にたどり着けても、よさそうなもんだけど、そうはならなかった。1851年には、FGLの概念とかなかったので仕方ない

フィゾーの実験
https://en.wikipedia.org/wiki/Fizeau_experiment#Fresnel_drag_coefficient


ところで、Lorentz変換というと、SO(3,1)と思うけど、フェルミオン場との相互作用の記述にスピン接続を使うことを考えると、Spin(3,1)が"本体"じゃないかという気もする。普段、Lie環でばっか考えるので、気にしたことなかったけど。

幾何学的モーメントの不変式とshape analysis

3DCGでよくやるように、何か(向き付けられた)閉曲面があって、その曲面は、三角形に分割(単体分割)されているとする。この時、曲面内部の領域の体積を計算するには、適当な一点Oを取って(特に理由がなければ原点でいい)、Oと各三角形がなす四面体の符号付き体積の和を計算すればいい(三角形の頂点の順序が、面の向きと合っていなければならない)。3DCGで使われるモデルでは、境界が連結でなく、複数の閉曲面からなることもあるけど、その場合でも、この体積計算は有効。

同様の計算は、三次元空間上で定義された関数を曲面内部の領域で積分するのに使える。関数として、最も単純な単項式を選ぶと、これは、曲面内部の領域の幾何学的モーメントで、体積は特に0次のモーメント。この積分の計算自体は、大学一年生の算数で、ちょろいけど、計算結果が書いてあるものを見つけられなかったので、以下に書いた

単体の幾何学的モーメントの計算
https://vertexoperator.github.io/2018/04/30/simplex_moment.html

実際に計算する時、世の中で出回ってる3Dメッシュデータは、non-manifold edge(本来、全てのedgeは丁度2つの異なる面にのみ含まれるべき)を持つことがよくあるので、気をつける必要がある



幾何学的モーメントは、曲面を合同変換した時に、どのような変換を受けるか分かるので、幾何学的モーメントを組み合わせて、形状不変量を作ることができる。これは、Huモーメントの場合と同じ考え方。

Image moment
https://en.wikipedia.org/wiki/Image_moment

Huモーメント不変量は、通常、二次元で定義されていたけど、三次元でも同様に定義できる。世の中には、形状データベースみたいなものを作りたいという需要もあるらしいから、そういうので、使えそうな気もする。何に使うのか、よく分からないけど。物体認識とかで使えそうな気もするけど、一枚の2D画像から3Dデータを再構成するのはしんどいし、自然界には、同一形状の物体というのはあまり存在しない(岩とか木とか)

低次の場合を考える。0次のモーメントは体積でこれは自明に合同変換で不変な量。一次のモーメントは、重心座標(と体積の積)を表すので、これから合同変換で不変な量は作れない。二次のモーメントは、重心が原点と一致するように動かしておくと、残りの自由度は回転のみで、モーメントを適当に並べると、2階の対称テンソルをなす。これを回転で動かすと、対角化できる。固有関数は互いに直交する三軸で、固有値は、各軸方向の"広がり"を表す。つまり、二次のモーメントは、物体を楕円体で近似した時の形状を表すと思える。回転不変な量は、対称テンソル固有値の対称関数で、トレースや行列式などを含む。

注)ここの対称テンソルは、正確には、群SO(3)の自然表現の対称テンソル積表現空間の元であることを意味する。SO(3)の表現空間には、SO(3)作用で不変な内積が定数倍を除いて一意に存在(コンパクト群の有限次元表現がユニタリ表現になるのと同様の論法)して、特に、双対空間との同一視ができるので、対称テンソルと対称行列が同一視できる。モーメントが対称テンソルになるというのは、物理では、多重極モーメントとかで使う考え方

従って、2次までの幾何学的モーメントは、0次のモーメントで、大体の大きさ、一次のモーメントで、おおよその位置、二次のモーメントで大雑把な形状(平べったいとか丸っこいとか、細長いという程度の)を表現しており、人間の直感的な捉え方に近い感じがする。より詳細な構造の情報は、もっと高次のモーメントに含まれる。高次のモーメントからも、合同変換の不変量が作れて、これらは"実質的に任意の形状"を分類するのに十分な不変量を与える。尤も、これらの不変量を計算する不変式を一般的に求めるのは、多分難しい


どれくらい難しいか。高次のモーメントから幾何学的Huモーメント不変量を作る問題は、並進自由度は簡単に除けるので、残る回転自由度に関する問題となり、数学的には、

3次元のHuモーメント不変量の計算:「SO(3)の自然表現の高階対称テンソル積表現から、表現空間上の多項式関数で、SO(3)作用で不変なものを見つける」

という形に定式化される。一方、数学では、19世紀に不変式論が研究され、そこでの主要な問題は、現代の言葉では、

19世紀不変式論の基本問題:「SL(2,C)の自然表現の対称テンソル積表現(既約表現になる)の表現空間上の多項式関数でSL(2,C)作用で不変なものを見つける」

というものだった(当時は、既約表現という概念もテンソル積という概念も定式化されてないので、2元n形式へのSL(2,C)作用という形で理解されていた)。SO(3,C)とSL(2,C)はLie環を取れば同型であり、こういう風に定式化すると、3次元のHuモーメント不変量を決定する問題と、19世紀の不変式論で扱われてた問題が非常に似た種類の問題だと分かる。Huモーメント不変量の決定のほうが、次元が大きい分、難易度が高そうに思える。ところで、後者の問題は、多分、殆どの数学者が特に重要な問題じゃないと考えるようになって久しく、現在でも、一般的な答えが分かっているわけではない(確か12次くらいまでは、不変式の生成元が決定されていた気がする)


(離散)曲面上のラプラシアンは、1993年のPinkallとPolthierの論文以来、色々な問題で、よく使われるようになった。cotangent formulaで検索すれば、沢山解説が出てくる
Computing discrete minimal surfaces and their conjugates
https://projecteuclid.org/euclid.em/1062620735

曲面の形状の不変量を得るのに、ラプラシアン固有値と固有関数を見るのは、自然に思える。このような方法は、spectral shape analysisという名前が付いている程度には、ポピュラーらしい。けど、例えば、以下の論文のFig4とか見ると、幾何学的Huモーメント不変量ほど、直感的な情報を与えてくれそうな感じはしない。

Spectral Mesh Processing
http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/summary?doi=10.1.1.229.4191


うまいことやれば、2つの曲面の剛体位置合わせも多分できる。2つの曲面が完全に合同であれば、適当な合同変換で、幾何学的モーメントが一致するようにできる。簡単のため、二次元で考えると、座標のアフィン変換
x' = ax + by + p
y' = cx + dy + q
は6つの量a,b,c,d,p,qで定まるので、最低でも、二次までのモーメントを見る必要がある。アフィン変換に対して、二次までの幾何学的モーメントは
M_{00}' = (ad - bc)M_{00}
M_{10}' = (ad - bc)(aM_{10} + b M_{01} + p M_{00})
M_{01}' = (ad - bc)(cM_{10} + d M_{01} + q M_{00})
M_{20}' = (ad - bc)(a^2 M_{20} + 2ab M_{11} + b^2 M_{02} + 2ap M_{10} + 2bp M_{01} + p^2 M_{00})
M_{11}' = (ad - bc)(ac M_{20} + (ad+bc) M_{11} + bd M_{02} + (cp + aq)M_{10} + (dp + bq)M_{01} + pq M_{00})
M_{02}' = (ad - bc)(c^2 M_{20} + 2cd M_{11} + d^2 M_{02} + 2cq M_{10} + 2dq M_{01} + q^2 M_{00})
のように変換する。2つの曲面が合同であれば、0次のモーメントは等しいはずだけど、多分殆どの場合は、浮動小数点誤差のために、完全には一致しない。拘束条件として、ad-bc=1を課すか、ad-bcのスケールも不定とするかは問題に依存する選択だと思う。


合同変換であれば、ad-bc=1かつa=dかつb=-cである。この条件を課した上で、互いの幾何学的モーメントがなるべく一致するように、パラメータa,b,c,d,p,qを決定すれば、剛体位置合わせができる。一般に、解は一つとは限らない(例えば、球とかの場合)。何らかの評価関数を決めて最小化するというのが一番オーソドックスに思いつく。


というようなことを考えたけど、差し当たって、何かに使おうと思ってたわけではないので、本当に有用かどうかは知らない

線形代数と解析力学

有限次元ベクトル空間Vに対して、対称代数S(V \oplus V{*})と対称代数S(V \otimes V^{*})には、それぞれ自然なPoisson構造が入り、前者は解析力学で基本的なPoisson代数として現れる。後者は、行列上で定義された多項式関数の集合と同一視できるので、線形代数に於ける基本的な考察の対象とみなされる(例えば、行列式は、行列上定義された多項式関数である)。また、前者の量子化はWeyl代数、後者の量子化はgl(V)の普遍展開環となり、それぞれ解析学と(Lie環の)表現論で基本的な対象といえる(gl(n)は半単純でないので、Lie環の表現論では、やや人気がないけど)。こうして、基本的な4つの代数を得る


S(gl(n))は、gl(n)の双対空間上の多項式関数と同一視できる。S(gl(n))は、n^2個の変数x_{ij}で生成される複素係数の多項式環に、以下で定義されるPoisson括弧を定義したものと同型
\{ x_{ij} , x_{kl} \} = \delta_{jk} x_{il} - \delta_{il} x_{kj}
当然、この定義は、行列単位の交換関係
 [E_{ij} , E_{kl}] = \delta_{jk} E_{il} - \delta_{il} E_{kj}
から来ている。


簡単な計算によって
 \{x_{ij} , \sum_{k=1}^n x_{kk} \} = \sum_{k=1}^n( \delta_{jk} x_{ik} - \delta_{ki} x_{kj} ) = x_{ij} - x_{ij} = 0
が分かる。明らかに
tr(\sum_{i,j} x_{ij} E_{ij}) = \sum_{k=1}^n x_{kk}
である。同様にして、多項式
det(\sum_{i,j} x_{ij} E_{ij})
を考えることができるが、これは、
 \{x_{ij} , \sum_{a,b} x_{ab} E_{ab}\} = 0
を満たす。


Poisson代数Aに対して、
C(A) = { x ∈ A | ∀y ∈ A,{x , y} = 0 }
で定義される集合C(A)を、Poisson centerと呼ぶ。Poisson centerは、明らかにPoisson可換なPoisson代数をなす(Poisson可換とは、任意の元同士のPoisson括弧が0になること)。なので、Poisson centerの生成元を全部決定するという問題を考えることができる。

まぁ、detとtrが含まれることから想像される通り、直接計算で、
tr( (\sum x_{ab} E_{ab})^p )
は、S(gl(n))のPoisson centerに含まれることが分かる。これで生成されることを言うのは、
ad(f)(g) = {f,g}
で定義されるPoisson随伴作用と、GL(n)の随伴作用を微分したものを比較すると、Poisson centerとGL(n)不変式の全体が一致することが分かるので、上の形の元は、S(gl(n))のPoisson centerを生成することが分かる


Chevalleyの制限定理は、簡約Lie環に対して
S(\mathfrak{g})^G \simeq S(\mathfrak{h})^W
で、Harish-Chandra同型というのは、簡約Lie環に対して
Z(U(\mathfrak{g})) \simeq S(\mathfrak{h})^W
となる。従って明らかに
S(\mathfrak{g})^G \simeq Z(U(\mathfrak{g}))
が言える(この同型もHarish-Chandra同型と呼ばれていることがある。Harish-Chandraが最初にどれを主張したのかは知らない)。この同型は、Poisson centerと量子化した代数の中心とが環同型と解釈できる。


Harish-Chandra同型やChevalleyの制限定理の場合と違って、
S(\mathfrak{g})^G \simeq Z(U(\mathfrak{g}))
は、任意の有限次元Lie環に対して、正しいことが証明されていて、Duflo isomorphismという名前が付いている。



S(gl(n))のPoisson centerは不変式論的に見ても同じものを得ることができるので、S(gl(n))のPoisson構造を考える必要は必ずしもない。Liouville可積分性を思い出せば、Poisson可換な代数は重要であるので、中心に限らず、もっと大きなPoisson可換な部分Poisson代数を考えるのは自然に思える。S(gl(n))の場合、Poisson可換な極大部分Poisson代数として、Mishchenko-Fomenko subalgebraというものと、Gelfand-Tsetlin subalgebraのclassical versionとが知られている

#Tsetlinさんはロシア人っぽいけど、Cetlin,Tsetlin,Zetlin,Zeitlinなど、名前の表記ゆれが激しい。ここでは、Tsetlinを採用


Gelfand-Tsetlin subalgebraは、歴史的に、quantum version(つまり、U(gl(n))の可換部分環)が先に作られたっぽい。誰が最初に考えたのか分からないけど、arXiv:math/0503140には、Vershik & Kerov(1985)とStratila & Voiculescu(1975)が独立に考えたと書いてある(私は全く知らないけど、Voiculescuは自由確率論の開拓者で、Kerov-Vershikは漸近表現論を開拓し、自由確率論の応用先となっているそうな。多分、n→∞の時が興味の中心なのでないかと思うけど)。ロシア語論文と古い本なので、確認してみる気にはならなかった

Gelfand-Tsetlin代数の定義は簡単で、gl(n)⊃gl(n-1)⊃...⊃gl(1)なので、Z(U(gl(n)),Z(U(gl(n-1)),...で生成されるU(gl(n))の部分環というのが、定義。これが可換環になることは、すぐ分かる。so(n)⊃so(n-1)⊃...⊃so(1)でも同じことが出来るし、量子普遍展開環やYangianでも、同様の定義ができる。classical versionは、中心の代わりに、S(gl(n))のPoisson centerを取っていけばいい。

"Gelfand-Tsetlin"という名前は、Gelfand-Tsetlin基底というものに由来する(1950年代の仕事らしい)。gl(n)有限次元既約表現空間に、U(gl(n))のGelfand-Tsetlin algebraの作用が自然に定まり、同時固有関数を考えると、それがGelfand-Tsetlin基底(今の文脈で言うと、Gelfand-Tsetlin algebraがsimple spectrumを持つというのが、Gelfand-Tsetlinの示したこと?)。物理の人とかは、so(3)のスピンl表現の基底として、|l,m>と書くものを取るけど、あれも(so(3)⊃so(2)なので)Gelfand-Tsetlin基底。


#シンプレクティック代数sp(n)の場合、sp(n-1)に制限していっても、Gelfand-Tsetlin基底は得られない。これは、sp(n)の有限次元既約表現を制限した時に、multiplicity-freeに分解しないため。Wikipedia見たら、何かYangian使って、Molevがsp(n)の場合にGelfand-Tsetlin基底を拡張したと書いてある
https://en.wikipedia.org/wiki/Restricted_representation#Gelfand.E2.80.93Tsetlin_basis


#Gelfand-Tsetlin基底は、無限次元表現でも得られることはある(例えば、so(4,2)の極小表現や、so(3,1)の既約ユニタリ表現、3次元Euclid代数の既約ユニタリ表現など)。一般には、単一のHamiltonianが与えられた時、それと交換する保存量の全体は可換になるとは限らない(例えば、角運動量などは互いに可換でない)けど、Liouville可積分性では、その中の可換な部分代数のみが問題となる。このような代数で極大なものが複数ある場合もあるかと思う。第一積分の包合性以外に、独立性が問題になるけど、今は代数的に考えているので、理論的には、超越次数やKrull次元などで、第一積分の数が測られる


Gelfand-Tsetlin代数のclassical versionについて最初に考えたのは、Vinbergのよう。
On certain commutative subalgebras of a universal enveloping algebra
http://iopscience.iop.org/article/10.1070/IM1991v036n01ABEH001925
Mishchenko-Fomenko algebraも、ここで初めて定義されたっぽい。


Poisson可換なPoisson部分代数を考える動機として、Liouville可積分性をあげたので、可積分性の話。そのまま、Gelfand-Tsetlin可積分系と呼ばれる古典可積分系がある。元々は、GuilleminとSternbergが、GT代数の実Lie環版(つまり、u(n) ⊃ u(n-1) ⊃ ....で考える)に付随する可積分系を考えて、その後、2004年頃と割と最近になって、Kostant-Wallachによって、gl(n)版が考えられた(ので、後者は、Kostant-Wallach theoryとか呼ばれていることもある)
Gelfand-Zeitlin theory from the perspective of classical mechanics. I
https://arxiv.org/abs/math/0408342

Gelfand-Zeitlin theory from the perspective of classical mechanics II
https://arxiv.org/abs/math/0501387

まぁ、通常の可積分系とは、大分趣は違う。so(n)版のGelfand-Tsetlin系も作れそうだけど、知らないなと思ったら
The Gelfand-Zeitlin integrable system and its action on generic elements of gl(n) and so(n)
https://arxiv.org/abs/0811.0835
あたりでやられていた。

あと、
Linear algebra meets Lie algebra: the Kostant-Wallach theory
https://arxiv.org/abs/0809.1204
はsurveyじゃないと書いてあるけど、"線形代数のspecialist"向けに書かれているようで分かりやすい。GT代数を積分して得られる群作用は、Ritz値を保つ(疎行列の数値計算界隈の技法であるKrylov部分空間法で出てくる用語)ということで、線形代数数値計算にも応用があるかもしれない(実際に役立つ何かがあるのかは不明。可積分系に興味がないという人への導入にはなると思う)


Mishchenko-Fomenko algebraの方。この代数の定義は、上のVinbergの論文でされたようだけど、その起源は、1970年代のManakov topという古典可積分系の研究に遡る。Manakov topは、Euler topの一般化で、Euler topが、S(so(3))で定義されるので、S(so(n))への一般化を考えようというもの。Poisson多様体のLiouville可積分性は謎いので、余随伴軌道に制限すると、Poisson centerは定数関数となって、第一積分として役に立たない。Hamiltonian自身が余随伴軌道上で定数となる場合は無視することにする

#Manakov topは、SO(n)上の測地流として定式化できる(多分、定式化自体はArnoldによるものじゃないかと思うので、Manakov topという名前が適切かどうかは不明)。計量は慣性モーメントによって決まると見ることができる。相空間は、SO(n)の余接空間で、自然なSO(n)作用に関する運動量写像を関数環の方で見ると、S(so(n))->Fun(T^{*}SO(n))という型になる。関数のクラスFunはPoisson代数の構造が入れば何でもいい。この写像は、Poisson括弧を保つ環準同型になっている。Hamiltonianとかは、S(so(n))の像に入っていて、S(so(n))を"相空間"と思うこともできるし、よく知られる通り、T^{*}SO(n)のsymplectic reductionとしても、余随伴軌道が出る。


最も簡単なso(3)の場合、genericな余随伴軌道の次元は2なので、あと一つ保存量があれば、Liouville可積分になる。これはHamiltonian自身があるのでOK。一般のso(n)の場合、Hamiltonian以外の保存量が必要となる。Manakovは、スペクトルパラメータ付きのLax方程式で、Manakov topを表し、必要な保存量を得たらしい。Mishchenko-Fomenkoは、その構成を、argument shift/shift of argument methodと現在、呼ばれている方法で捉え直した。これは、S(g)の元を、Lie環の双対空間上の(多項式)関数と思った時、Poisson centerに属する関数fに対して、固定された元Zと形式パラメータtを与えて、f(X + t Z)をtの冪で展開した係数のなす関数という定義(つまり、Z方向にテイラー展開した微係数)。Zごとに異なる代数が得られるけど、Poisson可換となる

EULER EQUATIONS ON FINITE-DIMENSIONAL LIE GROUPS
http://iopscience.iop.org/article/10.1070/IM1978v012n02ABEH001859/meta


Mishchenko-Fomenko代数の量子化の問題を提起したのは、上のVinbergの論文(ここでの量子化は、filtered qunatizationの意味。Vinbergは、そのような言葉は使ってないけど。量子化した方は、shift of argument subalgebraとかいう方が、通りが良いかもしれない)。これに対して、"generic"な部分を解決したのが、以下の論文と思う。Yangianあるいはtwsited YangianのBethe subalgebraというものからやってくるらしい
Bethe Subalgebras in Twisted Yangians
https://arxiv.org/abs/q-alg/9507003

上の論文で除外されていた特殊ケースについても、ある種の極限を取ることによって、極大な可換部分代数を対応付けることができるらしい。Gelfand-Tsetlin代数も、このようにしてshift of argument subalgebraの退化したケースとして出る。一般に、簡約Lie環に対して、shift of argument subalgebraのモジュライ空間を考えることができ、gl(n)の場合は、種数0でn+2個の点付きリーマン面のモジュライ空間(Deligne-Mumfordの安定曲線のモジュライ空間)に一致する。

Degeneration of Bethe subalgebras in the Yangian of gln
https://arxiv.org/abs/1703.04147

などを参照。gl(n)以外の場合も同様に、shift of argument subalgebraのモジュライ空間を考えることができるらしいのだけど、知る限り、文献はない


gl(n)のGelfand-Tsetlin代数は、gl(n)の有限次元既約表現上でsimple spectrumを持ち、同時固有関数はGelfand-Tsetlin基底となった。Gelfand-Tsetlin代数は、shift of argument代数の退化したケースなので、shifto of argument代数が同様にgl(n)の有限次元既約表現上でsimple spectrumを持つかどうかという問題を考えられる(答えは知らない)。yesであれば、Gelfand-Tsetlin基底の変形が得られる。


#Manakov topは、Reyman&Semenov-Tian-Shanskyでも系統的に得ることはできる。この方法では、Lax形式が分かる(Poisson可換な代数を与えるのは、より単純ではあるけども、それだけでは、対応するLax pairを得ることはできない)。詳述してる文献がないけど、
A new integrable case of the motion of the 4-dimensional rigid body
https://projecteuclid.org/euclid.cmp/1104115435
など



線形代数は、ベクトル空間と線形写像の理論ではあるけど、線形性に全てを押し付けて理解できない側面がある。例えば、行列式は線形な関数ではないし、相似変換の軌道は、複雑な幾何構造を持つ。対角化などは、相似変換による軌道の代表元を取る操作と理解されるので、あんまり線形な過程ではない。線形代数の線形性を超えた情報の多くは、S(gl(n))に含まれていると考えられる。S(gl(n))と関係の深い力学系は、非周期有限戸田格子やGelfand-Tsetlin系、gl(n)-Manakov topなどがある。これらは、物理的な重要性は、今の所、あまりないように思う(戸田格子とかは、一応物理的な動機があって調べられたもののようだし、他にもなんかあるのかもしれないけど)。そういう系であっても、全然別の観点からの有用性があるかもしれない。

#まあ、一応、以下のような話を念頭に置いている
The QR algorithm and scattering for the finite nonperiodic Toda lattice
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0167278982900690


というわけで、線形代数解析力学は、それぞれ、2つの基本的なPoisson代数を調べる分野だという見方もできるようになる

雑survey: 可積分性の必要条件と十分条件

Lax方程式は、可積分系で頻出する道具の一つで、現在知られている多くの(古典)可積分系で、等価なLax方程式が得られている。
Lax equation
https://ncatlab.org/nlab/show/Lax+equation
には"Lax equation is used in integrable systems; namely some systems are equivalent to the Lax equation."などと書いてある。

#非線形可積分系の差分化とその現状
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0889-07.pdf
は、1994年のものではあるけど、可積分性の性質として、Lax pairがあげられている(著者に、広田良吾が入っているので、"権威付け"として)。


原理的には、(有限自由度の古典可積分系では)作用・角変数から、Lax pairを作ることができる
L = \left( \begin{matrix} I & 2I \theta \omega \\ 0 & -I \end{matrix} \right)
M = \begin{pmatrix} 0 & \omega \\ 0 & 0 \end{pmatrix}
に対して(Iとθが時間依存する変数で、ωは定数)
\dot{L} = [L,M]

\dot{I} = 0 , \dot{\theta} = \omega
は同値。一般には、作用・角変数に対して、上のLとMを対角的に並べたものを、Lax pairとすればいい。勿論、作用・角変数が具体的に分かっているなら、もう系は解けているといってよく、Lax方程式は必要ないので、こんな話は、実用上は何の意味もない(つまり、このLax方程式は役に立たないものである)けど、大雑把には「Liouville可積分系はLax方程式で書ける」と言ってもよさそうである。

この議論は
Hamiltonian structures and Lax equations
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/037026939091198K
にあるものと同じ("any hamiltonian system, which is integrable in the sense of Liouville, admits a Lax representation, at least locally at generic points in phase space")。


積分でなくても、Lax方程式で書ける系は、無数に存在する。というのも、非退化な不変内積を持つLie環\mathfrak{g}の双対空間(標準的なPoisson構造がある)上で定義されるハミルトン力学系は、常にLax形式で書くことができるけど、当然、その殆どは、可積分でないだろうと思われる。Lax方程式の偉いところは、機械的に、沢山の第一積分が得られる点にあるけど、この場合、得られる保存量は、Casimir関数であり、例えば、Lie環がgl(n)であれば、次元は$n^2$に対して、独立なCasimir関数はn個しかないので、一般に全く足りない。というわけで、これも役に立たないLax方程式である(※)

※)しかし、この見方は、役に立つLax方程式への第一歩でもある。例えば、非周期有限戸田格子を"標準的な"Lax形式で書いた時、Liouville可積分であるための第一積分は、Casimir関数で与えられる(実際、tr(L^n/n)の形で書け、n=2の時が通常のHamiltonian)。Casimir関数は、classical r-matrixを通じて定義されるPoisson括弧に関しても包合的であるが、他の関数とPoisson可換とは限らなくなる。そして、Casimir関数を行列Mにmapする関数も、classical r-matrixで書ける。このような構成は、AKS(Adler-Kostant-Symes)の定理という名前で知られる。非周期有限戸田格子の場合は、これで可積分になるために十分な数の第一積分を得られる。classical r-matrixとLax方程式の一般論について、以下に書いた

classical r-matrixとLax方程式
https://vertexoperator.github.io/2017/11/04/rmatrix.html



物理的に意味のある例として、2D/3D Euler(流体)方程式はLax方程式で書け、かつ非可積分である。

Lax pair formulation for the Euler equation
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0375960190908093

A Lax pair for the 2D Euler equation,
https://arxiv.org/abs/math/0101214

Lax Pairs and Darboux Transformations for Euler Equations
https://arxiv.org/abs/math/0101214


Euler方程式は無限自由度であるけど、Zeitlinによって、2D Euler方程式を有限自由度に"truncate"した系が知られていて(よく使われる"正式名称"みたいなのはないようなので検索しづらい)、これは、やはりLax方程式で書けるが、十分な数の第一積分が出てこない例となっている(多分、非可積分だと思うけど、証明があるかは知らない)
Finite-mode analogs of 2D ideal hydrodynamics: Coadjoint orbits and local canonical structure
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/016727899190152Y


Euler-Arnold方程式(有限次元or無限次元"Lie群"上の左不変or右不変計量に関する測地流)でLax形式で書けるものは沢山あるはず(Lie群の余接空間のsymplectic reductionは余随伴軌道なので)で、Euler流体の方程式は、その例となっている。



[補足1]『非線形可積分系の差分化とその現状』には、他に可積分性の条件として"N-ソリトン解を持つこと"が挙げられている。これについては、(そもそも、ソリトン解の数学的な定義は何かということを脇に置いても)微妙なとこではある。少なくとも、1−ソリトン解を持つ非可積分系は存在する(e.g. double sine-Gordon方程式)。「任意のNについて、N-ソリトン解が存在するなら、可積分か」という問いについては、私は答えを知らない

Exact, multiple soliton solutions of the double sine Gordon equation
http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/359/1699/479
では、高次元double sine-Gordon方程式を考えて、時空の次元qに対して、(2q-1)-ソリトン解まで存在すると書いてある


まぁ、"少なくとも1−ソリトン解を持つ"という意味では、"non-integrable soliton equations"という言葉を使えるので、「ソリトン方程式は可積分である」という言明は、慎重に使う必要があると思う。以下のようなレビューもあるし

Dynamics of classical solitons (in non-integrable systems)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0370157378900741



[補足2]『非線形可積分系の差分化とその現状』に挙げられていないが、多くの古典可積分系はbiHamilton系であることが知られている("2つ"あるのは、HamiltonianではなくPoisson括弧なので、biPoissonと呼ぶほうが適切な気がするけど、biHamiltonianという名前が広く使われている)。biHamilton系に於いても、Lax方程式と同様、十分多くの第一積分を得るための処方箋がある(recursion operatorによって、"低次"のHamiltonianから高次のHamiltonianを作れる。hamiltonianとして、recursion operatorのべき乗のトレースがしばしば選ばれる)。けど、biHamilton系は、いつでも完全可積分かという問いは、結論としては、正しくない

MathOverflowの以下の質問に対する回答が参考になる
Connection between bi-Hamiltonian systems and complete integrability
https://mathoverflow.net/questions/14740/connection-between-bi-hamiltonian-systems-and-complete-integrability


リンクが切れている論文があり、タイトルも不明だったので、探したものを貼っておく。

Lax方程式とbihamiltonian系の関係に関する、F. MagriとY. Kosmann-Schwarzbachの論文というのは、多分これ(Journal of Mathematical Physics 37, 6173 (1996))
Lax–Nijenhuis operators for integrable systems
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.531771

Magri, Morosi, Gelfand and Dorfmanをsummarizeしている、R.G.Smirnovの論文というのはこれ
Magri–Morosi–Gelfand–Dorfman's bi-Hamiltonian constructions in the action-angle variables
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.532221


あと、回答にあげられていないけど、以下の論文も参考になると思う
Canonical Forms for BiHamiltonian Systems
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4612-0315-5_12


また、全ての完全可積分系がbiHamiltonianではないという話も、以下にある
Completely integrable bi-Hamiltonian systems
https://link.springer.com/article/10.1007/BF02219188
論文で挙げられている"可積分だけどbiHamiltonian構造を持たない"例は、MIC-Kepler問題として知られる系(普通のKepler系はbiHamiltonianだけど、摂動を入れると、biHamiltonianでなくなる)。


[補足3]上記のMathOverflowの記事を見ると、完全可積分性に必要な運動の積分を構成する3つのアプローチとして、Lax形式、biHamiltonian構造、そして、変数分離(separation of variables/SoV)が挙げられている。変数分離は、解析力学の教科書に書いてある古い方法で、19世紀に知られていた多くの可積分系は、この方法で解かれている(と思う)けど、職人芸的なものである。最近(20世紀後半)になって、変数分離の理解にも進展があった(私は、あまり理解してないけど)。


Hamilton力学系が、スペクトルパラメータ付きのLax方程式と等価な場合、Lax行列の固有ベクトルである"properly normalized" Baker-Akhiezer関数の極と対応する固有値が、分離座標を与えるというのが、Sklyaninのmagic recipe(とSklyanin自身が書いている)というもの。Sklyanin自身は、むしろ量子可積分系への応用を念頭に置いていたらしい
Separation of Variables. New Trends.
https://arxiv.org/abs/solv-int/9504001

Sklyaninは以下のように書いているので、"recipe"として完成していると言えるのかは不明;
Amazingly, it turns out to be true for a fairly large class of integrable models, though the fundamental reasons responsible for such effectiveness of the magic recipe:“Take the poles of the properly normalized Baker-Akhiezer function and the corresponding eigenvalues of the Lax operator and you obtain a SoV”, are still unclear. The key words in the above recipe are “the properly normalized”. The choice of the proper normalization ~α(u) of Ω(u) can be quite nontrivial (see below the discussion of the XYZ magnet) and for some integrable models the problem remains unsolved

この場合、スペクトル曲線は代数曲線なので、系を調べるのに代数幾何が役に立つことになる。古典可積分系の解が、しばしば楕円関数や超楕円関数で書ける理由の説明にもなる



変数分離にはbiHamilton系からのアプローチもある(bihamiltonian theory of SoV)。鍵になるのは、よいbiHamilton系では、Nijenhuisテンソル(※)が存在して、その固有値が、Darboux–Nijenhuis座標というものの半分を与えるという感じらしい。こっちの方は、微分幾何学的で、理論的な理解はより進んでいる模様。一方で、量子可積分系への"移植"は不明

※)recursion operatorと呼ばれることもある。このようなoperatorの存在は、KdV階層に於いて、Lenardという人によって認識されたのが最初らしい

Separation of variables for bi-Hamiltonian systems
https://arxiv.org/abs/nlin/0204029

About the separability of completely integrable quasi-bi-Hamiltonian systems with compact levels
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0926224508000296

Generalized Lenard chains and Separation of Variables
https://arxiv.org/abs/1205.6937


現状、与えられたHamilton力学系を"解く"のに役立つLax形式やbiHamiltonian構造を見つけるのは、今の所、職人芸に頼るしかないと思う(し、存在するかどうかも明らかではない)けど、Lax形式やbiHamiltonian構造が分かれば、Liouville可積分性が要求する第一積分を全て発見することは、しばしば可能となる。けど、十分な数の独立な第一積分があれば、Liouville-Arnoldの定理によって求積可能であると言っても、これは原理的なものでしかなくて、実際に解く上では役に立たない(例えば、第一積分の等位集合の位相構造を調べるのは、一般には相当難しい)。変数分離は、実際に系を解くという目的に、より近く、実際的な方法であると言える(解を既知の関数で具体的に書けることと、物理的に意味のある情報を得ることは、あまり関係ないことが多いけど)

結局、Lax方程式やbihamiltonian構造を見つけるところが職人芸なので、可積分系の求積は職人芸のままだと思うけど、Lax方程式で書ける可積分系とか、biHamiltonian構造を持った可積分系を、ある程度系統的に作る方法が発見されており(AKSの定理だとか、Frobenius多様体からbi-Hamiltonian hierarchyを作れるとか。そうして作られる系には面白い例がある)、そのへんが重要な進展と言えるのでないかと思う


[補足4]
Canonicity of Baecklund transformation: r-matrix approach. I
https://arxiv.org/abs/solv-int/9903016

Canonicity of Baecklund transformation: r-matrix approach. II
https://arxiv.org/abs/solv-int/9903017